それはひとときの熱

 背中についた爪の跡が、痛いのか熱いのかわからない。
 先輩、先輩、と自分を仰ぎ慕う後輩を嫌いになることは出来なくて、けれども自分より余程未来を夢見ている煌めいた瞳を見詰めれば、底抜けの光を明滅させる彼女に目眩がした。どうかその瞳が自分に向けられなくなりますようにと願って寝具に誘ったのに、その行為を終えてしまえばまた恐怖が押し寄せてくる。どうか変わらずその瞳が自分に向けられますように。身勝手な感情に振り回されているのは自分も、彼女もそうだと言い訳をして。

「先輩」
「伊勢、おはよー」

 暗い夜の陰を落としていた眠りに落ちる前の行為を匂わせるように自分と同じ寝具に包まれている彼女が瞳を薄く開いて、珍しく気怠さを滲ませた視線と自分を呼ぶ声に緩やかな笑顔を返す。掠れていつもより低いけれど、声の聞こえ方はその色を変えていない。想楽先輩、と柔らかく憧憬を含んでいるようなその声に救われていることに、彼女は気付いていないだろうけど。

「冬枯れてー、道に花無く、ただ歩きー。ふと見上げれば、陽の光淡くー」
「想楽先輩……?」
「伊勢はそのままで居てねー」

 意味を掴み兼ねるように首を傾げて勿論です、という伊勢か愛しくて。この愛しさを彼女本人に伝えるのは少し恐怖もあるけれども、ただ、これは確かに恋というかたちを持った祈りであって。
 まるで思春期の子供のような、喩えるならば桜色の恋をしていて。恋であるならばそこに愛はないのかと聞かれれば、そうでもなく。

「わたしは変わりません。だから、想楽先輩も変わらないでくださいね。ずっと、わたしの先輩で居てください」

 僕とは反対に、空を連想してしまうほどに高く、澄んでいる青い瞳を瞬かせて、伊勢はそう宣う。伊勢の地に御座す天照大御神、太陽の赤を纏わせる僕の瞳に、そう言って。伊勢は僕の頬に白い腕を伸ばした。

「先輩、わたしを、置いていかないで」
「……置いていかないよー。ずっと、待ってるから。伊勢が追いついてくるまでー」

 むしろ、それを危惧するのは僕の方だ。他人の瞳なんて気にせず、自分のままに生きてきて。面倒なことも、ものも、苦手な類だったけど(むしろ、今でも苦手ではある)。伊勢なら良いか、と思ってしまうのだ。ただ、憧れてくれた初めての女の子だから、ということを加味しているのかもしれないけれども。

「生まれ変わっても一緒に居たいです、せんぱい」
「それは……また会えますようにって、そう願うほかないよねー」

 面倒だって少しは思っても、それ以上に可愛らしい願いだな、と思ってしまうのは、好きになった弱みみたいなものだろうか。