よくわからないこと

謎の声が聞こえて、脳内に直接響くかのような感覚に苛(さいな)まれる。何かにとりつかれたかのように、体が重くだるい。いくらなんでも、殺してやるだのなんだの延々と聞いていると、気がおかしくなりそうだ。

マルティナに支えてもらい、寮に向かって歩いていた。階段の辺りで、エドマンドが現れて私を抱きかかえてくれた。この二つはおぼろげながら覚えている。だが、頭が割れるように痛んだのを最後のに記憶がない。今は医務室にいるというのが、薬品の臭いと白いベッドに横たわっているということからわかる。

今は真夜中なのだろう、誰一人として人がいない。数時間経っているようだ。こんな時間に目が覚めても意味がない。もう一度寝よう、そう思ったときだった。何かが私の近くにいる、そんな気配を感じ取った。さいわいなことに目は開けていない。そのまま寝た振りをした。

「まだ足りない。時間がまだ足りないんだ。君を早く僕のモノにしたいのに。……なのに、君は知らない振りをするんだね」

なんのことだ?この声は、最近どこかで聞いたことがある……。

「前もそうだった。あんなマグルとくっつくなんて……ッ。この僕が嫌いなことを知ってて………酷いよね、僕がどれほど嫉妬したか。まあ、あの男は未来の僕が殺してくれたけど」

とても憎しみのこもった声だった。だが、何のことかはわからない。彼はそう言いながら、私の髪を撫で付ける。

「この世界で、一番僕自身を理解してくれるのは君だけなんだよ?ねえ、早く目覚めて?」

なにか柔らかいものが私のまぶたに触れた。一瞬の間、何が起こったのかわからなかった。彼がまぶたにキスをしてきたということを、数秒後になってやっとわかった。

気づけば気配はなくなっていた。シンとした静かな空間に戻っていた。その後、私はすぐに睡魔に襲われて寝てしまった。



次の日の朝、マダム・ポンフリーが様子を見に来た。特に異常もなかった為、私には疲れがたまってたのだろうということで、よく寝ることを条件に通常通りの生活に戻った。朝食の席でマルティナ、アリシア、アンジェリーナに再会した。三人は心配した様子で私に駆け寄ると、用意してあった席に座らされた。

「よかった、何事もなさそうで。ね、アリシア」

「ほんとにね。昨日のマルティナったら、あなたのこと心配して凄くうるさかったのよ?」

「そうそう、『ラヴィニアに聞こえるなんとかがどうたら〜』とか。エドマンドと一緒になって何か話し合ってるしさ」

アリシアとアンジェリーナが、くすくす面白そうに笑いながら私に耳打ちする。マルティナは不愉快そうに睨み付けてみてくるが、二人はお構いなしである。どことなくと食べ辛い。

「さて、私たちはクィディッチの練習があるから、後は二人でごゆっくり〜」

「ラヴィニアったら、すぐ医務室行きなんですもの。私たちに遠慮しないで、何かあったらすぐ相談してよね?」

そう言って、二人は大広間から立ち去った。

「…………はぁ。今の通り、あの二人もあなたのこと心配してるのよ。クィディッチの練習があるせい、で一緒に居る時間は少ないけれどね。言い辛いのはわかるけれど、一人で抱えるよりはましなのだから。頼ってちょうだいね」

「マルティナ……」

つっけんどんな態度が多い彼女だが、私にとっては無二の親友だ(と私は思ってる)。それに、魔法界のことは彼女の方がよく知っている。何か謎の人物について情報を持ってるかもしれない。

