被害者は彼女
「……嘘でしょ、マーガレット……どうして!?」
マルティナは、医務室の真っ白なベッドに横たわる、石のように固まってしまった紅い髪の少女を見て目に涙をためた。そんな彼女の口から掠れた嘆きの声がもれたものの、横たわる少女には伝わらなかった。隣に立つエドマンドは、苦痛の表情でそれを眺めた。だが、その青い瞳には燻った炎が見てとれた。
「……マルティナ」
いつもより数段低い声だった。マルティナは困惑した表情でエドマンドを見た。
「……なに?」
「スリザリンの怪物、大体目星はついたぞ」
マルティナは涙を流しながら目を見開く。
「え……?」
「あとは、秘密の部屋の入り口だ……。これだけはどうしてもわからない。何か手がかりさえあれば……」
エドマンドは、悔しげに腕組みをしながら目をつむった。マルティナは赤く腫らした目でそれを見つめていた。
と、そこへパタパタと足音をたてて誰かが近づいてきた。マクゴナガル教授の声が聞こえたので、大方ハーマイオニーの友人を連れてきたのだろう。案の定、ハリーとロンの驚いた声が聞こえた。マーガレットと共に、ハーマイオニーとペネロピー・クリアウォーターというレイブンクローの女子生徒も襲われたのだった。
クィディッチも中止され、この事件以来、どこへ移動するのにも先生方と一緒でなければいけなくなった。そして、授業のないときは寮の談話室で過ごすことが命じられた。更にこの日の夜、ダンブルドア校長が停職させられたという。全校生徒はその情報に驚き戸惑った。
あの後からハリーとロンは、エドマンドに話しかけるようになった。同じときに友人が襲われたものであり、ロンの兄の友人で頭の切れる彼が、何か秘密の部屋の情報を持っていないかと予想したのだろう。だがエドマンドは、怪物の目星がついたものの、それを彼らに話すことはしなかった。その上彼はジョージたちと居るようになったものの、終始何かを思案しているように空を見つめることが多く、彼らに何を言われても上の空だった。
一方マルティナはマーガレットがいなくなったことがとてもショックだったためか、ぼんやりと過ごすことが多くなった。エドマンドと行動せずにアリシア、アンジェリーナの二人と居ることが多くなった。
それから、数週間が経った頃。ようやくマンドレイクの収穫ができるようになったとの情報が入った。石になった者たちの友人らは、これ以上の喜びはないというほどにはしゃいだ。マルティナたちとエドマンドも勿論のことである。
そんなある日、エドマンドとマルティナは医務室へ見舞いに行っていた。授業が休みになり、寮に戻る前に少しでもマーガレットの顔を見ようと思ったためだ。マダム・ポンフリーはしぶしぶながらも通してくれた。マンドレイクが収穫されるのも近いためか、前よりは彼女の視線は柔らかくなっていた。
マルティナは冷たく動かないマーガレットの髪を撫でる。サラサラと流れるはずのそれは、カチコチに固まって本来の流れを産み出さなかった。目の下に濃い隈ができたエドマンドは、それをぼんやりとした顔でみている。そこへ、カーテン越しに誰かの足音が聞こえてきた。一人だけではない、二人か三人ほどのものだった。
「誰かしら?」
マルティナはそう言うなりカーテンを手にし、静かに反対のベッドを盗み見た。
そこには、石化したハーマイオニーが横たるベッドの周りに立つ二人の男子生徒の姿があった。
「ハリーにロンじゃない」
「っ!……マルティナ?」
驚いて肩を上下させたロンが振り替える。
「シッ!マダム・ポンフリーに怒られたいの?……で、あなたたちお見舞いに来たの?」
人差し指をたてて口にあてがいながら、マルティナが問う。ロンはそうだと頷く。そんな中、ハリーがハーマイオニーの手に握られていたのか、ぐしゃぐしゃになった紙を、悪戦苦闘の末に取り出した。
「なぁに、それは?」
マルティナは気になったのかその紙を広げたハリーに近づく。エドマンドも興味を示したようで、マルティナについていった。
ハリーはおどおどしながらも、その紙に記されたこと―秘密の部屋の怪物のこと、秘密の部屋がどこにあるのかということの推測までも―を口にした。
エドマンドはそれを聞きながら顔を紅潮させた。難解なパズルのピースが、全て元通りの綺麗な形に戻ったかのような感覚に彼はとらわれた。
「……これで秘密の部屋のことが明らかになる!」
エドマンドは目を輝かせながら、マルティナへと声をかける。全てがわかったハリーとロンは、マクゴナガル教授の元へ行こうと話していた。そこに、四年二人も加わることにした。
こうして、四人は職員室へ向かった。授業で出払っているのか、職員室には先生は一人もいなかった。そろそろ授業が終わって、先生がやって来るだろうと思って職員室前の廊下でうろうろしていたが、休憩時間のベルがならない。その代わりに、緊迫した声色のマクゴナガル教授が、魔法で声を拡大したらしく校内に響き渡った。
『生徒は全員、それぞれの寮に戻りなさい。教師は全員、職員室に大至急お集まりください』
そして、四人は先生方のマントがぎっしりつまった職員室の洋服がけに隠れた。職員室のドアがバタバタと忙しなく開閉し、先生方が次々とやってきた。それぞれ怯え、困惑し、心配そうな表情で最後に現れたマクゴナガルの言葉を待った。
ようやく重い口を開いたマクゴナガル教授が、告げた事実とは。
ジニー・ウィーズリーが『秘密の部屋』に連れ去られたことであった。いつだかの壁に残された伝言の下に、"彼女の白骨は永遠に『秘密の部屋』に横たわるであろう"と書き残されたらしい。
その事を聞いた瞬間、洋服がけの中でロンが驚愕の顔で崩れ落ちた。マルティナは純血の彼女が連れ去られたことが信じられず、目を見開いたまま微動だにしなかった。
各々が驚愕に包まれるなか、バタンと音をたてて一人の男が入ってきた。状況を理解していないのか、ニコニコと微笑んで現れたその男は、いわずもがなロックハートである。
嫌みったらしく、ロックハートが口にしたことを逆手に、スネイプ教授がロックハートへ秘密の部屋に行くように言う。それを皮切りに、次々と教授陣はロックハートへ今まで散々な目に合わされたことを恨みに思ってか、彼を突き放す。マクゴナガル教授が最後通牒を突きつけると、彼は無理矢理に笑顔を作り出ていった。
その日、四人がこっそりと寮に戻った後、マクゴナガル教授がとても悲しげに事を告げた。そのときのウィーズリー兄弟は、見ていられないほどに意気消沈していた。
グリフィンドール寮の談話室は、これまでにないほど静寂に包まれていた。暖炉の炎が小さく、パチ、パチと音をたてているのがよく聞こえた。
ハリーとロンが何かを話して、談話室の外に出ていくのが見えたが、誰も止めるものはいなかった。だが、それを追いかけた者が一人いた。フレッドとジョージの友であるエドマンドである。マルティナはそれを見ていたが、すっかり体から力が抜け、立ち上がる気力も声をかける気も最早残っていなかった。
ただただ、この談話室に暗いものがただよっていたのだった。