たまには帰って来てね


 虫の声が響く夏の頃。
 俺はいつも通りに神社に賽銭をひらりと入れて、帰ろうとしたその時だった。
「花奈?」
 逆らえない声に俺は思わず振り返る。
「久しぶりね~。」
「あんたが滅多にこっち側に顔を出さないだけだろ。」
「えーん、娘にあんたって言われた~。」
 母さんは全然悲しんでなさそうな泣き真似をする。
「はいはい、悪かったよ。
……もう帰っていいか?」
 俺は左側を歩いて帰ろうとしたが腕をがしっと掴まれる。
「……なんだよ。」
「そういう所は相変わらずね、まだ許せてないの?」
 風が吹き、数秒の間が空いた。
「……当たり前だろ。」
「そう……。」
 ふと、母さんと両目が合う。
 俺を心配している事が分かり、数秒前の自分を責めたくなった。
「……ごめん。」
 反射的に謝る俺に対して、母さんは優しく笑う。
「謝る事はないわ。
あなたが私を信じられない事もわかったから。
……それでね、花奈。
ずっと渡したかったものがあるの。」
 母さんから貰うものにはろくなものがない。
 この前華奈経由でもらった日本酒なんかは、酷い悪酔い、その翌朝に酷い二日酔いで仕事が空いてなかったら危うく死ぬところだった(死んでるけど)。
 少し身構えつつも断れないプレゼントを待つ。
「……花奈ってお酒好きでしょ?」
 また日本酒だったら華奈に送り返すぞ……と思いつつも少しわくわくしてるのか、体がふよふよと浮き上がる。
「今度は要望に応えて洋酒を持ってきたわ。
それも、花奈の生まれ年のワインなの。」
 俺は安心して肩を撫で下ろすと同時に喜びを隠しきれずにいた。
「ありがと……。」
 もらった箱をきゅっと抱きしめる。
「喜んでくれて何よりだわ。
そうだ、いっその事今飲まない?
グラスも買ってきたの。」
「……うん、今すぐ飲みたい。」
 たまには我が家で呑んでもいいだろう、と家にあがった俺はグラスに注がれた150年物のワインを飲む。
「おいしい?」
 強いものだったのか1杯目で酔っ払ってしまったが、たまには悪くないか、と2杯目に手を出す。
「ふふ、酔ってる花奈って好きなのよね。」
「そう……か。」
 2杯目を飲み干した俺は、ふらふらしつつも帰ろうとして立ち上がる。
「泊まらないの?」
「涼がいるからな……。」
 母さんは少し残念そうな顔をして、千鳥足の俺を見送る。
「たまには帰ってきてね?」
「……わかったよ。」
 酔ってすっかり火照ってしまった頬に、心地良い夜風が吹いた。

「花奈ーワインの瓶忘れてるわよー。」

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