不自然な人

朝のクィディッチ騒ぎから数日後。マーガレットは一人で図書室で本を読んでいた。正しくは、レポートを仕上げるために必要な資料を探していた。

「……全然見つからないのね」

積み上げられた本は厚さ20cmは軽く越えた。彼女は人知れずため息をはくとすっと立ち上がり、積み上げられた本を返却しに行った。

数分の後、彼女が座っていた席に戻ってくると、その席の反対側に見知らぬ男子生徒が座っていた。その手にマーガレットの書き途中のレポートを持ち、書いた本人が戻ってきたことに気づかず読んでいた。男子生徒は、うつ向いていてもわかるほどの整った顔立ちに、黒い髪、黒い瞳を持っていた。マーガレットは、彼を睨みつけながら元居た椅子の後ろに立った。

「……何かご用でも?人のレポートを勝手に見るなんて」

彼は、マーガレットが話しかけると、目線だけ彼女に向けた後、顔をあげた。マーガレットは、彼の容姿と声に覚えがあるような気がしたが、四年もの間ここに通っているが、ここまで見目麗しい男子生徒が居ただろうか?グリフィンドールではなら顔と名前ぐらいほぼ覚えていることからして、おそらく他寮の生徒なのだろう。1年から7年までいるこの学校なら、全く遭遇してない者も居てもおかしくない。

「このレポート、君が書いたのかい?」

マーガレットは、質問に質問で返すこの初対面の男に小さな怒りを覚えた。

「ええ、そうよ。続きを書くために必要な資料を探しに来てたの。それで、あなたは何の用?レポートを写させてなんて、そんなことは言わないでしょうね?」

彼は彼女の怒った様子を、軽くあしらうかのように、目をほそめて口元に笑みを浮かべた。

「用なんて、そんな大したことじゃない。ただ、この上手くまとめてあるレポートが目に入ってね。ここまで書く生徒がどんなものか見てみたかったんだよ。気を悪くさせたみたいだね、すまない」

謝る誠意がマーガレットには感じとれなかった。そして、その男は立ち上がると、席の端をぐるりと回ってマーガレットの隣まで来ると、彼女の隣へとやって来た。そして、マーガレットの腰に手を置いて、椅子に座るようエスコートした。

「お詫びに、この先どうまとめるか僕が教えてあげるよ。代償なんかとらないさ」

そう言ってにこやかに微笑んだ。だが、マーガレットはそれを快く思わなかった。おもむろに席を立つと、羽ペン含む文房具、レポートを鞄に急ぎ詰め込んだ。

「悪いけれど、見ず知らずの人に教えてもらうほど馬鹿じゃないわ。それに、あなたスリザリン生じゃない。グリフィンドールの人を馬鹿にする暇があるなら、自習でもしたらどうかしら?それでは失礼、ごきげんよう」

マーガレットは、一息に告げた後、足早に図書室から立ち去った。相手がスリザリン生だというのは、こちらに歩いてくる時に、ローブの裏地が緑だったことでわかったのである。スリザリン生にはこの前、自身のことではないが、侮辱を受けた。そのため、未だに腹をたてていた。

「あんな男が居たなんて……。でも、スリザリンの何年生なのかしら?」

寮に帰る途中、彼女は疑問を浮かべたのだった。



一方、図書室にいた先のスリザリン生は、面白いものを見つけた幼い子供のように笑みを浮かべていた。

「見ず知らず、……ねぇ。随分と聞いた話と違っている。大人しい娘じゃなかったのか?」

言っていることと裏腹に、彼は楽しそうである。

「ラヴィニア・アルフォード。孤児院出身の赤い髪を持つ謎の娘。だが、あの女の生まれ変わりか否か」

彼が一言話す度に、彼の体は薄らと透けていく。

「もしあの女の生まれ変わりならば、僕が必ず手に収めるまで。今度こそ、この手から逃れることはかなわない」

―そうだろう?…………

彼の最後の言葉は図書室の静かな空気に溶けて消えた。最後の瞬間に、彼の瞳が怪し気に赤く光った。

彼がいた場所には、もう何の後も残っていなかった。

マーガレットが寮に戻ると、マルティナとエドマンドが二人で会話しているのが見えた。一度寝室に戻り、持っていた勉強道具を本棚にしまい、二人の元へと足を運んだ。

「二人で何話してるの?」

彼女がそう声をかけると、マルティナがすぐ振り向いた。

「あ、マーガレット……じゃなかった。ラヴィニア、もう戻ってきたの?」

マルティナは勢い余って、本名を口にしてしまった。周りには同学年含め何人か談話室でゆったりと過ごしていた。

「マルティナったら、もうそちらで呼ぶの辛くなってきたでしょ?」

「……確かにそうね。ねえ、まだ公表しないつもり?」

マルティナは苦笑いして返した。彼女の言葉にマーガレットは難しい顔をした。

「今年度中には結論を出すわ。隠し通す考えもあるけれど……やっぱり、どこかで公表することにはなるでしょう。ダンブルドア校長にも、隠し通せるのは二〜三年が限度かもしれないと、この前お話したもの」

三人でテーブルを囲み、紅茶を飲みながら話した。エドマンドは無表情でマーガレットに話しかけた。

「で、お前はあの弟の家族だという認識はできてるのか?」

「……前よりはね。生き別れたのが四歳だし、あの頃とは勝手が違うから。それに、死んだ人間が生きていたなんて、小説や物語みたいなことがあるし。でも、いつまでも黙っているのは嘘をついてるみたいで、気持ちいいものではないわ」

マーガレットが伏し目がちで言う。彼女の言うとおり、幼児と思春期を迎えた少女では、物の捉え方や考え、その他色々なものが違う。そのうえ、死んだとされていた人間が生きていたという、とんでもない事情が後を付いて回る。そうなれば、彼女に好奇の目線を向ける者たちが後を絶たないであろう。

「……まだ、考えたい。もう少し、もう少しこの静かな普通の生活を過ごしたい。ただの孤児院から来た子、ラヴィニア・アルフォードとしての生活を……」

そう言って、マーガレットは上を見上げた。彼女の目に映るのは、天井でもなく空でもなく、この先の見えない世界。マルティナとエドマンドは、ただその様子を静かに見守るのであった。

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