蒼炎


「……ん、こうくんが飛んだか」

 見える緑の曲線を瞳で捉える。トリオンを全て打ち消してキューブにしてしまう人型は、こうくんがベイルアウトしたということはまだ残っている。けれどこうくんたちはその前に角付きを一体倒しているし、先程の通信で旬と風間隊、諏訪隊、忍田さんも一体やったらしい。それなりに、良い未来に進んでいる……とは思う。油断はせずに、頑張ろう。
 そう思った矢先。黒い門が建物の上に開き、先程までこうくんと戦っていた黒トリガーがこちらを見ていた。

「これ、京ちゃんも飛んだね」
「嗚呼。カラスマもベイルアウトした」
「烏丸先輩が!?」

 京ちゃんがベイルアウトする相手。勿論ガイストだって使ったんだろう。時間だって、多分まだ残っていた。何故分かるかは、同級生の予感というか、そんな感じの何かだと思うけど。
 最後の壁。レプリカにそう称された敵を見て、三雲の足が、止まる。

「突っ切るぞ、オサム!」
「行くよ、三雲!」

 けれど、ここで友人の後輩を、わたしの可愛い後輩を、やらせる訳にはいかないのだ。

「さて、レプリカに三雲。最終確認をしようか」
「基地までおよそ120m。基地の入口が閉まっていたら、ワタシが開ける」
「開けるのはどのくらい掛かるんだ?」
「基地はほとんどトリオンで作られているようだ。近界と同じ仕組みなら、簡単に開けられる。こちらの技術が組み込まれている場合は、仕組みの解析に数分はかかるだろう。こちらの機械は複雑だからな」
「……ん、解析ってさあ、子機でも出来る?」
「ああ、可能だ。先行させて、解析させて置こう」
「頼むね、レプリカ。っあ〜、ここに居るのがわたしじゃなくてちーくんだったら、そういうのも分かるのに〜!!」
「知歳先輩と、連絡は取れないんですか?」
「んー、ちーくんと旬の連絡網に切り替えられてるっぽい。とりあえずアクセスはしてるけど」
「後は我々が入口へ辿り着くだけだ」
「……そうですか……」

 不安そうな三雲の肩に手を置く。いざとなれば、トリガーを解除して生身になって三雲を先行させることも出来る。今一番優先すべきは、三雲と千佳ちゃんだ。わたしは三雲を安心させるように笑った。三雲の緊張もいくらか解れたようだ。わたし視点なら、の話だが。

「……行きましょう!」

 三雲は千佳ちゃんを強く握りしめて道を駆け抜けた。勿論相手だってそれを見逃すことはしない。レプリカの盾で三雲を守り、逃した分の生き物はわたしのハウンドで相殺しながら、壁の向こうへと退く。こうくんにしか出来ないと思うな、というやつだ。何せ射手の雛形を作ったのはわたしの兄さんなのだから。

「キューブ化のブラックトリガー……!?」
「京ちゃんによると、あの生き物、トリオンにしか作用しないらしいよ」
「! じゃあ、建物を壁にして……」
「それじゃ遠回りになるよ、三雲。アステロイド」

 レプリカも同じことを考えていたみたいだから、わたしのアステロイドと共にレプリカが民家に突っ込む。ここを突っ切ってしまえば問題ない。屋内だし。

「このまま、建物を突っ切っていこう。上からも死角になる。閉じ込められないように注意しろ!」
「「了解」」

 本部の屋上、透くん章平くん当真さん冬島さんが当たってくれているらしい。旬とちーくんの通信にもアクセスが出来て一息をつく。

「慎重に。ここを抜ければ残り六軒で基地の前だ」
「……静かすぎる。もう追ってこないんですかね?」
「うーん……。それはちょっと早計かな。あっちにはワープのブラックトリガーも居るらしいし、気を付けるに越したことはない」

