月桂樹の諸刃


「ばっか三雲!」
「おいコラメガネ!」
「突っ立ってないで早く走って! 本部に行けば助かるから!」
「ボサッとすんな早く行け!」
「出水先輩……」

「走れ修! お前のやるべきことをやれ!」
「僕の、やるべきこと……」

 キューブにされた千佳ちゃんを見て、後悔しているんだろう。トリオン量が強いのは千佳ちゃんであって、自分じゃない。自分はコントロールが出来るだけで、上手いわけじゃない。でもトリオン量が多いから勘違いしたんだ。自分が強い、って。そんな馬鹿な勘違いをした自分を、反省しているんだろう。……でもここは戦場だ。後悔して足を止めるな。反省で歩みを遅めちゃいけない。

「……ねえ、こうくん」
「何だよ」
「わたしね、京ちゃんに頼まれてるんだ。京ちゃんの大切な後輩のこと。それに、わたしも三雲から目が離せないや」
「まどろっこしいのは無しにしようぜ。だから、なんだよ」
「ここ、こうくんに任せても良いかな」

 本来なら駄目だ。A級1位の天才射手出水公平であろうとも。この黒トリガー使いは段違いだし、手負いのA級1人がどうこう出来る相手じゃない。……でも、どうしても。三雲は見ていないといつの間にか死んでしまいそうで、怖くなる。

「基地に向かいます、サポートをお願いします!」
「おー、行け行け。お前もだ羽純」
「ほんとにいいの、こうくん」
「天才は死なねえんだよ。そもそも、メガネよりよっぽどお前の方が心配だぜ。……死ぬなよ、羽純」
「善処するよ」

 走り出した三雲の後を追う。京ちゃんはわたしと黒トリガー使いの間にそれなりの距離ができたと思った時にエスクードを使ってくれた。これだから京ちゃんはモテるんだよな、と思いつつ息を吐く。これだけサポートされてるんだから、三雲を死なせる訳にはいかないし、千佳ちゃんを本部に届けなければいけない。それでなくとも、千佳ちゃんは可愛がっている後輩なんだから。守り切ってみせる、わたしが。
 新型を見てスラスターを出す三雲に叫ぶ。

「三雲、何も心配せずに走って! 敵は全部、わたしが一掃するから! ギムレット、プラス……ギムレット!」

 新型をそれでねじ伏せて、全てを切り裂く。羽月は本当にいいトリガーだ。わたしに合っていて、とっても使いやすい。合成弾の爆風で三雲がコケて、千佳ちゃんを取りこぼす。その隙をつくように別の新型が飛んで取りに行くけれど、そちらは三雲がスラスターを飛ばして止めたようだ。
 キューブを持った三雲が磁力の欠片で地面に押し留められる。こればかりはわたしのトリガーではどうしようもない。新型から発せられる衝撃を抑えることくらいしか出来ない。

「三雲! シールド!」

 そうして張ったシールドは、普段の何倍にもなって三雲の前に現れた。漢字の書かれた、ボーダーのものとは違うシールドにプラスされたらしい。

「これ、……レプリカ?」
「待たせたな、オサム、ハズミ。ユーマの指示で、チカとオサムを護衛しに来た」
「心強いよ、レプリカ」
「ワタシもだ、ハズミ。共に守り抜こう」
「そうだね。……三雲」
「は、はい!」

「立て、オサム」

 レプリカのコピーした新型と共にアフトクラトル側の新型を羽月で切り捨てながらわたしが振り向けば、三雲は一瞬息を呑んだように見えた。それにしても、レプリカがコピーした新型は、空閑の黒の能力が使えると見た。ハイスペックだな、レプリカ。ただ内蔵されたトリオンでは二体目が用意出来ないらしい。

「解析完了。磁力を中和する」

 ここまで色んな人に助けてもらったんだろう。わたしが見ていただけで、嵐山隊、空閑、レプリカ、慶お兄さん、迅くん、京ちゃん、レイジさん、桐絵、米屋先輩、緑川、こうくん、栞ちゃん。それだけの助力に、わたしだって、三雲だって、それ相応に報いなければ。

「もう、走れそう?」
「……っ、はい!」

 力強い瞳をしている三雲を見る。やっぱり三雲は、なにかを掬いとるために無理をするタイプの人間なんだろう。そういうタイプの人間は、挙って死にやすい。もう声なんて忘れてしまった迅くんの師匠を思い浮かべながら、三雲だけは守らねばと思ったわたしの意思も、きっと三雲と同じだった。それに気付かないまま、わたしと千佳ちゃんのキューブを持った三雲とレプリカは、本部基地への道を突き進んで行った。

「レプリカがこっちに来て、空閑は大丈夫なのか?」
「問題ない。チカとオサムの援護を優先する。ユーマが決めたことだ」
「空閑が……!?」

 漠然とだが、だろうな、と思った。空閑はそういう人間だ。面倒見の鬼、とかなんとか言っているが、三雲のことが大切なんだろう。守りたいのだろう。本人ではないので、その本意を測ることは出来ないが。

「空閑の為にも、早く千佳ちゃんを本部に持ってかなきゃねえ」

 小さくため息を混ぜながら、わたしは後ろにメテオラを放ち続ける。バイパーを交えれば後ろなんて見なくても新型の足止めくらい出来るからね。

「急ごう。ジンの予知によれば、オサムとチカが基地に入れるかどうかが、未来の分かれ目になる」
「未来の……分かれ目……」
「基地に侵入したブラックトリガーは、現在訓練室に閉じ込めているらしい」
「諏訪隊とうちの旬とちーくんが頑張ってくれてるし、いざとなったら本部には忍田さんも居るからね。心配はしなくていいと思う」

 なんて言ったって七々原隊は優秀だ。個々の能力が頗る高いし、旬なんて多分もう諏訪さんにアステロイドをお披露目しているんだろう。旬が完璧万能手になる日は近いんだぞ、と顔の見えないレイジさんに自慢する。

「今なら安全に基地に入れる」
「ただ、入り口が開くかが問題なんだよね」
「それならば、多少時間はかかるが わたしが侵入して開けよう」
「分かった」
「レプリカ、本当にハイスペックだね〜。もし入隊できたらうちに勧誘したんだけど」
「すまないな、ハズミ。ユーマのお目付け役である以上、ユーマの傍を離れる気は無いし、離れるつもりもない」
「……あらら、フラれちゃった」

 これは結構残念だったりする。旬もちーくんも、わたしがスカウトした子達だ。旬は……慶お兄さんがわたしと会わせてくれたから、誘うことが出来たんだけど。まあ、これ以上うちの隊を増やすこともないし、無駄話をしている暇もない。

「三雲頑張れ〜」
「えっ、あっ、はい! 頑張ります!」

 多少緊張しているらしい三雲に目を細める。なにか大きなミスをしないと良いんだけど。