ユダ

 ライブハウスには、あまり行かなくなった。店長には寂しがられて居たんだけど、ごめんなさい、って笑って、寄り付かなくなった。兄さんもユキくんも、家で打ち合わせをしなくなった。寂しかった。ここ何年かの私はRe:valeに捧げられていて、その重しが無くなるだけでこんなにも地に足つかないものなのかって。初めてユキくんに会ったのは小学生の時で、もう私は中学生で、ユキくんの気付かない間に高校生になる。インディーズアイドルのRe:valeに向き合う自信はまだ私には無かったし、ユキくんのことだから、もう私のことなんて忘れかけているだろうな、と思った。私の音は、もう二人の役には立たない。

・・・


「京、……入っていいかな」
「兄さん?いいよ、どうぞ」

 もう殆ど話さなくなった兄さんがいきなり私の部屋に入ってくるなんて珍しい。驚きながら扉を開ければ、兄さんは脈絡もなく私を抱き締めた。身長差を考えて欲しい。

「どうしたの、兄さん」
「これ、読んでくれないか」

 おそらくはアイドルのRe:valeに向けられたファンレターだ。なんでこれを兄さんが私に渡したのか、理解に苦しむ。いいの、私はこの子がファンレターを渡そうとしたRe:valeじゃないけど、と言えば、兄さんは苦しそうな声で、お前もRe:valeだよ、と返した。私は視線をファンレターに向ける。ひらり、と手紙をめくった。

「「未完成な僕ら」を聞いて、泣いてくれたんだって」
「……、」
「これから前に進めそうです、って」
「この曲を作ってくれて、ありがとうございます、だって」

 ユキくんが持ち帰ろうとしたのを、無理言って持って帰ってきたんだって。

「なあ、京。お前の曲、ちゃんと届いてるよ」
「うん、……っ、うん、」
「お前が俺達の曲のことを愛してくれてるのは知ってる。けどさ、もっとお前の作った曲のことも、愛してやってよ」
「、うん……!」

 愛されない、と思っていた。ユキくんの曲も兄さんの曲も良かったけど、私の曲だけは、私の感情が透けているんじゃないかと思って。しんどかったし、辛かったけど、でも。

「京。お前もRe:valeだよ」

 私も、皆に愛されるRe:valeで良いんだ。

「……泣くなって」
「泣いてないもん」

 また俺達のこと、近くで見ててよ。兄さんは言った。勿論だよって、私も笑って。なんだ、こんなに単純なことだったんだ。

「私の曲も愛されてて、良かった」
「当たり前だろ?お前は最高の作曲家なんだから」

 アイドルのRe:valeも、バンドのRe:valeも、きっと、何も変わってなんて居なかった。そういうことだ。

・・・


 クリスマスイブだったかな。多分それくらいだったと思う。Re:valeのステージ中に、ユキくんの女の人関係か何かだと思うんだけど、大量に普通じゃない人が流れ込んできた。勿論私は驚いたし、これじゃあステージが、と思っていたんだけど、黒髪の男の子が凄い形相で暴れていて。

「狂犬……」
「京、シッ」
「狂犬、ね」

 ステージをめちゃくちゃにしてごめんなさい、と頭を下げる狂犬くん、だから、黒髪の男の子には、見覚えがある。

「良く来てくれる子だよね、女の子と一緒に」
「なっ……、なんで知ってるんですか!?」
「男の子のお客さんって珍しいしね。リア充かと思ったら、お姉さんなんだって?」

 つらつらと話す兄さんにコミュニケーション力の欠片を感じながら、彼の既視感をひとつひとつ、思い出していく。そうだ、兄さんが良く話していた、「男の子のお客さん」だ。いつも来てくれていて、女の子と一緒だから、カップルかと思ったって笑っていた。
 警察とかにお世話になったら大変だからって兄さんが連絡先を渡そうとしたら、その男の子は凄く焦って、そのまま帰ろうとしてしまっていて。

「あっ、待って、あの!」
「ギャーッ!」
「えっごめん、あの、掴んだところ怪我とかしてました……?」
「違います!掴まれてびっくりしただけで!キョウさん超イケメンです!!!」
「あ、ありがとう、私のこと案外知られてるんだね」

 最近呼ばれることの多くなった私の名前に照れ臭さを感じながらも兄さんの方を振り向けば、兄さんは手帳を出して、男の子の連絡先を尋ねた。あわわ、と慌てている男の子はきっと私より年上だろうに、どこか庇護欲を感じてしまっていけないな、と溜息を吐いていれば、男の子にユキくんが近付いていったのを見て目を開く。

「ねえ」
「ひっ!い、イケメンが近付いてきた……!」
「手紙、くれたことある?」
「えっ」
「この字、見たことある。手紙に書いたこの名前、なんて読むの?」
「……っ、春原百瀬です」
「……そう。ありがとう、モモくん」

 勿論百瀬くんが帰ったあとユキくんに近付いてユキくんを煽ったんだけど、いつも通りユキくんはツンとしたままで、あまり反応を返してはくれなかった。……もうちょっと私に優しくしてくれても良いんじゃないかな。ユキくんだから仕方ないけど。