ブラックアウト


「教えてくれよ、ボス猿さんよ。オレの敗因は……なんだって?」
「良いだろう、教えてやる。私の仕事は、もう終わった」

 その言葉と共に俺達は攻撃を仕掛ける。

「こいつらがオレに勝てるってのか。そこの猿はちっと頭ひとつ抜けてるみたいだが、それでもオレには適わねえぜ?」

 俺は羽純が好きだ。母のような姉のような、妹のような、はたまた祖母のような、先生のような。何故なら俺は、羽純に掬い上げられたからだ。だからこそ羽純に教えて貰った何もかもで負けたくない。羽純に言われたすべてを守り通したい。頭ひとつ飛び抜けている? 知っている。羽純に鍛えられたからだ。適わない? 知っている。俺達の目的はそれじゃない。
 小佐野さんに通信を取るのを横目に見たと同時、俺も知歳に通信を繋げる。

「知歳」
『了解。スタアメーカー、オン』

 弾丸が着弾した場所に目印を付けることが出来るオプショントリガーだ。これは結構優秀で、特に今回みたいなダミーの多い戦闘だと効力を発揮するもの。これは撃ったけど死ななかった、ダミーだ、これではない。それが分かる便利なトリガーである。

「これでもう丸見えだね、黒トリガー」

 諏訪さんが隊員を呼んで、隊員がカメレオンで透明になりながら黒トリガーに攻撃を仕掛けようとする。でも黒トリガーはそれを察知して、刃で刺した。さっきの風間隊との戦闘で覚えちゃったかな。

『戦闘体活動限界 ベイルアウト』

 噴出した煙幕に交えて弾を撃つ。大丈夫、トリオンはまだ残ってるし、俺は忍田さんのサポートに風間隊のサポート、諏訪隊のサポートとサポートとしかしてきていないからダメージもほぼゼロ。

「アステロイド!」

 ただ、やはり憎き出水よりは精度が低い。羽純が帰ってきたらまた教えてもらおう、と思いつつ。

「バカが、トロいぜ」

「……そっちがね」

 飛び出してきた青い隊服を視界に入れて、一息をついた。風間隊の菊地原士郎と、歌川遼だ。どちらも羽純と同い年で、菊地原の方なんかは羽純に引き摺られて時枝と共にご飯を食べているところも目にすることが多い。それに加え、菊地原のサイドエフェクトは聴覚強化で、超人的な遠方の音の聞き取りが出来ない代わりに、聞き分ける能力が抜きん出ている。その聴覚で風間隊はカメレオンを使うステルス戦闘をコンセプトとするチームとなり、A級の階段を駆け上がった。
 そしてそんなステルス戦闘のプロが、煙幕という補助と集中させた弾で遮られた相手の視界を盗めない、はずがない。

「『お見事』」

 知歳と声が重なった。二人は弧月の曲線をクロスさせて黒トリガーの本体をぶった斬る。綺麗な切り口だ。

「伝達脳と供給器官を破壊。任務完了」

「っく……おのれェ……生意気な、猿共があああああ!!!」

 歌川がクールにそれを告げ、それと相反するように黒トリガーはイラつきを隠さないように叫んだ。うるさい。破壊されていくトリオン体を見届けて目を細めた。

「ダミーが一度ゼロになった時点で本体を割り出し、ステルス組が決めるかたちは整っていた。我々の勝ちだ」
「いや〜……やりました……」
「あ、トドメさしたのは風間隊ってことで。宜しく」
「菊地原、歌川、ホント助かったよ。流石だな」
「御滝先輩も流石でした」
「……別に」
「ッおい菊地原ァ!」
『諏訪、笹森に伝えろ。良い誘導だった。以上だ』
「……だとよヒサト」
『……はい、ありがとうございます!』

 その会話の最中、煙の晴れかけた先を見る。戦闘体の解けた黒トリガーが、悔しそうに何かを呟いているのが聞こえた。多分菊地原には言葉も伝わっている。

「どうします、こいつ。さっき通信室でこいつに二人くらい殺されてますよね」
「捕縛しろ。捕虜として扱う。相手は生身だ、無茶はするな。だが気は抜くなよ」
「御滝、了解しました」
「了解」
「……チッ」

 舌打ちをした菊地原を見て苦笑いを浮かべる。ほんとお前羽純の前じゃないと二割増しくらいで態度悪いよね。俺も人の事言えないんだけど。とはいえ、捕縛を最優先に────
 きゅいん、という音がした。ワープの門が開いて、中からは桃色の髪の人型近界民が黒トリガーを覗いている。

「空間操作のトリガー……?」
「でしょうね。注意して掛かりましょうか」
「コノヤロウ逃げやがんぞ」

「回収に来たわエネドラ、派手にやられたようね」
「チッ、おせーんだよ」

 エネドラ、という名前らしい黒トリガーの男がワープの女に手を差し出した瞬間、エネドラの腕が貫かれた。なに、どういうこと? 仲間割れ?

