
五文字以内の答えを
いつから惹かれていたかと聞かれたら、それは、初めから。アンティークの結波春しか知らなくて、空の上、雲の上に居るアイドルであるということしか分からなくて。ファンレターを送ったことは勿論あるし、握手会だって、ライブにだって通い詰めた。好き、だったから。春ちゃんに憧れていた。惹かれていた。笑顔も、声も、ダンスも。根本的に、その時既に俺はアイドルという存在が好きだったし、アイドルオタクだと言われて久しかったけれど、こんなに入れ込んだのは初めてだったのだ。
――俺が彼女を好きになったのはデビュー当時。春ちゃんは未だ、中学一年生だった。
リリース記念イベントで春ちゃんが「是非目覚ましに設定してくださいね」と輝きながら言っていたことを思い出す。言われた通りにアラーム音をその曲に変えて起きていた毎日を懐かしんで、この一週間は久しぶりに春ちゃんの初めてのソロ曲をアラームにしていた。愛しさと懐かしさに、ついアラームを止めたい気持ちが萎む。
とはいえ、時計の電光板は起きなければいけない時間を目前に光らせている。夢の中で見ていたようなアイドル然とした“春ちゃん”ではなくて、プロデューサーとして毅然としている“春”と顔を合わせる時間が迫っていて。がちゃり、と音を立ててドアを開ければ、思い浮かべていたそれよりも短い髪を泳がせた春がいる。
「おはよう、プロデューサー」
「おはようございます」
ちょっとお高め、とはいえあまり目を惹かれるようなものではない、という程度の車の運転席に乗り込む春を目で追う。アイドルをしている最中に番組の企画で車の免許を取ったということは知っていた。リアルタイムで見ていたから。
「みのりさん、シートベルト着けました?」
「うん、大丈夫だよ」
「では今から鷹城さんとピエールさんを迎えに――」
(……それにしても、懐かしい夢だったな)
マニュアル車特有のミッションをがちゃりと動かしてアクセルを踏む春を後部座席から見つめる。ちらりと目線をずらせば、あの時の長い髪が見えた。勿論、それは幻覚なのだけれど。ぱちり、と瞬きをして視線を下の方に落とす。
いつの間にか、車内の音は消えていた。穏やかな時間が流れる。
ピエールを迎えに行く道すがら、少し長く車が止まる所がある。ふと気になって、ぽつり、と音を零した。
「春は……」
「はい?何でしょう、みのりさん」
「春は、俺のこと好き?」
「……みのりさん?」
ぼんやり、自分が何といったかすらも分からないまま、座席に体重をかける。みのりさん、と名前を呼ばれてはっとした。
「ごめん、忘れ」
「好きですよ」
静かに音を返した春の声に、緩やかな瞬きで応える。まさか言葉を返してくれるなんて、思ってもみなかった。自惚れでなければ、その声色は愛しさを滲ませているように感じてしまって。
「好きです」
「春、」
「勝手な都合でファンを振り回した私に、それでも好きだと、今の私も、アイドルの私も肯定してくれたのは、みのりさんが初めてだったので」
穏やかな声。俯いた顔。……そんなの。
「そんなの当たり前だよ。俺はアイドルの春ちゃんに救われて――でも、アイドルの“春ちゃん”も、プロデューサーの“春”も、ただの“結波春”も、俺は、」
思わずまくし立てる俺を嘲笑うかのように、赤かった信号は緑に移り変わる。変なところで途切れた言葉に覆い被さるように、春が口を開いた。
「続きは……後で、聞かせてくださいね」
「……たった五文字でも?」
「ふふ、たった五文字でも、です」
発進した車の揺れに身を任せながら少しの不満を滲ませた声を掛ければ、静かな微笑みを零した春に不機嫌が消し飛ぶ。惚れた弱み、って、こういうことなのかな。