ブラックホール


 カキン、という手応えがあった。

「風間さんの言ってた、弱点……ですかね」
「十中八九、そうだろうな」

 無尽蔵にあるという訳では無い。けれど常人よりそこそこ多いトリオンを、全てアステロイドに注ぎ込みながら諏訪さんに目を向ける。

『硬質化したトリオン反応発見。カバーされたパーツを見つけた、マークする』
「了解」
『堤さんこういうの向いてんじゃないっすか? 一回やってみます?』
『俺はいいよ』
『でも今回のもほぼ堤さんの発見と作業っつーか……』
「ほら知歳、集中」
『……ウーッス』

 諏訪隊の隊員とも仲良くできているみたいで一安心だ。そういえばこの間透から「まるで親子だな。羽純が母でお前が父。そして出水が息子」と言われたことがあったけど、そんな風に見えているなら嬉しい限りだ。ただひとつ心配なのは、太刀川さんと二宮さんにぶった切られないかぶっ倒されないかってことだ。勝つ自信は五分五分だが、やはり負けるところは見られたくない。

「はっはー、弱点見つけたぜェ」
「ガラ悪いですよ、諏訪さん」
「……あーあー、成程。そういうことか」

 ガラの悪い悪辣な悪い方をした諏訪さんの話の腰を折りかけたところで、相手がなにかを理解したように言葉を放つ。そういうことか、とは。訓練室の脱出方法がバレたのか、補助のやり方が分かったのか。そう考えを巡らせた直後、通信機から困惑の声が聞こえてきた。

『は? 硬質化の反応が増えた……? っ、クッソやられた! ダミーだ!』

 知歳がここまで荒れるのもわりと珍しい。口調に反して知歳は直情的なアレではない、ちゃんと考えてから色々やる賢い男の子だ。ただまどろっこしいことはわりと嫌いで、集中力が切れると普通にイライラしてキレてしまう。笑い声を上げた黒トリガーに俺までちょっとイライラしてきた。

「猿が知恵絞ってんのを見るのは、楽しいなァ。死ぬまでそのレベルでキーキー言ってろ!」

 刹那、諏訪さんの体内から牙が飛び出た。

「なっ、体の内から……! この攻撃は……!」
『これではっきりした。奴のブラックトリガーの能力は、液体だけでなく気体にも変化できる』

『仮装戦闘モード終了』

「操作パネルが気体になったトリオンに反応しちゃったんですね……」

 情けない。ああ、情けないとも。羽純に言いつけられたのだから、最後までやりきるつもりではいるけれど。トリオン量に限界のある状態に戻ったのなら、トリオン体が一度やられればそれで終わりだ。それは避けたい。

「無敵タイムは終わりか? 暇つぶしにもなんなかったなあ!!」
「ちっ、バイパー!」

 飛び出る牙が訓練室の壁をぶち抜く。一、二本くらいは俺のバイパーで折る事が出来たけど、でも、それだけだ。唇を噛む。
 けれど、別の場所から轟音が聞こえた。閃光のような瞬きの旋空。余りに強い力。たなびくロングコート。間違いない。

「旋空弧月!」
「忍田さん……!」

 ノーマルトリガー最強の男と名高い、忍田さんだ。

「良く足止めした諏訪隊、御滝。ご苦労だったな」
「いやいや、まだ死んでないっすよ」
「また派手な登場ですね、忍田さん……。あと俺もまだ死んでません」

 ロングコートの襟についた通信機でなにやら連絡を取っている忍田さんは、多分鬼怒田さんに謝ったり、修復を頼んだりしているんだろう。羽純による「やんちゃ男忍田伝説」が現実味を帯びてきたな。

