Departure

 マイエラ修道院を後にし、クローディアはドニの町へ向かう。この辺り一帯は、彼女が前に訪れたときとは見違えるように変わっていた。ドニ一帯を治めていた領主の屋敷は跡形も無く、野原へと化している。ドニの町並みも少し違うようだ。ただ見ているだけで、無常な時の流れを感じる。その中で、流れに逆らう己の姿。何十年、何百年経とうと、変わることは無い。修道院の周りを流れる川の水面に映る姿は、いつ何時見ても同じ。クローディアは反射する自分の顔を見て諦めたように笑う。
「いつまで繰り返すのかしらね」
ざあっと音を立て、彼女の纏う衣服を翻しながら強風が駆け抜けた。黄金色の髪もあおられて、顔にまとわりついた。

 そのままクローディアは時間が経つのも忘れ、時が止まったままの自分をぼんやり見つめていた。そして、後ろに近づく魔物の存在にも気付かなかった。気付いたときには既に腕を切り裂かれた後だった。
「うぐっ……!」
鋭い痛みと、熱い血が滴るのを感じる。急いでその場から離れようとするも、周りを囲まれていた。トゲ突きの首輪を持った犬のような魔物に、ベルの形をした、魔物を呼び寄せる事の多い魔物がまず目に付く。後ろの方には黄色いドラゴンのような姿が見える。長い間一人旅していた彼女からすれば、一匹一匹は雑魚だ。しかしながら大量に囲まれれば不利にもなる。
『いつの間に!?』
心中でそう思いながら、クローディアは錫杖を召喚する。利き手は幸い無事で、得物をしっかりと手に握った。敵の数が多い。範囲呪文で頭数を減らそうと、素早く呪文を唱えた。彼女の杖先から魔物の群れへと眩いばかりの光が迸り、凄まじい熱風が襲う。それとともに土埃が舞った。クローディアを取り囲む魔物はたちまち爆発に呑まれ、消滅していった。しかし、後方にいた何体かの魔物には届かなかったようで、じりじりと間を詰めてきた。
何故ここまで魔物を呼び寄せてしまったのか、彼女には原因がわからなかった。今までこのようなことは、クロゼルクが仕掛けてこない限りなかった。だが、その彼女は今ここにいない。気配も感じられない。ならば……。そこまで考えて一つ、あることが思い浮かんだ。
思案する彼女から攻撃が来ないとわかったのか、魔物は次々に襲いかかる。クローディアはそれを察知して回避した。体勢を素早く立て直すと、魔物を錫杖で勢いよく薙ぎ払った。体の小さいものは、何かを喚きながら遠くへと吹き飛んでいった。それでもまだ数匹は残っている。クローディアは一匹残ったリンリンに目を向けると、疾風のごとく駆けた。錫杖を逆手に持ちかえると、槍のごとく扱う。さみだれ突きを繰り出し、ダメージを与える。最後に一際強く突くと、リンリンは空中を舞って消滅した。
はあ、と息を吐き出すとすぐにクローディアは残党に目を向ける。あとは特にこれといって厄介な魔物は居ない。魔法で殲滅させれば良い。そう思ったとき、群れの一匹が奇声を上げて倒れた。何事かとそちらを振り向くと、紅の装束が目に付いた。
「大丈夫か!?」
「ククール……!」
弓矢を構えて銀色の髪をはためかせながらククールが叫んだ。
「クローディア!」
彼の後ろから見慣れた人物が駆け寄ってくるのが見えた。そこからは怒濤のごとく攻撃の嵐が吹き抜けた。あれほどいた魔物の群れは影も形もなくなっていた。

「良かった……、遅いからマイエラ修道院に戻ろうって話になったんだ。そしたら魔物の群れが見えて」
エイトは一安心したというように胸をなで下ろす。他のメンバーもそれは同じようで、それぞれ彼女に声をかける。一段落すると、彼らはドニの町より先、アスカンタ地方へと向かって歩き始めた。
「それにしても、なんでクローディアの姉ちゃんは、あんなに魔物に囲まれてたんでげすかね?あんな光景見たことないでげす」
ヤンガスは首を傾げる。
「私も見たことないわ」
ゼシカも困ったように眉をさげた。エイト、ククールも訳がわからず、唸った。その謎にトロデがクローディア本人に問いかけた。
「クローディアよ、お主自身に心当たりはないのか?」
ずっと黙っていた彼女は、歩みを止めた。皆もそれに習うかのように次々立ち止まる。
「話が長くなりますので、今日の宿に着いてから、詳しく話しましょう。皆さんにはご迷惑をおかけしてしまい、申し訳なく思います」
彼女はそう言うと、また歩を進める。
「夕方になる前に見つけたいですね、さあ行きましょう」
後ろから何か言いたげな視線を感じるが、クローディアはさっさと先を行く。ここで話すと、魔物に襲われる可能性が高い。そのことを皆もわかっているからこそ、黙って先へと行く。
「……クローディア」
ゼシカは心配げにその背を見つめていた。

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