余白


 「なんかさあ」、と。いくつもの可能性の中で、この可能性すら視ているだろうあいつが、呟いた。

「途中で折れそうな恋をしていたあいつらが、こうやって笑い合っているのを見るのが、……嬉しいんだ」

 優しげな視線を向けたその先には、銀の髪を風に遊ばせ、目を細めた羽純が居る。羽純の髪に添えられた桜の花びらを取って幸せそうに笑う、出水が居る。

「桜の花付いてるぞ羽純、とりあえず写真撮ろうぜ」
「脈絡おかしいよこうくん……いいよ、可愛く撮ってね」
「? お前いつでも可愛いじゃん」
「サラッとそう言うこと言わなーい! わたし知ってるんだからねこうくんが告白されてるの!」
「んなこと言うならオレだってお前がモテてんのは知ってんだよ。オレには羽純だけだって知ってるだろ」
「わ……わたしにだってこうくんしか居ないんだけど!?」
「知ってる」
「〜っ……!」

 こうして丸く収まるまで、こいつらが初めて会ってから、四年が過ぎている。お兄さん、と俺を呼び慕う羽純の手を引っ張りあげてから、五年。生き急いでいた羽純の姿は、もうない。

「昔は、ここに羽純がひとりで来ている未来も見えたんだ」
「あいつが?」
「うん、羽純が。あの桜に捕われて、おれ達の前から居なくなりそうで、……でもここには、出水も居る」
「……まあ、あいつらは幸せになって良いだろ。俺達が守ってきた羽純も、出水なら託せる」
「太刀川さんが見初めた男、だもんな」

 風間、二宮、月見、赤坂、迅、小南、時枝、佐鳥、烏丸、俺。そのうち最後まで出水との交際に反対したのは、俺と二宮で。娘では無いが、俺を頼ってくれる羽純は可愛い妹のようなものだ。それに二宮は羽純の兄と似ているらしく、懐かれていたし、羽純の一番弟子は二宮である。可愛くない訳が無い。目に入れても痛くない羽純を預けるには、出水公平という男は少し、大きすぎた。羽純が潰されてしまわないか。二宮や俺は、ずっと羽純のことを心配していた。けれど、今はどうだ。あんなに、

――「兄さんの替わりだから、わたし、ちゃんとやらないと」
――「大丈夫、まだやれる、やれるよ、だから」
――「、トリガー、解除」

 あんなに、幸せそうな。まるで、甘いチョコレートを溶かしたような、笑顔を。隣で涙ぐむ迅曰く、「もう見られないと思っていた笑顔」を。出水が、取り戻してくれた。

「悠ちゃん、慶お兄さん! 見てー、レイジさんと桐絵お手製のお弁当なんだよー!!」
「めちゃくちゃ美味い……」

 「やべえ」、と目を大きくした出水に、「でしょ」と言って胸を張る羽純。平穏な光景。二人の後ろにある大きな桜の木から、花びらが散っていく。迅は「今行く!」と言って歩き出した。

「おにいさーん!」
「太刀川さーん!」
「太刀川さん」

 夢のような景色だった。ぱしゃり、と、桜の木の下の三人を写真に撮る。後で20歳のトークに送るつもりだ。

「あー……、すぐ行く。そんな声で呼ばなくても羽純が呼びゃあ聞こえてるから」

 焼けるということを知らないような白い頬が膨らむ。「お兄さんてば、」と、少し不機嫌そうに俺を手招きする羽純の後ろから、太陽の光が射した。

「兄さん、わたし、幸せになれたよ」

 羽純のそう呟く声が聞こえて、人前で泣かない迅の瞳から、一筋の水が流れ出る。ぱさり、と、俺のまつ毛も湿ってきた気がして、目をこする。少し経って手を退かせた目の前には、眩い光景が広がっているままだ。