 三雲がドアを開ける。それと同時に開けた先にワープが開き、あのトリオン体の生き物が溢れだしてきた。

「やっぱりね……!」

 こっちは駄目だ、別の部屋から。そう言った三雲はひとつのキューブを落とした。拾いに行こうと戻った途端、クラゲのかたちが床に浮かび上がる。触れられようとしている三雲を押し退ければ、わたしの左足が揺らいでいた。

「スコーピオン」

 スコーピオンを起動して足にする。これは黒トリガー争奪戦の時に藍ちゃんが使っていた戦法だ。なかなか考えられていると思う。問題は無い。

「建物を出なきゃ、いくよ三雲」
「入口の解析ももう終わる。走れオサム! ……まずいな」
「……レプリカ?」
「もう一人の人型が降りてきた」
「!?」
「ワープのブラックトリガーか……! やってくれるよね、ほんと。これで入口が抑えられた訳か」

 家屋から出る。解析をしていたレプリカの子機が噂のワープ女にやられた。イコール、入口にはワープ女が居る、ということだ。「じゃあ……!」と三雲が振り向いた先には、ラスボス臭漂うブラックトリガー使いが立っていた。
 「三択だ」、とレプリカは言う。

「ワープ使いを躱して強引に基地に入るか、今から別の入口へ向かうか、逃げてユーマやジンが駆け付けるのを待つか。まともに戦っては勝ち目はない。例え、ハズミであっても、だ」
「……勝つ気は無いよ、わたしは」
「……羽純先輩?」

 そうだ。わたしに、勝つ気は無い。勝つ気なんてない。その必要も無い。何故なら、それは迅くんに頼まれたことじゃないからだ。
 こつ、とブーツが地面とぶつかる音が聞こえる。

「まだ兵が残っていたのか。あれだけ派手にやれば、付近の使い手は全て誘引出来たと思っていたが」

 ブラックトリガーがそう呟く声が聞こえる。

「あの人は……!」

 三雲が驚いたような声を出した。

「標的を確認した。処理を開始する」

 そこに立ったのは、A級の、三輪隊の。

「三輪先輩! こいつを、千佳を頼みます。キューブにされた、うちの隊のC級です! ……僕はここで、近界民を食い止めます。千佳を、千佳を助けてやってください!」

 三輪秀次、その人だ。
 それにしたって、どう考えても時間稼ぎになるのは秀次先輩の方なのに、馬鹿なことを言うんだな三雲は。そう考えていれば、秀次先輩は三雲のことを蹴り飛ばした。

「知るか! ……人に縋るな」
「まあまあ、秀次先輩」
「羽純……お前も、裏切ったのか」
「……そう思われてるなら、もうそれで良いですよ……」

「あいつはお前の仲間ではないのか」
「黙っていろ近界民、お前は俺が殺す」

 というか、あちらにもやはり仲間だとかそういう概念はあったのか。今対峙している黒トリガーをてっぺんにして、利害の一致っていう感じで動いていた気がしたが……。まあそれも、一種の仲間なのだろう。

「三輪先輩、黒トリガー相手に……一体一で……!」
「まあ秀次先輩にはいざとなればレッドバレッドだってあるし……」
「攻撃の相性は悪くない。敵近界民の弾丸は生き物の形をしているが、実体はない。ボーダーが使うトリオンの弾丸やシールドと同じだ。あの魚では、」
「秀次先輩のレッドバレッドは、塞げないよねえ」

 秀次先輩が弾を撃つ。シールドも細かく展開して相殺しているし、うん。流石秀次先輩、と言ったところだ。動きも俊敏で、相手の頬に一筋の傷を付けている。
 そもそもレッドバレッドというオプショントリガーは重い。自分から使うという人はそう多くないし、それだけ上級者向けのトリガーなのだ。けれども、秀次先輩はそれを使いこなしている。生半可な努力と執念では出来ないだろう、これは。

 そして秀次先輩は、弧月で相手を一閃した。