山積みの問題
時は少し前に遡る。死んだとされていたマーガレット・ポッターが生きていることが公となった。魔法大臣を含む多くの魔法省関係者は寝耳に水のこと。役所の者たちは上を下へと慌ただしかったという。このニュースは、数日前に日刊予言者新聞に載り、魔法界を激震させた。実際にあちこちでは、「例のあの人」がハリー・ポッターに倒されたときを彷彿させるように喜び、騒いだ。12年前の事件の全貌を明かそうと、様々な人々が彼女を訪れようと躍起になっているとの話もある。
他にもマーガレットが、弟が世話になっているダーズリー夫婦の元に居候する話が上った。しかし部屋割りの都合で却下となった。元々気まずい仲で、お互いとも乗り気ではなかったので、ちょうどいいと言えるだろう。彼女はこれまで通り、アナベル・アルフォードが院長を務める孤児院の庇護下にあることとなった。
結局何が変わったかと聞かれたら、彼女を見る周囲から向けられる奇異な視線。名乗ったと同時に向けられる憐れみ、尊敬、その他を含む様々な感情。それはマーガレットの日常を大きく変えた。どこにいっても噂の対象となったのだ。
また、彼女も今まで記憶喪失だったわけで、ハリーとの関係もすこぶる良いわけでもない。気まずいままなのだ。マーガレットは幼い彼のことを多少なり覚えているだろうが、ハリーにその記憶は一切ない。ホグワーツでラヴィニアとして見てきた、それも年上の女子が、急に己の姉だと言われても素直に受け入れるのは難しい。どのように接すれば良いのか戸惑うだろう。おまけに一緒に住むわけでもない、また別々に暮らすのだ。両親が居ればまた変わったかもしれないが、「もし」の世界を想像しても仕方がない。
そんなこんなで、マーガレットの件が大方片付いたと言ったところで、シリウス・ブラックの脱獄となったわけである。魔法省のお役人方は休みが無いだろう、ともっぱらの噂だ。
さて、そんな中マーガレットは、孤児院でホグワーツの新学期が始まるのを待っていた。例年通りに、ふくろう便で必要なものをチェックし、マルティナと一緒にダイアゴン横丁へ買い物に行こうかと思っていた矢先。突然、魔法省の役人が彼女を訪ねてきた。諸々の面倒な書類関係は片付けた。今さらに何の用だろうか、と思いながらも、マーガレットやアナベル院長は彼らを出迎えた。すると、思いがけない事態となっていることが判明した。
「シリウス・ブラックの脱獄については知っているかね?」
応接室で、固い表情のまま役人は尋ねた。その話についてはテレビやラジオ、新聞で大きく取り上げられていた。知らぬものはいないだろう。
「……ええ、それが何か?」
アナベル院長は訳がわからないという顔をして答えた。隣に座るマーガレットもだ。
「実のところを言いますと、Ms.ポッター。貴女の命がブラックに狙われている可能性があります」
その言葉に二人は目を見開く。
「…………ど、どういうことですか?いったいどうしてラヴィニア……いえ、マーガレットが?」
慌てたのはアナベル院長だった。当の本人はというと、自身の閉ざされていた記憶の中に、シリウス・ブラックがいないか確認していた。答えはすぐに出てきた。
「シリウス・ブラックは、父の友人です」
さらりと答えるマーガレットに、アナベル院長も、魔法省の役人も目を丸くした。
「これは驚いた。幼い頃の記憶に残っていたのかな?」
茶化すようにもう一人の役人は笑う。
「ええ。ですが、彼は何故アズカバンに?それに、私の父と仲良くしていたのでは……?」
肝心な部分が思い出せない。大事な何かを。
「……何分そこまで私たちも詳しく知るわけではないので、わかりませんが。ブラックはマグル……非魔法族を何人も殺し、お友だちのペティグリューとやらも殺したそうで。かわいそうに、彼の遺体はなく、残ったのは指一本だったそうですよ」
アナベル院長はその話を聞き、顔を青白くした。
「ですから、例のあの人の忠実な僕と呼ばれています。それに、彼が脱獄したのはマーガレット・ポッターが生きていると公にした後です。貴女が狙われていると言っても過言ではありません」
マーガレットは、その話にどこか違和感を覚えていた。なにせ、父とブラックが仲良かったことを覚えているのだ。どこかおかしい、腑に落ちない。だが、その違和感の正体がわからない。
彼女が悶々としているうちに、話は進んでいた。どうやらマーガレットが黙りこんだのを恐怖のためと思ったようだ。