最初から抱え込む必要はなかったんだ。

「そうね。ありがとう、マルティナ。後で、何があったか話すわ。だから……」

「あー、そういうのは無し無し。エドマンドも後で呼んで、あの後何があったか話すから。そのときに、ね」

「ふふ、そうね。でも、助かったよ」

朝食を食べ終えた後、大広間を出ようとしたところでマルティナの名が呼ばれた。

「マルティナ!」

その声の持ち主は、マルティナの弟サミュエルだった。

「サミュエル?」

マルティナが足を止めて振り替える。続いてマーガレットも足を止めた。

「おはよう、ティナー」

「おはよう、サミュエル…………。で、何のよう?」

マーガレットは、この展開についていけてなかった。たしかこの二人は犬猿の仲だったはずでは?と。だが、どうみても仲の良いとまではいかないが、普通の姉弟にしか見えなかった。

その後、二人はいくつか言葉を交わす。そして、サミュエルは立ち去った。

マルティナが、隣にたたずむ友人が信じられないという顔をしていることに気づいた。ふふ、と笑うとマルティナは、昨日の夜に弟サミュエルと何が起こったかを、簡単に説明した。

「昨日、あなたが気を失ってる間に寄りを戻したのよ。少し純血主義の考えがしみついてしまってるけど、支障はないわ」

「まあ、そんなことが!良かったわね、弟のことが解決して…………」

マーガレットは、自分とハリーのことを思い出して心苦しくなった。会話をまともにしたことなどない、すぐに手の届く距離にいる弟。だが、弟と生き別れた実の姉だと公表すれば、死んだとされた人間が生きていたことになる。これから先、奇怪な視線を浴びて生きることになることは間違いない。


今の自分にそんな覚悟はない。


それがマーガレットの正直な思いだった。

記憶喪失は昨年解決した。だが、あまりの膨大な量の幼い頃の記憶に、戸惑うばかりである。

そして、ふとしたときに優しい両親のことを思いだし、無償に泣きたくなる。弟であるハリーとの思い出もよみがえる。記憶にある彼はまだ赤ん坊で、小さなベッドに横たわりすやすやと寝ている。その頃にはまだなかった彼の額にある傷。それが、例のあの人と直接対峙したことが、紛れもない真実だということを証明している。

まだラヴィニアでいたい。何も知らない少女でありたい。

そんな想いを、胸に深く孕ませた。



「マッジ、大丈夫?」

マーガレットが我にかえると、顔を覗きこむマルティナの金の瞳が、マーガレットの顔を映していた。

「あ!うん、問題ないわ。……ちょっと家族のことを……ね」

あわてて何ともない素振りを見せたが、怪訝な目付きで睨むマルティナに真実を話す。

マルティナは、それを聞くと納得したようで、寮に戻る道を歩き始める。動く階段には、休日のせいかちらほらと生徒の姿が見える。

「はあ、ひとまずエドマンドと三人で話しましょう。私たちが知ってる生徒のなかでは、エドが一番頼りになるもの。でも最近、彼はおかしいのよね。あなたじゃないけど、物思いにふけっててさぁ」

マルティナは階段を上りながら話す。ここ最近のエドマンドはどこか落ち着きがない。今までは存在感がないと言っても過言ではないほど物静かだった彼。だがマルティナの言うとおり、四年になって以来ときどき、何かにとりつかれたかのように怯えたような素振りを見せる。

「でも、私みたいに謎の声が聞こえた訳じゃないのでしょう?なら、エドマンドは何が気になってるのかしら」

マーガレットは、疑問に思ったことを口にしたが、マルティナもわからないと答えるしかなかった。

彼の素性は全く知れない。家族についてのこと、住んでる場所のこと、大人びた性格、真面目で几帳面。だが、かったるそうに授業に参加し、寝ていることもしばしば。それなのに成績は上位を争う。女顔だと言われ、前髪を伸ばしていたが誰に言われたのか聞いたことがない。全く彼の情報はない。知ってるのは、ただエドマンド・アヴァロンという名前で、同学年の男子生徒ということのみ。

彼は何者なのだろう。グリフィンドール寮につくまで、それがマーガレットの頭のなかでぐるぐると渦巻いたのだった。

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