差し込む影

蝋燭の火が辺りを照らす。夜となった今、宝船の中は暗くて周りを見るには暗い。妖と言えどもやはり火がある方が視界が良いだろう。

さて、広い一室に奴良組の総大将とその配下たちが集まって会議をしていた。

「おめぇら、わかってるだろうが今回の目的はシマを増やすことと、傘下に下らせることだ。四国には京には劣るがやはり古くからの妖怪たちが多い。そいつらを傘下に入れれば、この先戦うことになるだろう京妖怪たちも、格段に殺りやすくなるだろう」

総大将ぬらりひょんが薄笑いを浮かべながら語る。おお、とそれに驚嘆する声があちこちからあがる。

「ってことは総大将よォ、この四国のあと京によるってことかい?」

能面をつけた大きな妖怪、 狒々が尋ねた。

「いんや、一回京によって下見してから江戸に戻り、万全に準備を整えてまた向かう予定じゃ。疲弊しとるのに京に行くなんて死ににゆくようなものじゃ。のう、牛鬼?」

そう答えると、ぬらりひょんは前髪を長く垂らした若い男に顔を向ける。背筋をしっかり伸ばして正座するその男は、ゆっくりと双眼を開く。

「……そうですな。して、総大将よ。橘様を連れてくるとはどういう了見で?まさか、共に戦うなどとは言いますまい」

彼の鋭い視線がぬらりひょんを射ぬく。ぬらりひょんはさして気にするような素振りを見せず、手に持ったキセルを吹かす。長い沈黙が続いた。

「総大将よ、あの狐女と夫婦になるつもりで?」

牛鬼の傍らで、大きな一つ目を持つ大男が、にらみをきかせて聞く。

ふう、とぬらりひょんは口から煙を吐く。トン、と中にあった燃えカスを落とすと、軽く畏れを発動させてぬらりひょんが言った。

「一度しか言わねぇからよぉく聞け。ワシは橘をただ一人の妻とする。これは決定事項じゃ」

「なんと喜ばしいこと!今宵は宴か!」
「総大将!正気ですか!?」
「おお!これで奴良組は安泰じゃのう!」
「ワシの娘はどうするんじゃ!」

口々にその場のものたちが騒ぎ立てる。あまり素性の知れない橘のことを毛嫌いするものたちは少なくない。橘御前が、傾国と云われる楊貴妃のように相対を陥れるのではないかと心配するものや、自身の娘や親類の女を嫁がせ私腹を肥やそうとする輩などから疎まれていたのだ。だが、ぬらりひょんはそれをただ眺めるだけだった。

「静まれ、静まらぬか!総大将の御前ですぞ!!」

鴉天狗が声をかけ、ようやくその場は静まった。

「婚儀は四国から帰還した後に行う……、それで良いのですな?」

ぬらりひょんの側に控えていた木魚達磨が口を開く。彼は、橘との婚姻を不快に思っていない内の一人だった。

「ああ、達磨の言うとおりじゃ。反論は許さぬ、あやつはワシが連れてきたのじゃからな」



存在しない伝説の妖狐と云われた橘御前。偶然、奇跡というほどのことが重なり、彼女に出会えた。一目見たときから彼女の容姿に惹かれていた。その場かぎりのものだと思っていたが、共に過ごし、奴良組での生活を見守るうちに彼女の言動一つ一つに心を動かされた。ただ笑う動作だけで自分を見てほしい、ほんの一時と言わず、ずっと共に居たいなどと思うようになってしまっていた。他の者と話しているのをみると、どす黒い嫉妬の念が生まれるのがわかった。

自分の感情を、好きという気持ちを伝えるのは簡単で難しかった。彼女は己と同じく飄々として、その身をぬらりひょんの好意から、するするとかわしていた。彼女を縛る"何か"が原因でそれを更に拒んでいた。魑魅魍魎の主となる己には容易くそれをどうにかできると思っていた。だが、それは想像以上のものだったと知る。

そんなある日、橘から出かける誘いが来た。これ以上無い絶好の機会と思い、そこでようやく彼女の心を射止めることができた。まだ自分の気持ちに整理がつかないようだが、己に対して好きという気持ちを抱いてるのは確かだ。それなのに、四国攻めのせいで彼女の気持ちが離れては意味がなくなる。そう思い、ぬらりひょんはこの出入りに連れてきたのだ。



「…………総大将がそこまでおっしゃるなら、ワシは止めません……。ですが、あまり素性の知れない者を、そう早々と組の奥に入れるのはいかがなものかと」

一つ目が困った顔で言う。それは、ここにいる半分の者が心の片隅に思っていたものだ。伝説とうたわれた妖狐。それをいざ目の前に出されたときはそれは驚いた。組におく、と言われたときも同じく。

だが実際驚いただけで、それに「はい」とすぐうなずけるかと聞かれると答えは否。どこか別の組の女じゃないのか、奴良組を壊滅させるための駒じゃないのか、とか。そのようなことを考えてしまうのだ。そんなことがないなどと、綺麗事を言えるほど真っ白な世ではない。

「確かに、おめぇらの言い分はわかっている。だが、そんなことがあるならとっくにワシは見切っておる。それに、まずここへ連れて来てないじゃろう」

「……わかりやした」

一つ目は腑に落ちぬところがあるものの、ぬらりひょんの言動に従うことにした。

「ですが、奴良組は総大将ぬらりひょん様が居てこそ、ここまで大きくなったのです。どうか、そのことはお忘れにならぬように」

そこへ、牛鬼が付け足すように言葉を発した。ぬらりひょんはキセルを手にし、それをぼんやり眺めていた。部屋に置いてきた橘を思いながら。

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