サファイアブルー


「出水公平、とか」

 彼女の声が頭の中で反響する。そもそもあいつと出会ったのは、遡って三年前。丁度出水が入隊した直後だったはずだ。お兄さんが、見込みがありそうだ、と言うから。それなら、と見に行ったC級のブース。色んなトリガーを試していた出水の放ったアステロイドが、わたしの世界を変えた。

「兄さんとそっくり……」
「おい、羽純?」
「ねえお兄さん、あの人の名前、何ていうの?」
「あ? ……あー、なんつったかな……でみず……」
「でみず……? まあいいや、わたし決めた」
「何をだよ」
「わたし、あの人を弟子にしたい」


 わたしは出水の方へ乗り込んでいって、いきなりA級が入ってきてざわつくブースも気に留めず。

「ねえ、あなた射手にならない? わたし、教えてあげるからさ」

 今思えば、気持ち悪がられて当然の誘い方をしていた。よくあれで弟子になってくれたな、と思ったけれど、後から匡貴くんや望ちゃんに詰られたのはご愛敬だ。確かに匡貴くんが弟子にしてくれと言ってきたのも望ちゃんがそう言ったのも、わたしは結構渋っていたから。……まあ、匡貴くんは兄さんに似ていたから、というのが大きな理由だったんだけど。
 昔の記憶を思い出しながら、少数の集まる司令室で、わたしは目を伏せている。城戸さんはいつも通りの顔だ。

「今回の任務を説明する。極めて多数の近界民が攻め込んでくるが、位置はほぼ同じだ。時間と場所の特殊性により、黒トリガー四月を使用することになった」
「大晦日に爆発音なんて嫌だもんね。四月の性質は幻……誤魔化しながら戦えってことかな、城戸さん」
「その通りだ」

 兄さんはわたしに、わたしだけに、この黒トリガーを遺した。当時9歳だったわたしは、塞ぎ込んでしまって。それでも、寄り添ってくれた人が居て。迅くんが、唖然として泣けないわたしの分まで、泣いてくれて。ああ、塞ぎ込んでいる暇なんて無いな、と思ったのだ。迅くんが泣かないように。皆が心配しないように。わたしが、兄さんの代わりにならないと、と、思っていた。けれど、あの人が遺したトリガーだけは。わたししか使えないけれど、あれだけは。もうずっと、使えなかった。ううん、使って、いなかった。

「頑張ろうね、兄さん」

 黒トリガー特有の黒金。きらりと輝く光の中に一本だけ見える、鮮やかな、ミントブルー。それは、兄さんがわたしにくれた、髪飾りの色で。本当にこれは、わたししか使えない黒トリガーなんだなって、見た人皆が言うような、そんな外見をしていて。

「羽純、……無理はするな」
「やだな、忍田さん。これくらい出来るよ。心配し過ぎじゃない?」

 心配そうにわたしを見る忍田さん。けれどその奥には、いつも通りを滲ませて、何かの感情を押し殺しているんだろうな、と思える城戸さんが居る。――この人も、なんだかんだ優しいからなあ。

「『S級』、七々原羽純。任務開始します」

 瞬きを続けるピンキーリングに口付ける。「トリガー、オン」、と囁けば、わたしの身体は、トリオンで塗り替えられていく。大晦日の夜。つい夜空を見上げれば、そこには輝く星が見えていた。

「っ、城戸さん! 羽純、……羽純、どこいった!?」

 わたしが本部から出たあと、迅くんが焦った様子で城戸さんの所へ駆けてきたのを、わたしは知らなくて。

「――羽純?」

 出水が迅くんから話を聞いて、飛び出してくるのも。当たり前のように、知らないままだ。