飛び立つ

 九条鷹匡という人から、名刺を貰ったらしい。ユキくんが九条さんと話をしてくるというから、私と兄さんはユキくんが帰ってくるのを待っていた。……のに。

「キモい」
「えっ」
「無理」
「ええ〜……」
「だって、ゼロを超えるアイドルになるだのなんだのって、プランが決まってる。僕はロボットじゃない。二人はあの人の下でデビューしたいのか?……だったら、考えるけど」

 ユキくんは天性の才能があった。音楽の才に溢れていて、でも性格が……アレだったから、兄さんみたいな人としかやっていけなかった。もしかしたら私達のRe:valeじゃなく、ユキくんを引き抜きたかったのかもしれないな、とは、薄々感じていたけれど、私はそれを口に出さなかった。何かが変わってしまう気がして。

「……はは、今さらだろ?」

 兄さんは穏やかな顔をしてそう言った。この時既に兄さんも勘付いては居たかもしれない。そもそも、ここ最近の兄さんは、ステージに立ってキラキラするというよりも、裏で私と一緒に色々している方が楽しいみたいだったから、自分でもそれに気付いていて、ユキくんの才能を潰したくなかったのかも。
 それから九条さんの話は出なかった。私達にとって、一瞬で通り過ぎたにわか雨みたいな人だったから。私は曲を書いて、打ち込んで、ユキくんと音を合わせて、兄さんに確認をしてもらって、Re:valeは歌って、踊って。いつも通り過ごしていたから、兄さんが九条に詰られていたことなんて、私は気付きもしないで、楽しく笑っていた。本当は笑ってちゃいけなかったのに。

・・・


「初めまして。岡崎事務所の、岡崎凛人と申します」

 22歳、新卒。お兄さんが建てた事務所は、未だ出来たばかり。ユキくんや兄さんと同年代のその人は、Re:valeを岡崎事務所でCDデビューさせたいと言った。岡崎さんは口を滑らせたのかタレント第一号なんて言って、まずいと思ったらしく、必死で説得を重ねていた。

「バンさん、機材ここで良いですか?……あっ、お話中すみません」
「いいよ。ありがとう。今日、終わったら打ち上げおいで」
「いえ、とんでもないです。それじゃ……!」
「新曲聴く?」
「えっ!?」
「打ち上げに来たら、聞かせてあげるよ」
「えっ、えーっ!?」
「あんまりモモを虐めないであげて、二人とも」
「ありがとうございますキョウさん、あの、それじゃ!」
「あ、モモ待って、私モモに用事が、」

 機材の確認をモモ(と呼ぶようになった百瀬くん)と一緒にやろうと思っていたから、私はモモを追いかけた。CDデビューする話は私とは全く関係ないことなので、その場に居るのはおかしいかなと思っていて。だから、モモが話し掛けてくれたのは、すごく良いタイミングだった。

「……キョウさん、京ちゃんはさ」
「なに、モモ」
「なんでそんなに、自己評価低いの?」

 モモは時折、私にだけ敬語を外すことがある。それは私が敬語じゃなくていいと言ったり、まだ義務教育終わってないと暴露したり、そこに至るまで結構な努力をした結果だ。

「自己評価が低いわけじゃないよ」
「でも、バンさんとユキさんと、キョウちゃんのRe:valeでしょ?」
「私は演者じゃないもん。ただの作曲家。表に出るのが二人なら、スカウトだって二人が妥当でしょ」

 私がそう言えば、モモはぷくりと顔を膨らませるので、人差し指で空気を抜くように頬を突く。

「二人はきっと人気になるし、作曲するならユキくんが居る。……芸能界は厳しいところだから、要らないものにリソースは割けないよ」
「……京ちゃんのわからず屋」
「わからず屋で結構。もし二人がデビューしたら、モモとコンビでも組もうかな」

 私がそう笑えば、未だ不機嫌そうだったけど、モモは溜息を吐いて「分かったよ」と言うから、私の将来は安泰だな、と思った。その時はまだ、そう思っているだけだった。

「さあ、モモ。Re:valeのステージが始まるよ。客席でちゃんと見な」
「分かってるよ!もー、京ちゃんもそのくせ早く直せよな!」
「何のことだか」

 まあ楽しんでいって、自慢のRe:valeだからさ、と笑うのは今日が最後だって、誰が予想したと思う?