ルビーレッド


 かりかりとシャーペンを動かして、テキストに埋まりそうなくらい、しんどそうな彼女を見る。高校三年生。次世代の太刀川慶と呼ばれるくらいの彼女は、けれど。

「こんな、命かけるような仕事しておいてさあ」
「……うん」
「好きな人が居る、って、怒る?」
「別に、わたしはいいと思うけど」

 「そっかあ」。彼女はゆるやかに笑った。恋をしているのだな、と分かってしまうような。いつもとは雰囲気の違う微笑み。どちらかというと、はにかみ、のような。

「良いね、好きな人がいるって」

 つい、そう零せば、彼女はこちらを向いて、首を傾げて言った。

「羽純ちゃんにも好きな人居るんじゃないの? ほら、出水公平……とか」

 一瞬、ひゅ、と息が止まる。有り得ない。そもそもこんな大喧嘩をしておいて。嫌われておいて。どの口が彼を好きだと言うのだろう。反応を返さないわたしににやついた彼女の腕の下には、閉じられたテキストがあって。

「何勝手に閉じてるの。今日の分終わってないでしょ」
「うげ」

 二つ年上の彼女。ペンの先を前頭に当てながら悩んでいる彼女。

「――好きじゃないよ、出水のこと」
「ん? 羽純ちゃんなんか言った?」

 なんでもない、と言葉を返す。人よりあるトリオンと類まれなセンスで合成弾を造った、あいつ。兄さんが生きていたら、きっとあいつよりも早く完成させていたであろうもの。仲良さげに、出水と並んで、射手の訓練をしている兄さんを、瞼の裏に浮かべる。叶わないことだけど、でも、確かにわたしは、それを望んでいた。

「羽純」
「……忍田さん?」

 彼女との勉強の時間は終わった。厳密に言えば、荒船くんと交代してきた。最近、シフト制みたいなことになってきていて、息を吐く。そのまま自室に向かおう、と本部の廊下を歩いている時だった。忍田さんに後ろから呼び止められる。

「――お前に、任務だ」

 ……珍しいこともあったものだ。苦虫を噛み潰したような顔をしている忍田さんを見て、そう思う。重ねて「わたしだけに?」と聞けば、「そうだ」と返ってくる。城戸さんに呼び出されているらしくって、わたしは自室の方に向いていた足を逆方向へ動かした。忍田さんと肩が並ぶ。

「忍田さんは内容を知ってるんだよね?」
「いや、知らない。お前の単独任務ということだけを伝えられたからな」
「えー……」

 わたし達は会議室に入る。重苦しい黒のシステムドアを通り抜ければ、そこには当たり前のことだけれども、上層部が勢揃いしていた。

「A級、七々原羽純。お呼び出しを受けて参上――」
「『S級隊員』殿。任務だ」

 名乗りをあげよう、と調子に乗りながら、わたしは口を開く。けれどもそれと被せるように、城戸さんは、わたしのことをS級と呼んだ。隣に立つ忍田さんからの驚愕の雰囲気。口を開いたままの、わたし。わたしは震えた声を出す。

四月兄さんを、使う、んですか……」
「そうだ」
「っ、なんで、そんないきなり、」
「迅は躊躇うことなく風刃≠使っていたが?」
「だって、……迅くんとわたしは違う! 知ってる、知ってます、わたしがS級にならなかったのは、わたしが弱いからで、わたしを、守るためで」
「だが、四月が無ければ、今回の任務は成功しない」
「城戸司令!」

 俯いたわたし。わたしのこんな感情を見たことがなくて、動きがゆるやかな根付さん達。反対する忍田さんの声。

「羽純」

「いい、忍田さん、ごめんなさい、ありがとう。……やります、わたし」

 兄さんの声が聞こえる。迅くんが最上さんを手放して一週間が経っていた。わたしもそろそろ覚悟を決めなければならない。そう考えていた時から、一週間が経った。

「作戦日は12月31日の夜中だ。頼んだぞ」
「……はい」

 覚悟を、決めなければ。