「幸せになれ、羽純」
兄さんがそう言って、灰になってしまって、積み重なった灰に交えて、黒金とライトブルーが煌めいた。震える手で、わたしはそれを、掴む。トリガー、オン、と。掠れた声で呟けば、それが正答であるかのように、わたしの身体はトリオンで塗り変わっていく。羽純、と兄さんの声がわたしの名を呼んだ。今さっき灰になってしまった、兄さんの、声。兄さんが危険視していた近界民に向かって、いつの間にか手に持っていた弧月を振り被れば、近界民は呆気なく散った。だからわたしは、トリガーを解除して、とりあえずボーダーに帰ろうと、道を帰ったのだ。それでも。
「羽純、っ」
「悠ちゃん、どうして、泣いてるの」
幻だと分かっていても。兄さんは居たんだよ。灰になったあとも。兄さんは、居たはずなのに。どうしてあの人はここに居ないんだろう。悠ちゃんが涙を零している。最上さんは悠ちゃんを慰めていて、わたしは、泣けなくて、お母さんとお父さんに連絡を取れば、近いうち、二人は遠い異国で命を投げた。きっとわたしが悪いのだ、と思った。だからせめて。せめてわたしは、兄さんの代わりでいよう、と思ったのだ。それがわたしの罪滅ぼしだと、思ったから。
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堕ちる。ベイルアウトなんて頭の中に無くって、トリオン体が破壊されて、生身になって、堕ちて、死ぬ。兄さん兄さん、わたし、もしかしたら、兄さんのところまで。「ふ、」と笑みが流れ出た。目を閉じる。けれども目を閉じたのと同時、格子がわたしを覗き見た。
――刹那。二本の月が弧を描きながら、近界民を切り伏せる。わたしは目を瞬かせた。
「……あなた」
「お前、」
お互いのことを視界に入れ、二本の弧月の人は急ぎわたしを受け止める。「お前誰だ」「……あなたこそ」
「俺は太刀川慶だ」
「……ああ、忍田さんの」
「お前は」
「羽純だよ」
七々原、とは、敢えて名乗らなかった。太刀川さんに、お前なんでベイルアウトしなかったんだよ、と言われて、ふと我に返る。そうか、今はベイルアウトがあったんだったか。でも。
「援軍が来るまではね、わたし、ほら。戦わなくちゃ」
「意味がわからん」
「いいの、それで」
分かられなくたっていい。でも兄さんならそうするから。兄さんは正義の味方だから、少しでも、戦わなくては、と。そう思っていたから、わたしは思わず口走る。
「だってわたし、兄さんに、兄さんにならないと」
「――お前の兄さんは、お前にそんなこと頼んでねーだろ」
呻くように言えば、太刀川さんの格子状の瞳が、一瞬だけ煌めいた。どうしてそう言い切れるのだろう。太刀川さんはわたしの兄さんのことなんて知らなくて、会ったことだってないのに。
「兄さんが居なくなったのはわたしの所為なのに、」
「妹を守らねえ兄貴が居るかよ」
「でも、でも……」
じゃあわたし、なんのために、ここに居て、戦ってるの。瞼を伏せる。息を吸う音が上から聞こえて、わたしは一瞬、息を止めた。
「お前はお前のためにここに居て、お前の意思でたたかってるんだろ。別に師匠だって、お前のことを兄さんの代わりだとは思ってねえよ」
ひゅ、と。今まで思っていた常識が、覆される。それはいい事なのか悪いことなのか、今でも良く分からないけれど、でも。
「うそだ、」
「嘘なんてつくかよ」
「だってわたしは今まで、」
「――羽純」
「、」
「お前はお前のままで良いんだ」
それが、初めての。わたしが恋をした、初めての。
「……うん、慶、お兄さん」
わたしの、お星様の話だ。