「ああ? 誰が逃げるって? この程度でオレに勝てる気で居んのかあ、雑魚トリガーが!」
「当然だ! 貴様のような奴を倒す為、我々は牙を研いできた」

「なら、無駄骨だったなあ。いくら足掻こうと、勝てねえもんは勝てねえんだよ!」

 めちゃくちゃかっこいい忍田さんの宣言を真っ向から否定した黒トリガーは忍田さんに向かって攻撃を繰り出す。

「御滝」
「はい、忍田さん。ギムレット」

 御滝、と短く呼ばれるだけで、やるべきことが分かる。なんていったって羽純は俺を忍田さんに紹介する時、すごく誇らしそうに、自慢気に、嬉しそうに、「旬はコントロールが凄いんだよ! もしかしたら忍田さんの援護とか向いてるかもね」なんて言っていた。つまり、そういうことだ。
 忍田さんが弧月で切り裂けない物を見極めて折っていく。後ろで諏訪隊の隊員が息を呑むのが聞こえた。忍田さんはその攻撃を掻い潜り、というか攻撃ごと相手を切り裂く。

『敵のトリガーは、液体、気体と、刃状のトリオンを変化させ、攻撃は主に、刃状の硬質化によって行われます』
『弱点である伝達系とか心臓の部分も、この硬質化で防御してる。弱点以外は切っても撃ってもダメージなし。しかもダミーあり。……ま、忍田さんなら関係ないだろうけど、気を付けてください』
『気体を取り込ませることによる体内からの攻撃も気を付けてくださいね』

 『あ、すいません。ありがとうございます三上さん』『いいえ』とオペレーター組が和やかに会話しているのを耳に、忍田さんが次、どう動くかを予測して、見極める。本質的な動きは羽純と太刀川さんと良く似ているので、わりと分かりやすくて助かった。

『対象がトリオンを展開、気体攻撃です』
「……! 堤さん、空調を!」
『了解しました。空調機能を全開にします!』

 空調を全開にしたことによって、忍田さんの周辺の気体になったトリオンはほぼ無くなった。これ後ろから見てるとすごいヒーローっぽくてかっこいい。男のロマンだな。

「奴の弱点の位置情報をくれ」
『ダミーも同時に映ってしまいますが……』
『忍田さんなら大丈夫っすよ。多分あの人、全部切るんで』

 知歳の言葉に口角を少し上げた忍田さんを見る限り、その通りなのだろう。知歳ももしかしたら、羽純から「やんちゃ男忍田伝説」を聞かされたのかもしれない。弧月を構えた忍田さんを見て、相手の周囲に照準を合わせ、バイパーを撃つ。忍田さんの邪魔はさせない。

「うぜえなクソ雑魚があ!!」

 その声と共に刃が硬く飛び出て来て、俺はトリガーをアイビスに持ち替え、刃を相手の直前までくり抜くようにトリオンを撃った。

「バケモンかよ……」
「失礼ですね、諏訪さん。これでも羽純よりは弱いんですよ? 俺」

 忍田さんは自分の周囲の刃を全て切り裂いたと思うと、俺が撃ち抜いた道を走って相手の肩を斬る。

「このクソ猿があ……くたばれェ!!!」

「それはこっちのセリフなんだけどな……」

 忍田さんが切りやすいように。全てを計算して罅を入れ、そしてまた破壊する。煙が出たら邪魔になるので、威力もちゃんと調整して。忍田さんはまた、総てを斬った。

「貴様のトリガーは、火力よりもその特殊性が武器だ。ネタが割れれば強みを失う。貴様の敗因は、我々の前ではしゃぎすぎた事だ!」

 めちゃくちゃかっこいいんだけど、はしゃぎすぎたっていう言葉選びがちょっと可愛いなと思ってしまった。自重。けれど耳にノイズが迸り、聞き覚えのある、というか知歳の声が聞こえた。

『まだだ忍田さん!』

 それと同時にまた浮かび上がってきた角付き。もうそろそろうざい。

『土壇場で、敢えて本物をカバーから外したのか』

 そして忍田さんの体からは、あの黒い刃が。

「忍田さん!」

 少し家族とダブってしまって、ちょっと焦ったのは、事実だ。