決着
「ナルト!俺が来たからにはもう大丈夫だぞ」
「誰も待ってねえよグズ」
すかさず返された暴言に、サスケは一瞬口元を引く付かせたが、次の瞬間には笑顔に戻る。
「とか言って嬉しいんだよな」
確信の色など微塵もない声色だ。
寧ろ"うん"と言ってくれというような懇願さえ見える。
それでもナルトは頷くどころか、呆れたように首を振った。
「寝坊した挙句、ヘボ二人にあんなに時間取られる奴が来たところで何が出来るのか教えてくれよ、サスケちゃん」
「ぐぬぅ……!」
そうだった…。
こいつ影分身で傍にいたから、その記憶全部持ってるんだった…。
項垂れるサスケを鼻で笑い飛ばし、ナルトは改めて白に向き直った。
「悪いな。このグズが来遅れたせいでテメェの相手出来なかったんだよ」
「…?」
「はぁ?なんで俺が来ないとダメなんだよ」
ナルトの言葉に訳が分からないと首を傾げた二人。
ナルトは二人が理解っていないと知っていながらも、説明する気は無いようだった。
「悠長に話してていいのか。お前が来ねえならこっちから行くぞ」
ナルトの姿が消え、一枚の鏡にひびが入った。
素早く移動した白は、矢張りその桁違いの強さに驚かずにはいられない。
背中に嫌な汗が流れ、仮面の下で表情を崩す。
「火遁、豪火球の術!」
移動した白を狙うように火を吐き出すサスケ。
辺りが火で埋まったが、鏡が溶けるような様子は微塵もない。
「そんな火力ではこの氷の鏡は溶けませんよ」
最早、サスケの姿は白の眼中にない。
警戒すべきはナルトであり、早く仕留めなければならないのもナルト。
次の鏡へ逃げ込もうとした白は、しかし逃げ切るよりも早く襲い掛かった衝撃に吹き飛ばされた。
バリンっ!!と、けたたましい音を立てて白のぶつかった鏡が弾け飛ぶ。
そのまま外に放り出された白は何とか体勢を立て直すが、仮面は割れて素顔が顕になっていた。
「!!お前はっ」
サスケの驚愕の言葉と共に、今までナルト達を囲んでいた鏡たちが一斉に割れる。
砕け散って零れ落ちるそれは、まるで幻想のよう。
その向こうで、白が虚ろな瞳をナルトへ向けていた。
「…何故、トドメをささないのです。この勝負はどう考えてもボクに勝ち目がない…だというのに、どうして殺さないのですか」
それは疑問のように思えて、…嘆願だった。
負けたのだから殺せと。
殺すべきだ。
殺してくれ。
そんな風に聞こえて、サスケは「どうして」と尋ねずには居られなかった。
「再不斬さんにとって弱い忍びは必要ない。そして、ボクは今この場を以て弱い忍びとなってしまった。…誰にも必要とされない、ただ生きるだけの苦しみをもう一度味わうくらいなら、ボクは再不斬さんの道具として死にたいのです」
「……あの再不斬って野郎以外に、お前に大事なものはねえのかよ」
サスケの言葉に、白は笑った。
それは、お前もわかっているだろうと、駄々をこねる子供に向けるような笑いだった。
「君も血継限界を持つ者ならばわかるでしょう。特異な能力者が如何に恐れられ、忌み嫌われるのかを」
「……」
わからない、と言えば嘘だ。
イタチやフガク、シスイのお陰でサスケはそういった汚らしい部分に触れていないだけで、木の葉の里にはそういった人間も一部は居る。
けれど、それがさっきの話とどう繋がるのかは理解できなかった。
だからサスケは再び尋ねる。
心優しい少年が、何故そうまでして再不斬に拘るのかを。
「………ずっと昔に、ボクにも大切な人が居ました。…ボクの両親です。霧の国の雪深い小さな村に生まれたボクを、両親は凄く愛し、とても大事にしてくれた。幸せな、何処にでもあっていい家庭。…でも、ボクが物心ついた時に、全ては無くなりました。父が母を殺し、ボクを殺そうとしたんです」
「…!?」
