想定外の結末

「総大将!!どちらにお出でになったのですか!?組員全て、あなた様をお探しになったのですぞ!」

次の日の朝早く、ふらりと居なくなっていた総大将ぬらりひょんが、宝船に帰って来た。早速鴉天狗に叱られているものの、彼の顔はどこかすっきりとしていた。



「お帰りなさいまし、ぬらりひょん様」

「今帰ったぞ、橘。その色もよく似合うのう」

橘は、きらびやかな替えの着物を身にまとい、帰って来たぬらりひょんを出迎えた。薄紫色の着物はよく彼女に似合っていた。ぬらりひょんはそれを見て微笑むと、愛用している刀を彼女に渡して羽織を脱いだ。彼女は渡された刀を受けとると、所定の位置にそっと戻した。

「少し休んだらまた幹部たちと総会を開く。鴉が起こしに来たら教えてくれ、それまでワシは寝る」

「あいわかった、鴉が来るまでゆるりと休め」

彼は引いてあった布団に横になり、そのまま寝てしまった。橘は彼が疲れたようすだったために、ぬらりひょんの言葉通りに鴉天狗が起こしに来るまで静かに過ごしていた。

「どこまで行ったのやら。妾は心配したというに……。何も言わず、お主は寝てしまうのか……」

橘のその言葉は、寝てしまったぬらりひょんに届くことはなかった。

一刻ほど経った頃、寝てしまったぬらりひょんを呼びに鴉がやって来た。ぐずぐずしながらも彼は起き上がり、着物を着替えて総会に向かった。橘は呼ばれてないため、自室にとどまり彼の帰りを待った。


それからまた、一刻ほどたったころ、お蓮が茶を入れてやって来た。ぼうっとしている己の主を見て、お蓮は首をかしげる。

「……橘様、いかがいたしました?」

「……いや、先程から落ち着かなくてな。ぬらりひょんが帰って来て、安心したにはしたのだが……」

眉根を寄せ、気に入らないとばかりに彼女は目を細める。

「さようでございますか。ぬらりひょん様が戻れば、原因がわかるやもしれませんよ。雪麗がそろそろ総会も終わると言ってましたし」

橘はそれを聞き、暗い顔の色を明るくした。

「そうか。……それにしてもお蓮、ぬらりひょんは総会で何を話していたのか知らぬかえ?」

橘は疑問に思ったことを尋ねる。お蓮は立ち去ろうとしたのをやめ、振り返った。

「さあ、お出掛けになられていた間に手に入れた情報を話していたのでは、と推測してましたが……。実際どんなことを話しているのかまではわかりかねます」

「そうか……」

「では、失礼致します」

お蓮は静かに部屋を去った。橘は立ち上がると、小窓へと近づく。何日も同じ景色を見ているが、何度見てもこの海は青いままで変わりはしない。生憎の曇りのために、日の光に照らされて水面がきらきらとしていないのが、このときは至極残念に思えた。



このぬらりひょんが居なかった数日の間、彼女は自分が何をしたいのか、ということをぐるぐると考え続けていた。ぬらりひょんには、魑魅魍魎の主となるという夢がある。そのうち彼ならばできるだろう、とは思っていた。それだけの力が彼にはある。何故だか、そんな気がした。

だが、己には何がある?

彼に求められ、共にあることを承諾はしたが、最初はほんの気まぐれだったのだ。昔のあだ名、橘御前などと呼ばれた伝説にも等しい、存在するかどうかもわからない。そんな妖を探していた男がどんなものか、この目で見たかったのだ。

昔から彼女に一目惚れする者は多々いた。しかし、すぐに諦めるのが常だった。自分が隣にいては、一目惚れした連中がいかに見劣りするかを知っていたからだ。釣り合わないことがわかった連中はすぐに身を引いた。だが、ぬらりひょんはどうだ?彼はなかなかの外見をしており、その上百鬼夜行を率いて力を着実につけている。彼以上の男はそうそう有りはしないだろう。

ほんの気まぐれが、確固たる想いへと変わっていたことに気づいたのはいつのことだったか。お蓮に進められ、彼の誘いに答えた辺りか。

絶世の美女という肩書きがついただけの、何の力もない自分。その上に、昔にかけられた術のせいで、己には子が成せぬ。女の特権であるのに、子を成せない自分に、如何程の価値があろうか?いずれ老いがやって来る前に、次代を残したい気持ちは必ず現れるというのに。そのとき周りから責められることも必定だろう。

そして、いずれ訪れるであろう京妖怪との抗争のとき。橘はどちらにつくべきなのかという迷いがあった。生みの親たる母、羽衣狐か、己を受け止めてくれているぬらりひょんか。今の橘なら、心を痛めながらも後者を選ぶだろう。だが、もし母に会ったりしたら……。どうなるかはわからない。今は亡き弟を愛しく思う気持ちはあれど、昔のように彼に協力することはできない。自分があそこまできつく縛られること、それは彼女にとって言葉や表情に出さないだけで、苦痛の日々だった。やたらに外を歩くことは叶わず、同じ部屋に何十年も居続けることは、まさに籠の中の鳥。飄々と流してきたが、心は圧し殺されていたのである。

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