想定外の結末
「さあ、袖をよこせ……」
橘は目の前の小さな妖怪を、どうしたら良いものかと考えていた。他の者を呼ぶ間などない。それに―。
「この橘が田舎者にやられるなどとは……笑止!」
妖しく微笑むと、橘は畏れを放った。薄紫の煙が彼女を包み込む。着物の裾からのぞいた、黄金色の毛に包まれた二尾の影がゆらりと揺れた。
「な、狐女じゃと!?」
袖モギは彼女が妖怪だと思ってもいなかったようで、先ほどまでとは違い、一気に劣勢に追い込まれたようなそぶりを見せる。それを見た彼女はほくそ笑む。
「ふむ、いかにすべきかの?」
袖モギ様に破かれてビリビリになった打ち掛けを脱ぎ捨てる。先程よりは身軽になった彼女は愛用の鉄扇を手に持ち、手前に構える。
「ワ、ワシは戦いに向いておらんのじゃよ……!逃げるが勝ちじゃ……!」
そういうなり、袖モギ様は慌てて逃げようとする。
「逃がすものかっ!夢幻泡影!」
橘はそれを逃すまいと鉄扇を開き、それに畏れをまとわせると、薄紫の気が扇を包んだ。彼女がそれを空を切るように振ると、同じ薄紫の気がこの部屋を包み込んだ。
「何じゃこれ、は!?」
袖モギ様は、辺りが薄紫に包まれた空間に閉じ込められたかのような状態になった。いくら前に進めども、同じところをぐるぐるとしている。
「ふふ、妾はそなたの言うとおり狐。狐は人も妖も全てを化かす」
どこからか聞こえてくる橘の声が、さらに袖モギ様を恐れさせる。恐れが増せば増すほど、彼女の幻術、夢幻泡影もまた威力を増す。
「夢幻泡影はその名の通り幻術。そなたが妾を恐れたときに、もうその術にかかったも同然。妾を恐れた瞬間に幻に包まれるのじゃ。そして、妾に対する恐れが増せば増すほど、その幻はおぞましいものへと変わっていく……」
橘は、目の前で悲鳴をあげながら、フラフラと動く小さな地蔵を見て嘲り笑う。そして、地蔵はバタリと倒れ動かなくなった。
「ふむ、どうやら想像以上のおぞましい光景を目にしたようじゃな」
畏れを解きながらつぶやく橘。それと同時に狐の耳や尾がすっと消え、部屋を包んでいた紫の気も消えた。
バタバタと廊下を走る音がして、スパッと襖が開いた。
「橘様!今のはいったい何の悲鳴ですか!それに、そのお姿はいったい!?お着物が破れてるでは……」
薄い青緑色の顔を更に青くしたお蓮が、そこにはいた。中の様子を見て驚き、開いた口が塞がらなくなっていた。
「おお、お蓮か。今しがたこの地蔵を倒したとこじゃ。どこからか現れて、妾のこの高い上質の絹を食ろうてな……」
そんなお蓮に橘はいつも通りの口調で説明する。それを聞き、お蓮は顔色を次々に変えた。
「なぜ私をお呼びにならなかったのですか……?御身に何かあった場合、いかがなさるのですか!?あなた様は大事な私の主なのです……。それに、ぬらりひょん様に示しがつきません!……ああ、何故先程気づかなかったのか……」
それから暫くお蓮の嘆きは止まらなかった。大事な主を守れなかったばかりか、着物を破かれあられもない姿にしてしまった。その上で主に戦わせてしまい、自分はのこのこと過ごしていたことが、許せなかったのだ。
橘は呼ぶ暇がなかったことを含め、心配をかけたことをわびるものの、生真面目なところがあるお蓮はいいえと言い張ってきかなかった。配下の嘆きは、次の日の朝方早く、ぬらりひょんが帰還するまで続いたそうな。