シャル・ウィ・ムーン


 ざわり、と嫌な予感がした。

「京ちゃん、これさあ」
「! いつも悪いな」
「なんかもう最早京ちゃんへのお土産選びも楽しいからいいよ。お姉ちゃんも笑ってるし大丈夫」
「でもさあ羽純」
「うん? 何とっきー」
「ここで渡すってことは……佐鳥たちにも……」
「? ……! 成程、あるよ勿論」
「やったー!」
「ありがとう」

 ボーダーに提携している学校、というものがある。わたしたちが通っている高校は、そのボーダーに提携している学校の中のひとつだ。うちの高校だと、一年生にわたしや嵐山隊の時枝──とっきー、佐鳥、あと玉狛の烏丸……京ちゃんとか、香取隊の香取さん。二年生に太刀川隊の出水、三輪隊の三輪先輩、米屋先輩、那須隊の熊谷先輩などなど。三年生に冬島隊の当真先輩たちも。
 いつも通り、A級の高一で昼食をとっていた。クラスから少し離れた空き教室だ。
 お土産、というのは、個人的な関わりがあるA級の久川明海さん──お姉ちゃんとは愛の逃避行、もといお姉ちゃんのバイクでドライブへ行くことが多く、行った先々で買って帰って来たものだ。京ちゃんには毎回だけど、所持金とか荷物量とかで、買ってこれない分があるので、その人たちにはまちまちってところ。今回はとっきーに佐鳥に京ちゃんに慶お兄さんに、あと出水公平だ。こうくん。

 いつもと同じように他愛のない話をして、わたしは佐鳥と同じクラスなので佐鳥の話すことに注釈を付けたりフォローしたり、とっきーも京ちゃんも、任務のことだとか、あとはわたしとこうくんをからかってきたりして。ああ、日常だ。そう思って、楽しかったのに。

 ──予感がした。風間隊の聴覚強化、菊地原士郎、……栞ちゃんの言うところのきくっちーほどではないし、わたしは迅くんみたいに未来を視たり出来ないけれど、勘というものは誰にだってある。存在する。机を囲んで食事をする三人を視界の隅に置き、窓を見た。京ちゃんの目がわたしに向いたと同時、暗雲が────

「来た」
「羽純?」
「近界民、くるよ」

 暗雲が、門が。あれはだって、あの時の。四年半前の。第一次大規模侵攻の時と、同じ。お弁当をしまう。いつもおいしいご飯をありがとう、ボーダーの食堂のおばさん。今日は食べきれないかもしれません。がたり、と机から立ち上がり、スカートのポケットの中にあるトリガーを強く掴んで目を閉じる。────もう四年半前とは違う。やらせるものか。あの時のようにはいかない。だってボーダーも変わった。だってわたしは、強くなった。そうでしょ、兄さん。握ったトリガーの先にある硬い黒に指先で触れる。閉じていた目を開ければ、とっきーも佐鳥も京ちゃんも、わたしを見て、動き出そうとしていた。

「京ちゃんは木崎さんからの連絡を待って、それまではここの避難誘導とB級に避難の伝達。とっきーは准くんに呼ばれるだろうから通信を聞いて動くこと。佐鳥はとっきーのフォロー。わたしは出る」
「了解」
「了解!」
「了解した」
「じゃあ、散!」

 「トリガー起動」という言葉を口の中で転がす。身体がトリオン体に塗り変わり、姿は青と白の正義の味方になる。ふわりと靡くマントの首元には七々原隊のエンブレムが煌めき、その下にはマーチングバンドに通じるようなお硬そうな隊服に、白いプリーツスカート。耳元の通信機を抑え、連絡を取る。穏やかな昼食を、わたしの友人と過ごす大切な時間を脅かした罪は重いのだ。

「じゃあ 行ってくるね!」
「ああ」「行ってらっしゃい」「俺達も後から行く」

 三者三様の受け答え。大事な友人に元気をもらって、わたしは飛ぶ。

「旬、ちーくん、聞こえる? 仕事の時間だよ」

 さあ、わたしとダンスを踊ろうよ。