私の思い
校長室からの帰り道。マーガレットは、スネイプ教授に呼び止められた。手近にあった空き教室に入るよう言われ、言うとおりにした。
「……何でしょうか?」
いつまでも口を開かないスネイプ教授に、マーガレットはいたたまれず声をかける。
「その、だな。いつか、渡そうと思っていたのだが」
そう言って彼が取り出したのは一枚の写真。マーガレットが受けとると、その写真の中でホグワーツの制服を着た少女がこちらに笑って手を振っていた。どことなくその目元がマーガレットに似ていた。それで、彼女ははっとした。
「これって……」
「お前の母親、リリーの写真だ。ずいぶん昔のものではあるが、手元に残っていたものだ。孤児院育ちでは、家族の写真など持っていないでしょうからな。とりあえず、それはマーガレットにくれてさしあげよう。大切にしなさい」
ぶっきらぼうに言いきった彼は、表情は少し微笑んでいたがどこか悲しげだった。
マーガレットがもう一度よくみると、写真に映る少女は自身によく似ていた。
「お母さん……」
白黒写真で髪の毛の色はわからないが、記憶にある母の髪は、美しい赤い色の髪だった。瞳はエメラルドで、とても優しい眼差しだった。そう回想にふけっていると、目からあついものが流れ出したことに気づいた。
「あ…………な、んで……」
「……泣きたければ泣け。今まで泣きたくても泣けなかったのだろう、今泣いてもお前を攻めはしない」
気づけば、スネイプは側にいて、頭を撫でてくれていた。そのせいで、とめどなく溢れる涙は、更に止まらなくなった。
孤児院育ちだから、親がいないのが当たり前のことだった。家族のことを一切覚えていなかったし、名前すらわからなかった。母親が、父親が、家族がどんなものかわからなかった。寂しいという気持ちはそこまで感じていなかった。
わからなくて寂しいという気持ちはあっても、家族を寂しいとは思うことはなかった。
だから、こうやって母の写真を見て、取り戻した記憶の中の母を思い出すと、とても悲しくて、寂しくて、恋しく思うのだ。
「う、あ……ああ、うっ……ひぅ……」
そうして、久方ぶりに泣いた。誰かの前で涙を流すなど、孤児院で小さかった頃に泣いたきりだった。どうして泣いたのかなんて、小さい頃なら誰でもあるだろう。遊具の取り合いに負けたことである。年上で、しかも図体のでかいやつに負けたのだ。悔しくて泣いたのか、悲しくて泣いたのかなんてわからない。ただ、そのとき泣いたのは確かだ。
暫くぶりに泣いて疲れてしまったのか、立ち直ったときにフラフラとした。スネイプが支えてくれなければそこらのイスか机にぶつかっていたかもしれない。
「教授、ありがとうございました」
「気にせんでよい。だが、このことはご内密に頼みますぞ」
「……あ、はい」
殆どが毛嫌いするスリザリンの寮監。だというのに、彼女は彼の前でずっと泣いていたのだ。色々な意味で、他の人に話すとまずいことになるのは目に見えたことだ。
「それでは、早く寮に帰るといい。友人たちがお待ちかねでしょうからな」
いつものように話すスネイプ。一つ違うことは、冷たくない、優しげな目線をマーガレットに向けていたことだ。
「そうですね、時間……かなり経ってますよね。では、失礼します」
そう言うと、マーガレットは部屋を出た。
久々に一人で寮へと足を進める。校長と会話をしたせいなのか、泣いたせいなのか、一番に昼食を食べ損ねたのが大きいかもしれないが、体がおもだるい。下までおりて、厨房で何かもらおうとも考えたがまた階段を上がるのも疲れてしまう。寮にいけばクッキーかチョコか何かしらお菓子があるだろう。この前ホクズミードでアリシアがハニーデュークスのチョコを買ってたはず。一つぐらいわけてもらえないかな、などと考えていたところ。
後ろから足音がしたのだ。そんな気にすることではない。
階段をのろのろ上っているマーガレット。狭いとは言えないこの学校の階段、抜かそうと思えば簡単に抜かせる。だが、後ろの足音はこちらの歩くスピードと同じ程度に聞こえてくる。さて、悪戯好きなピーブズがふざけて何かしようとしているのか?と思って振り向いた。
目の前にあったのは赤いもの。正確には赤い目の人間。
やばい。
そう思ったが、のろのろとした今の自身が目の前のものから逃げられる訳がなく。
「久しぶりだね、ラヴィニア」
柔らかに言う目の前の彼は、微笑んでいた。文句のつけようのない綺麗な笑み。見間違いか?瞳は赤くない普通の黒いものだった。
「あ、なたは……」
記憶にある彼の顔。そうだ、図書室で勝手にレポートを盗み見ていたスリザリン生だ。と思い出した。
「覚えててくれて嬉しいよ」
ふふ、と笑う彼。そう言えば、この人は何年生だろうか?と頭をよぎる謎を尋ねてみた。
「ねえ、あなた何年生の誰?」
こちらから話しかけられるとは思っていなかったのか、驚いた表情でマーガレットを見た。
「僕はスリザリンの五年、トムと呼んでくれ」
「そんな馴れ馴れしく呼ぶ義理はないわ。あなたで十分でしょう」
予想外に冷たい声が出た。だが、実際に彼の名を聞いてもそれで呼ぶ気はなかった。
「それで、いったい何の用?」
疲れたから早く寮に行きたい。その気持ちがありながら帰れないもどかしさが苦しかった。早く用を済ましてちょうだいと、そう願う彼女に彼は答えた。
「君とゆっくりお話ししたいんだ」
「…………は?」
何をいっているのかこの男は。無断でレポートを勝手に見たり後をつけてきたりと、中々失礼なことをしているというのに。お話ししたいなんてどういう考えなのか。
「意味がわからないって顔してるね。どうして?って思っているなら、僕と君の生まれが同じだから、と答えるよ」
「生まれが同じ?」
ますます意味がわからない。そこへ、彼は的確な答えを言った。
「君は孤児院育ち、……そうだろう?」