桃地再不斬

世界有数の大金持ちと言われるガトーカンパニーを経営している海運会社の大富豪、ガトー。
表向きは海運会社として活動しているらしいが、その実態はギャングや忍を使って麻薬や禁制品の密売、果ては企業や国の乗っ取りという悪どい商売を生業としている汚れ切った会社。

一年ほど前に、ガトーは波の国に目を付けたらしい。

財力と暴力を思う存分使って島に入り込んできたガトーは、島の全ての海上交通・運搬を乗っ取ってしまったのだと言う。

しかし、そんなガトーが唯一恐れるのが、タズナが建設している橋の完成。
その橋が完成してしまえば、今まで自分が独占していたものが独占できなくなるという理由から、その橋を作ろうとしていたタズナを狙っているらしい。
なんとも下らない男だ、と呟かずには居られない。

それが、タズナが今回の任務を依頼した発端だった。

相手は大金持ち。金にものを言わせて強い忍などを雇っているという事は、それを護衛する俺達はその雇われ用心棒と戦う必要が出てくるわけで。
…要は、この任務はどう考えてもBランク以上に相当するものだという事なのだ。

タズナの言い分は、家の貧しさから虚偽の任務依頼をするしか無かったというもの。
その虚偽の依頼を偶々受けてしまったのが、俺達第七班というわけらしい。

渋い表情を浮かべるカカシに、タズナはわざとらしく大声で笑った。

「なーーに、お前らが気にすることはない。ワシが死んでも10歳になるかわいい孫が一日中泣くだけじゃ!!」

そしてまるで脅し文句のようなセリフを平然と言ってのけるのだから、やはりこの男は図太い神経を身体中に張り巡らせているのだろう。
タズナに怒りが湧かない事は無いが…しかし、そこで切って捨てられるほど俺達は冷酷な人間になりきれなかった。

「…ま、ナルトも居るし、何とかなるでしょう」

カカシですら、諦めてこんな適当な事を言う調子だ。
間違ってはいないが、それで良いのかと突っ込みたくもなる。





タズナの知り合いに船で運んで貰っていた最中に見えた建設中の橋は、とても大きなものだった。
視界を覆う霧の中から湧き出たそれに、思わず感嘆の息を漏らす。

やがて船を降り、タズナを家まで護衛するために歩き始める。


数分ほど歩き続けたくらいだろうか。


――――シュッ、


突然、ナルトがあらぬ方向に向かって手裏剣を投げた。
全員が足を止め、吃驚したようにそちらを見遣る。

「……ナルト?」

俺の問いかけに、ナルトは答えない。
微動だにせず、木を睨み付けている。

始めにそっちへ歩いて行ったのはカカシだった。

俺達もそれに続くように覗き込めば、木の根元でウサギが一匹絶命している。

「ち、ちょっと…!」

サクラが短く悲鳴を上げた。
タズナから苦情が飛ぶよりも早く、ナルトが大きく飛び退く。

「ナルト!?」
「あれは変わり身用のウサギだ!!」

何かに気付いたようにカカシも顔を上げる。


「っ、全員伏せろ!!!」


そう叫ぶと同時に、カカシが地べたに這いつくばるように身を屈めた。
全員が、そのただならぬ叫びに最大限の瞬発力を発揮して同じように地に伏せる。

直後、風を切る音と共に頭上を走り抜けていく"何か"。
肉をも切り裂くであろうそれに、背筋が凍る。

あと数秒遅れていれば、身体が二分されていたかもしれない。

「なんなんだ…っ!」

叫びながら頭を上げれば、木の幹に深く刺さった等身を優に超える刀が目に入る。
…いや、刀どころじゃない。それは、人をも瞬く間に切り刻めそうな巨大な肉斬り包丁。

視界の端で、カカシがゆらりと立ち上がりながらナルトに視線を送った。

「ナルト、身代わりウサギに気付くとは良くやった」
「…仕留め損ねた」
「十分だ。――…へーこりゃこりゃ、霧隠れの抜け忍、桃地再不斬君じゃないですか」

肉斬り包丁の柄の部分に立っているその男を見て、カカシは大袈裟しくそんな言葉を吐く。

「桃地再不斬…?」

聞きなれない名前だった。
抜け忍という事は、里から追われる身の筈だ。

(さすがは汚職に塗れたガトー…って話か?)

「こいつはさっきの奴らとはケタが違う」

今までずっと片目を隠したままだった額当てに触れたまま、再不斬の出方を窺うカカシ。
再不斬と呼ばれた男は、視線だけで射殺せそうな眼光をカカシに向けると、漸く口を開いた。

「――写輪眼のカカシと見受ける。……悪いが、じじいを渡してもらおうか」
「写輪眼だと!?」

(どういう事だ。何故カカシが写輪眼を持っている!?)