「あら、ごめんなさいね」
「って、てめえ、どういうつもり……っぐぁ! っ、ミラぁ!」
「回収を命令されたのはブラックトリガーだけなの。ハッキリ言ってあなたはもう、私たちの手には余るの」
「なんだと……!?」
「気付いてる? あなたのその目の色。トリガーホーンが脳まで根を張ってる証拠よ。あなたの命はもう、そう永くない。脳への影響が人格にまで現れてる。暴言、独断、命令違反。それになにより、ボルボロスを使って通常トリガーに敗北するなんて致命的ね。ボルボロスはもっと相応しい使い手が引き継ぐわ。あなたの角から得たデータで、適合者はすぐ見つかる」
「ふざけんな! ボルボロスはオレの……! っく、オレにしか……っ、ぐあ……ミラ……、ボルボロスを、かえ……っ」

 正直何を言っているのかちんぷんかんぷんだった。今までエネドラが使っていた黒トリガーはボルボロスという名前で、桃色の髪の近界民の名前はミラ。トリガーホーンというのは名前からして角のことで間違いないだろう。けれど、適合者だとか、角から得たデータだとか、良く分からないことが多すぎる。黒いワープゲートから生えた刃がエネドラを突き刺しているのを見て、羽純が居たら何か変わったのだろうか、と思いながら、俺は唇を噛み締めた。

「……知歳」
『ああ、録音は済んでる。あとで七々原を交えて会議しようぜ』
「了解」

「とても悲しいわ。昔はとても聡明で優秀な子だったのに……。さようなら、エネドラ」
「ハイ、レ……イン……」

 そうしてミラがワープゲートの向こうへ消えたと同じタイミングで、エネドラの身体は崩れ落ちた。

「なんてこった……仲間をやりやがった……!」
「忍田さん、知歳が今の会話を録音録画してました。後でエンジニアに送ります」
「了解した。諏訪、救護班を呼べ。人型近界民を収容する」
「えっ、こいつを?」
「もう死んでますよ本部長」
「構わん。こいつの角は、未知のトリガーテクノロジーだ。分析出来れば、次への備えになる。そうだな、鬼怒田室長」
『無論』
「それと、至急基地の復旧をお願いしたい」
『……っ、んなこと言われんでも分かっとる。出水』
『うーっす』
『お前も手伝え』
『出水、了解。ついでに今の録画送ります』
「今の女がブラックトリガーだったとしても、無制限の空間移動は出来ないはずだ。ワープ座標を決める為のビーコンが必ずある。風間隊、そいつの所持品を調べろ」
「了解です」
「えー、やだなあ。血嫌いなのに」
「まあまあ菊地原、羽純帰ってきたら頭撫でてもらえば良いじゃん」

 そう言うと顔を赤面させた菊地原は、歌川の元へ駆け寄ろうとする。青春かなあ、それとも親友としてか。それを図ろうと思っていると知歳に釘を刺された。『いい加減にしろ旬、次の任務も注意しろよ』「分かってるよ、知歳」

「御滝」
「はい?」

 それから少し、ほんの少しだけ知歳とじゃれ合うような通信を交わしていると、忍田さんに声を掛けられて目線を上げる。

「良くやった。……流石はあの羽純がスカウトした隊員というところか」
「いえ、余りお役に立てませんでした。忍田さんこそ、羽純の言う「やんちゃ男忍田伝説」に違わぬ強さでしたね」
「……あいつ……」

 俺とセットで羽純も褒めるところ、忍田さんは本当によく分かっていると思う。流石昔からの仲と言ったところだろうか。俺だけを褒められるよりも、羽純も褒められた方がもっと嬉しい。分かってくれているようで、俺は少し、喜んだ。