「では、Ms.ポッター。明日また役人が迎えに来ますので、本日中に荷物をまとめておいてください。それでは失礼致します、Mrs.アルフォード。他の方々にはくれぐれも御内密に」
用件が終わると、彼らは颯爽と立ち去った。アナベル院長は、話を聞いていなかったマーガレットに説明してくれた。魔法省のお目付け役が必要となるため、ダイアゴン横丁の漏れ鍋に滞在すること。漏れ鍋への宿泊費の半分を魔法省が持ってくれるそうだ。
「弟のハリーも居るそうよ。二人の時間が持てて良かったわね」
姉弟の仲が少し気まずいことを知らない院長は、微笑んだ。
「そうなのですか、それは良い機会になりました」
笑みを繕ってマーガレットは答えた。いざ、彼を前にすると言いたいことも言って良いのかどうか、わからなくなってしまうのだ。どこか距離をとってしまう。
そして、複雑な思いのまま、マーガレットは漏れ鍋へとやってきた。ハリーは既にこちらに居るようだ。今はダイアゴン横町に出かけているらしい。姉が来ることを知っているのか否か不明だが、残念な気持ちと、居なくて良かったと思う気持ちがせめぎ合っていた。
チェックインなど済ませ自室のベッドに寝転んだ。日焼けした天井をぼんやり見つめ、残りの休みをここで過ごすのか、と小さなため息をついた。まだ日が高い。夏休みの課題はほぼ終わっている。残りを急ぐこともない、と考えている間に彼女は睡魔に襲われた。
コツコツと何かが当たる音に、マーガレットの意識が浮上した。辺りは既に薄暗く、夜が近づいていることがわかる。のそのそと起き上がり、音のした方に目をやると、ふくろうらしきものが窓の外に見えた。
「あら、レナード」
寝惚け眼でマーガレットは窓に近寄る。レナードが手紙を加えているのを見て、すっと手を差し出した。
「……マルティナから?それともエドマンド?」
誰からか、と手紙を裏返すと、エドマンドの名が書かれていた。マルティナ、エドマンドの二人にはこの先、一緒にダイアゴン横丁で買い物をする都合で、夏休み中は漏れ鍋に泊まることを伝えたのだ。手紙には、エドマンドも今週末までには漏れ鍋に泊まりに行く、と書かれていた。マルティナは買い物をする日だけこちらに来るとも書かれてあった。
「良かった、マルティナかエドマンドがいてくれるのは助かるわ」
マーガレットは、手紙の内容に顔を綻ばせた。一人だけで泊まるのは、心細かったのだ。ハリーもいるとはいえど、そこまで親密な関係では無い。寧ろ気を遣ってしまうため、疲れてしまうのだ。これから徐々に距離を縮めようにも、ブランクがありすぎてどうしようも無いというのが現状だ。頼れる人が少しでも近くにいてくれるのは心強い。
マーガレットがほっとしたのもつかの間、彼女の部屋の戸がノックされた。
「どなた?」
きつめの声で戸の向こうにいる人へ尋ねる。
「あ、えっと、ハリーだよ。姉さん」
戸惑いがちな声が聞こえた。久々に聞くその声は少し低くなっているようにも聞こえた。
「ハリー?今開けるわ」
手紙を封筒にしまうとデスクの上に置いて、彼女は戸を開けた。そこには身長が少し伸びた弟が居た。
「いらっしゃい。久し振りね、ハリー」
どんな表情で接していいのかわからず、作り笑いで顔を出した。
「姉さんこそ、久し振り。ごめんね、今日来るなんて知らなかったんだ。トムから聞いて、びっくりしたよ」
そう言うハリーの顔は申し訳なさそうなもので、姉が来ることを知っているように見えなかった。
「いいのよ、ハリー。気にしないで。ほら入って、今お茶入れるわ」
緊張しながらも平静を装い、扉を開いて中に入るように誘う。しかし、彼女の想像を裏切り、ハリーは首を横に振った。
「ありがとう、気持ちだけもらうよ。もうすぐ夕飯だしね」
マーガレットは「あら、そう」と少し面食らった。やはり距離感がわからない。そう感じた。
「それじゃ、夕食の時にね」
そう言って彼は自室に戻った。廊下にぽつんと立ったままのマーガレットは、彼は何しに来たのだろう、と頭を悩ませていた。あまり外にいておかしな人に思われるのは困るので、彼女は部屋に戻る。鍵をかけ、そのままドアにもたれると、ずるずると床に座り込んだ。
「早く来て、エドマンド。ハリーと二人きりは辛いわ……」
レナードは己の主のその様子を不思議そうに見ていた。彼女は天井を仰いで、再びため息をついた。