「全てはこの身体に流れる血のせい。理不尽にも嫌われる、一族の血のせい。…こんなものの為に、ボクは両親を失って、幸せで平和な世界を失った。その瞬間にボクは自分の事をこう思い、そしてそれが一番つらい事なのだと知りました」
「……一番、辛いこと?」
「―――…自分がこの世にまるで…必要とされない存在だということです」
「再不斬さんはボクが血継限界の血族だと知って拾ってくれた。誰もが嫌ったこの血を…好んで必要としてくれた……それが、とても嬉しかった…!」
それは、どれだけ幸せな事だったんだろう。
どれだけ嬉しい事だったんだろう。
サスケには家族が居る。
ナルトが居る。
七班の皆が居る。
でも、それら全てが白にとっては再不斬一人なのだ。
「ボクを…殺して下さい」
再不斬に捨てられるぐらいなら、再不斬の道具として死ぬと白は言った。
けれど、サスケには納得できる筈が無かった。
これが心持たぬ何かの行いならばそれもわかっただろう。
だが、再不斬と白は人間だ。
幾ら強かろうと、しっかりと血肉や脳、あるいは心を持った人間なのだ。
そんな二人が長年お互いのみを大事にしながら行動して、それでもなお道具などと言い切れるのか。
「……そんなの、人間じゃねえよ…」
道具であろうとするから人間じゃなくなるのか。
人間じゃないから道具であらせようとするのか。
サスケの呟きに白は反応しない。
無表情に、感情を殺し、ただ前だけを見つめている。
けど、それはきっとそう装うとしているだけなのだとサスケは感じた。
あの瞳の奥で、白は泣いているのだと。
説得する言葉も見つからず、眉を顰めるだけのサスケの耳に、酷く冷徹な声が聞こえた。
「そんなに言うなら道具として死ねばいい」
は?
説明を求めるより早く、消える影。
目を見開いた白は、慌てたようにその姿を消す。
残されたサスケは、立ち込める霧の中で他の者の姿を探した。
∞
雷切を片手に携えながら攻撃の機会を伺っていたカカシは、突然躍り出た影に目を見開いた。
小さな影が、再不斬の前に現れる。
その手の上にあるのは、手のひらサイズの手裏剣のようなもの。
しかしそれは普通の手裏剣ではなく、膨大なチャクラで出来たものだとすぐに分かった。
物凄い金属音を鳴らしながら、高速に回転するそれ。
螺旋丸よりも強い風をまき散らすそれを、ナルトが振りかぶる。
一瞬見えたナルトの手が血だらけになっているのを見ながら、カカシは驚きのあまり動くことが遅れた。
それは再不斬も同様だったらしく、飛び込んできたナルトを眺めたまま微動だにしない。
降ろされる手。
当たれば死ぬ。
何故だか抵抗もせず、成すがままに受け入れようとする再不斬の前に、また一つの影が現れた。
「―――、」
裂ける胸元。
チャクラの刃が胸部全体に食い込み、白の心臓を一撃で仕留めた。
回路は一瞬でズタズタに引き裂かれ、仮に生きていたとしても二度と忍術を使えないであろう有様。
飛び散った血が、ナルトの無表情を汚す。
何を言ったのかは分からない。
それらを全て受け止めた白は吹き飛ばされ、それを受け止めた再不斬も体勢を崩した。
「な、ナルト……」
行き場のなくなった雷切を掻き消し、カカシが茫然と名前を呼ぶ。
上半身から顔までを真っ赤に染めたナルトは、静かに再不斬を見下ろしていた。
「道具のように死にたかったんだと」
ナルトとはたった数週間前に知り合って、話して、一緒の班になって、先生と生徒になっただけだ。
だから全てを理解してるつもりなど無く、むしろ言うなら10分の1も理解できていないと思っている。
それでもカカシには、何故かその声が酷く怒っているように感じた。
「本望だろ、道具のように死ねて。そうありたかったんだろ?」
本心を伝えるのがあまりにも遅すぎると、ナルトが嗤う。
これがお前たちの欲しかった幸せなのかと、ナルトが訪ねる。
「…知ったような口、利くんじゃねぇ」