思わず声を漏らしたが、しかしカカシは此方を見ない。
代わりに、押し上げられた額当ての下からその瞳は現れた。

うちは一族の血継限界である写輪眼。
ある条件により開眼するその力は、うちは一族以外が生まれながらに持つことは有り得ない話だ。
うちはの血を持たない者がそれを持っているという事は、移植などの方法によって誰かに譲り受けた場合しか考えられない。

(しかし、一体誰に…)

…今それを考えたところで、答えが分かるわけでも無いのだが。

「ほー、噂に聞く写輪眼を早速 見れるとは…光栄だね」

再不斬が本当に感心しているのか、半分が包帯で覆われた顔から表情を窺い知る事はできない。
カカシは、じっとその写輪眼で再不斬を睨み付けたままピクリとも動かない。

「オレ様が霧隠れの暗殺部隊にいた頃、携帯していた手配書(ビンゴブック)にお前の情報が載ってたぜ。それには こうも記されていた。千以上の術をコピーした男…コピー忍者のカカシ」

誰かの息を呑む音が聞こえた。

次元の違う話に、タズナやサクラは既に腰が引け気味になってしまっている。
タズナは依頼主の一般人だし、サクラに至っては戦闘経験などあろう筈もないのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

寧ろ、この状況で平然として居られるのはナルトくらいなものだ。
イタチに修行をつけてもらっていた俺ですらも、ビリビリと肌に伝わってくる殺気に冷汗が止まらない。

「さてと……お話はこれぐらいにしとこーぜ。オレはそこのじじいをさっさと殺んなくちゃならねェ」

それぞれが、タズナを守るように身構える。

「――つっても…カカシ!お前を殺さなきゃならねェーようだな」

肉斬り包丁の上から消えたかと思われた再不斬が、気付けば湖の上に足を着けて立っている。
水が渦巻くほどにチャクラを練り始めた再不斬は、あっという間に霧に隠れて見えなくなってしまった。

「消えた!?」
「霧隠れの術だ」

狼狽える俺達に、ナルトはあくまでも冷静に答える。

カカシと、何処かに隠れている再不斬の殺気がぶつかり合った。
それは当然、間に挟まれた俺達にも襲い掛かってくる。
さっきから震える足で立っているのがやっとなんだ。

(剥き出しの神経を触られてるみてぇな…)

痛いなんて次元ではない。
このままでは俺の命など風に吹かれた蝋燭の火のように、一瞬で消えてしまうのではないか。
そんな弱気な自分が顔を出す。
浅い呼吸を繰り返すうちに頭痛がしてきて、もうダメかもしれないと、そんな事を思い始めた時。


「サスケ」


聞きなれた声が、耳元で響いた。
弟のような存在の声は、しっかりと輪郭を持っていて、とてつもない安心感を齎してくれるものだった。

「ナ、ルト…」
「深呼吸して腹に力入れろ。足の裏と地面が接している事を意識してみろ」

言われた通り、深呼吸を繰り返す。

…しっかりと入り込んできた酸素が、脳みそに行き渡る。
クリアになった思考で地面と足の裏を意識した時、曖昧になっていたような自分の輪郭がハッキリ見えた。

同時に、気分が落ち着く。

「……悪い。助かった」
「お前はソコに自分の足で立っているんだ。こんな殺気なんかで吹き飛ばされそうになってんじゃねぇよ、グズ」
「おい…」

流石にグズという暴言には抗議したい。

「はは、安心しろ。大丈夫、オレの仲間は絶対 殺させやしなーいよ」

カカシが、珍しく本当の笑みを俺達に向けた。


先程までの震えは、嘘かのように消えていた。


―――それはどうかな……?


聞こえてくる不穏な声。
意識を戻した瞬間に、それは存外近くで聞こえた。

「―――終わりだ」

現れる再不斬。
弾き飛ばされる俺達。
飛び退くナルト。

…カカシのクナイが、再不斬の背中にずっぷりと突き刺さっていた。

やったかと思われたその一瞬。
しかし、カカシの後ろに湧き上がった影。

「―――っっ、カカシ!!後ろだ!!」

堪らず叫ぶ。
その瞬間、カカシがやった筈の再不斬は水となって地に弾けた。
分断されるカカシの影。しかし、それも水となって弾ける。

(こ、コイツら…水分身の応酬で戦ってやがる…)

何度目かの後、今度こそ本物らしい再不斬がカカシの後ろに回り込み、その身の丈に合わない肉斬り包丁を振り回した。

「っ!」

何とか避けるも、蹴り飛ばされるカカシ。
その体で、勢いをつけて湖に飛び込む。

「水牢の術!」

水面から顔を出したカカシだったが、水でできた球体の中に閉じ込められてしまった。

「なに!?」

カカシを閉じ込めた今、残っているのは下忍の俺達と依頼主のタズナのみ。
再不斬は余裕気な表情を浮かべると、水分身を作り出してにじり寄ってくる。

「ククッ…偉そーに額当てまでして忍者気取りか…。だがな、本当の"忍者"ってのは幾つもの死線を超えた者のことをいうんだよ」

考えろ。この状況で俺が出来る事はなんだ!?
写輪眼が使えると言ってもまだまだ修行は足りていない。

焦り、後退るだけの俺の頭上に、一瞬で影が落ちてきた。
カカシが逃げろと叫ぶ声にすら反応できないまま。

(や、べ…)


蹴り飛ばされる。



そう、衝撃を覚悟した瞬間だった―――、



「じゃあ、本当の忍者とかいうやつの実力を見せてくれよ」




―――俺の目の前で、今まで全く動きもしなかったナルトが、その細い片腕で再不斬の足を受け止めていた。


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