光陰


「ほら三雲、いつまでも秀次先輩見てないで行くよ!」
「はっ、はい! すいません!」

 わたしは三雲と共に道を走る。必死で走る。わたしの頭の中にあるのは、迅くんの言葉と、三雲を守らなければ、ということだけだ。……だから、ワープ女にどれだけ刃を向けられたって、わたしは迷わず三雲を庇う。

「羽純」
「……迅くん? 珍しいね、迅くんが本部に来るなんて。わたしに用事でも?」

 わたしがそう言うと、迅くんはわたしの肩に手を置いた。

「お前はいつも無理をするけど、今回はあんまり先走るなよ」

 その言葉に、わたしは目を逸らした。何に心当たりがあるか、というと、例えば初回遠征だったり。例えば、その……。わたしの精神が酷かった時期、とか。その時からボーダーに居て、A級に所属していて、会議にも出ているような上層部は、すべてを知っているけれど。

「善処する」
「……はー。ほんと、頼むよ。お前が居なくなったら、最悪の未来になる可能性が高くなるんだ」
「……わたしが? 分岐点、ってこと?」
「そーゆーこと。……無理はしてくれるなよ」

 最後に、念押しされるように、もう一度強く言われる。でも多分京ちゃんやこうくんに託されたら、やってしまう、と思う。

「最悪の未来では、メガネくんが死ぬ」

 京ちゃんの大事な後輩が。弟子が死んでしまうのは、いけないと思っているから。それがわたしの意思だから。

「……分かった。迅くんも、無理しないでね」

 わたしは目を伏せたまま、迅くんとの話を終えた。


 だから、これくらい平気だ。今日は珍しく、痛覚をONにしていない。ちーくんに頼んだのが幸と出た感じになっている。良かった。けれど今ベイルアウトする訳にはいかない。三雲を守らなきゃ。だめ。今わたしが飛べば、三雲を守れる人が居なくなる。

「トリガー、解除……っ、三雲! 下!」

 でも結局三雲だってワープ女に刺されてしまったし、三雲もわたしと同じ選択をした。その手に持ったキューブを守るために。わかる。その気持ちはわかる。わたしが揺らぐ程に、わかってしまう。大切なものを守りたいから、自分の安全を捨ててしまう。わたしは三雲の手を取った。

「羽純先輩っ、」
「大丈夫、三雲。わたしが守るよ。だから走って」

 だって近くには秀次先輩が居る。だって上からは空閑が来る。それだけ君は求められている。それだけ君は大切にされている。君は居なくなっちゃいけなんだ。向かってくる黒トリガーを視界に捉えて、三雲をわたしの影に入れながら、そう思案する。下に出たワープを、持ち前の反射神経で避けようとした。ボーダーに入る前は体育が壊滅的だったわたしだけど、兄さんがボーダーに入って、わたしがそこに入り浸るようになって。可愛がられているうちに、生身での運動だって出来る方になった。そういう自信があった。それでも。────それでも、避けられなかった。

「か、はっ、」
「! せん、ぱ、っ、」

 黒の影がわたしの身体を貫いている。霞む視界で三雲を見れば、三雲の片足も貫かれていた。けれど三雲ならば。わたしとちょっと似ている、三雲ならば。守るものがある三雲ならば。

「気にするな、走って、はし……走るの! 三雲!」
「っ、後少しで……」

 痛みに悶えているのだろう。痛みに耐えているのだろう。三雲が見据えている眼前には門が開かれていて、霞んでいるわたしの視界でも中が見える。あれがアフトクラトルの船。三雲は刺されていない足を踏み込んでレプリカを振りかぶった。
 三雲に迫ろうとする黒トリガーに向かっての援護射撃。米屋先輩あたりだろうか。……それにしても、出血が酷い。守りきれた、だろうか。京ちゃんの弟子のこと。レイジさんの弟子のこと。桐絵の後輩のこと。みんなのこと。

「無理はしてくれるなよ」

 わたしはちゃんと、善処するって言ったからね。嘘はついてない。怒られないといいな。そんな希望を抱いて、わたしの身体は崩れ落ちた。



 風刃の攻撃と空閑の攻撃がハイレインに入った。三雲の振りかぶったレプリカはワープの中に入り込み、その船と接続することが出来た。

「隊長」
「船を調べろ」

「……! 帰還の命令が実行されています」

 三雲の足が震え、その場に座り込む。少し戻った場所に見えた血塗れの羽純を見て目を見開いた三雲だったが、千佳であるキューブを奪われそうになり、それでも少し、口角を上げたように見えた。

「……ただのトリオンキューブ……替え玉か」
「時間がありません。隊長!」
「仕方ない。金の雛鳥を放棄する」

『オサム、お別れだ。ユーマを頼む』

 三雲にだけ聞こえたレプリカの声は、三雲の唇を悔しさで噛ませるのに充分なセリフだった。ワープゲートが閉じれば、空は夕暮れの光を取り戻している。狙撃をしていたC級の夏目がふと下を向けば、座り込んで血を流している三雲と、血塗れになって倒れている羽純を見つけることが出来た。

「メガネ先輩、大丈夫っすか!? 羽純先輩も……!」
「俺はまだ、……ただ、羽純先輩が」
「……おいおい、これやべーんじゃねえの?」

 米屋が冷や汗を額に浮かべながら言う。三雲は生身で足を貫かれ、羽純に至っては胴体二箇所、足を一箇所貫かれている。血が出過ぎていた。

「傷だけ縛って、基地の医務室に運んじまおう。病院よりそっちの方がはえーや」
「了解っす」






ごめんね、もがみさん、にいさん、はーちゃん。わたし、まだまだだったみたいだ。