地を這うような低い声を聴いても、ナルトは表情を変えなかった。
ただ二人を見比べて、まるで責めるような口調で話しかける。
もうやめろとカカシが叫ぶより早く、ナルトは白の傍にしゃがみ込んだ。
「もっと違う未来があっただろ。お前ら二人が笑い合って夢を叶えるような未来が。なんでこんな場所に来てるんだよ。ふざけるんじゃねえよ」
死んでしまった少年を慈しむような仕草だった。
血の気を失った頬をそっと撫でて、ナルトは静かに立ち上がり、再不斬の前に立つ。
再不斬は、白の顔を眺めたまま取り繕う様子も見せなかった。
ナルトの言う未来を想像でもしているのか、戦意を喪失してしまっている。
「ここまで来たらもう殺すしかねえんだよ。悪ぃな」
「……」
掌を翳すナルト。
そのまま術が発せられるはずの空気は、似つかわしくない音によって霧散した。
「おーおーハデにやられてェ…がっかりだよ…再不斬」
「……ガトー、どうしてお前が此処に来る…それに何だ、その部下どもは…」
ガトー。
そう呼ばれた色々と悪趣味な小男は、杖の上で指を弾きながらゲスの笑みを浮かべた。
再不斬が問うように、その後ろには大勢の人間が控えており、どいつもこいつも物騒な獲物を構えている。
「作戦変更…いや?初めからこうするつもりだったんだが…再不斬。お前はここで死んでもらうんだ」
「…何?」
「お前に金を支払うつもりなんて、初めから毛頭ないからねェ」
正規の忍ほど金の掛からない抜け忍を雇ったのだとガトーは語る。
他流忍者同士で討ち合い、弱ったところを敵も味方も別の手によって殺させる。
そういう作戦だったと。
「一つだけ誤算があったとするならお前だ、再不斬。霧隠れの鬼人が呆れるなァ。そんな子供一人に翻弄されて」
ガトーの目が、ナルトを見た後に白を見た。
酷く不愉快そうに顔を歪めた後、足元の小石を拾って投げ付ける。
それは、白の顔に当たって転がった。
「カリがあったってのにさァ、こんなに呆気なく死にやがって…」
――予定調和のようなものだと、誰かが呟く。
今目の前で起きているこれは、予定調和なのだと。――
「なにやってんだテメェ!!」
一部始終を見ていたサスケが、ガトーの行動に目をかっ開いて怒りを顕にした。
カカシが止めるも、悔しそうに歯軋りをした後に再不斬を睨み付ける。
「アイツは、お前の事が好きだったんだ!大切な人を守る為なら強くなれるって…道具としてでもお前の傍に居たいって…!なんで、……なんでこうなっちまうんだよ…」
ぽとりと涙が零れた。
写輪眼に薄っすらと幕が張るように浮かんだ水滴は、次々と玉になって落ちていく。
再不斬は、いつの間にか立ち上がっていた。
「――金髪のガキ、」
「…うずまきナルトだ」
「……ふん、ナルト。あいつを殺すまでの時間くらいは寄越せ。それを見届けたら、―――俺を殺せ」
生きる意志は無かった。
一体どこで、何を間違えたのかはわからない。
ナルトの言うように別の未来があったのかも知れないけれど、今更それを考えたところで詮無い事だった。
ほんの少しだけ涙を零して、鬼は笑った。
サスケの方を振り返り、言う。
「俺も、道具になどなれない只の人間だったらしい……俺の、負けだ」
首切り包丁を抱え直した。
目標はただ一つ。
ガトーの首を狩る事。
それさえ終えれば、後はどうでもいい。
獲物を逃がすまいと、鬼が走り出す。
「お、お前らなにしてる!!早くアイツをやれ!!」
再不斬もカカシとの闘いでそれなりの傷を負っている。
勝機があると思ったのか、ガトーは後ろの有象無象に叫びながら逃げていく。
その怯えようは酷く間抜けで、滑稽だった。
そして再不斬は、その凶器を持つ人の群れに飛び込む。
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