「羽純」
「にいさん、」
柔らかな瞳がわたしを見つめている。髪は伸び、身長が高くなり、人間関係も変わったわたしとは違い、兄さんはあの時の、塵になった時の姿と全く同じ。わたしと同じ、とはいえ並べて見ればわたしよりも明るい銀の髪が揺れる。夢にも風が吹いているのか、と少し不思議に思った。
「兄さん、あの」
「なんでお前だけ」
「……兄さん?」
はく、と、音の出た小さな口の開閉は、息の伴わないものだ。目を細めて、わたしのことを慈しむように見てくれていた瞳の色は、すっかり憎悪に変わっていた。ひゅ、と喉が鳴る。
「どうして俺だったんだ。どうして今生きているのがお前なんだ?」
「にい、さ、ん、それは、」
「どうして俺はお前に託されて、お前が託されるのは俺じゃなかったんだ」
「それは、……それは! 違う、兄さん、話を」
「話すことなんて、ない」
兄さんの言葉は止まらなくって、耳を塞いでも頭の中に反響していて、わたしの体は震えていて。意味の無い息しか出ないのは、恐怖と、罪悪感と、――それと。
「どうして、俺が今、そこに居ないんだ……!」
少しの、憐憫。
降り積もった感情は全てを揺らがせ、目の前に立つ愛しい唯一の兄でさえも、掻き消してしまう。
「そうやってお前はまた、俺を忘れるんだな」
「
「ずっと考えてた。兄さんが生きられなかったのに、わたしが引き上げられても、幸せになっても、良いのかなって」
そう、魘されているわたしを起こした慶お兄さん、その人に言う。慶お兄さんは苦く笑うわたしの腕を引っ張って太刀川隊の隊室へと連れ込んだ。お兄さんの手に背中を押され、わたしはこうくんが居る、というよりもこうくんしか居ない隊室へと、送り込まれる。
「お前のお兄さんってさ」
「うん」
「どんな人だったんだ?」
……そうか。こうくんはわたしの兄さんを知らないのだ。説明、といっても、兄さんがどんな人間か、というのを表現するのは、難しい。……けれど、そうだな。もしも、例えるとするならば。
「匡貴さん、みたいなひとだった」
「二宮さん?」
「厳しくて、あまり人を寄せつけないけど、カリスマはあって、妙な人間に好かれて……話し方もちょっと似てる」
だから、匡貴さんを初めて見た時、匡貴さんに弟子にしてくれと頼まれた時、わたしは断らなかった。……断れなかった。
「他人を死人に重ねるなんて、……ほんと、最低」
自嘲気に、小さな笑い声を重ねる。それと共に、ふわり、と頭に乗ったのは、こうくんの右手だった。
「お前がどんだけ悩んでたのか、どんだけ自分を責めたのか、オレはその全部を知らない。……でもな」
こうくんの視線が、わたしと合わさる。小さな子供を落ち着けるみたいに、優しく微笑んで。
「お前の知ってるお兄さんは、お前を責めんのか?」
「ううん」、とわたしは首を横に振った。「ま、今度から落ち込んでる時はオレに頼れよー。お前だけの彼氏サマだからな」と悪戯気に笑うこうくんに救われた気分になりながら、わたしは笑う。
兄さんではなく、わたしが生きていた理由を探すために、戦っていた。でもね、兄さん。わたし、理由がちゃんと、見つかったよ。
「じゃあ、そんなこうくんが、わたしを笑顔で慰めてくれるように、……わたし、守るから」
そう言えば、「そりゃオレのセリフだ」とこうくんが返す。そうだね、と苦く笑い、頭に乗せられているこうくんの右手を両手で掴んで、目を閉じ、わたしの額に当てる。――絶対、守るから。だから。決意を込めて、目を開けた。