イーリアス


 「ごめんっ、ごめんなさい、わたし、わたしが、わたし、」

 一度、戦闘でミスをしたことがあった。その時わたしは既に攻撃手に転向していて、ああでも、そうだ。あの時はわたし、スコーピオンを使っていたから、もうお兄さん達に掬われた後だったな。……珍しく、ミスをした。取り返しのつかないミスだった。これまでわたしは、例え警戒区域内、放棄された場所であっても、誰かの思い出の地を壊したくなくて、壊したら、わたしの、兄さんとの思い出も一緒に壊れそうで、怖くて、壊せなかった。

 当時、わたしは隊員の中でも古株中の古株で、とっても強いと思われていた。もし自分が緊急脱出しても、わたしが居るならなんとかなる。後ろにわたしが居るから大丈夫。わたしが来たならもう大丈夫。覚えのある、わずか11歳の体に大きく掛けられたプレッシャー。
 兄さんの妹としての期待は、もう吹っ切れた。吹っ切れた、けれど。

「羽純」
「……悠ちゃん」
「羽純、疲れてない? ちょっと今から、」
「! 警報が鳴ってる、ごめんね、行かなくちゃ」
「じゃあ、それは俺が」
「悠ちゃんに迷惑掛ける訳にはいかないもん。大丈夫だよ」

 次に掛かるのは、わたしへの。七々原羽純への、期待と、憧憬、嫉妬。そんなことばかり考えていて、初めて警戒区域内の建物に被害を及ぼしてしまって、そして、大気変動のSEの調子が悪かった。

「、あ……」

 目の前に迫るバンダー。振り上げた羽月はいくら力を入れてもびくともしない。緊急脱出のことさえ頭から抜けていた。とりがー、解除。わたしの体は生身で堕ちる。バンダーが狙撃する時の予備動作。動かない身体。幸か不幸か、周囲には隊員が居なかった。絶望的な状況だったけど、かっこ悪いところは見せられないから。だってわたしは、旧ボーダーから居る、古株の、つよい、七々原羽純だから。────死ぬのか。漠然とそう思った時の、ヒーローのような登場を。

「弧月!」

 キッと鋭くなった、格子状の瞳を。わたしは今でも、忘れていない。


 ……京ちゃんの様子を見に南西部に行こうとしたはずのわたしは、何故か今、藍ちゃんがキューブになったことを報告されている。三雲も傍に居たらしい。その近くには雨取千佳。それと新型が何体か。

「わたし、藍ちゃんと三雲が隊と別行動を取る前から南西部に向かってたんだけど……。タイミング可笑しくない? どう考えてもわたしが着く方が先じゃん」
『お前が道中で寄り道し過ぎなんだよアホ。新型がうじゃうじゃ居るからって、新型斬るついでに他のやつまで斬り回ってるから……』

 独り言に帰ってくる声。うちのオペレーター、ちーくんだ。解析をしていたはずなんだけど、終わったんだろうか。

『解析は無事終了。キューブは確実な解き方をしなければ元に戻ることは無い。衝撃にも強いし、……そうだな。玉狛第一の小南が何回かぶっぱなしても問題ない』

 うわ、つよ。思わず出てしまった声を留まらせる方法を、わたしは持ち得ていない。通信を繋いでいる間にも襲いかかってくるトリオン兵を斬ったり色んなことをしていなしつつ、わたしは旬に様子を聞いていた。

「旬ー、旬ー?」
『こちら御滝。どうかした?』
「東さんとの合流、出来たの?」
『ううん、まだだよ。でも、もう少し』
「……成程、了解」

 旬は確かに狙撃手一本だけど、一時期何が面白いのか、ちーくんがわたしと旬のポジションを反転させたことがあった。その時の旬はトリオンのコントロールがずば抜けていたから、それから時折アステロイドをサブに入れているらしい。だから旬くんは、中距離も全然大丈夫なひと。心配はない。……はずなんだけど、嫌な予感が抜けなかったりもする。
 そう考えた、瞬きの一瞬。

「……見えた!」
「っ、羽純先輩!」

 吹っ飛ばされた三雲、C級の服を着た女子二人、その眼前には倒れた新型一体。……藍ちゃんはこの中に居るってことか。千佳ちゃんは手にアイビスを持っていて、千佳ちゃんのトリオン量とアイビスの威力、新型との距離を計算しても、すごいダメージが入ったと推測できる。……けれど、これは。

「千佳ちゃんのトリオン量がバレたら、ちょっと……やばいな……?」