問題提起
「おい」
……、
「おーい!」
………、
「ナルトさーん」
「…ぁ?」
呼び声に目を覚ますと、真っ黒な目が覗いていた。
奈良シカマル。
何故別チームの男が自分の顔を覗き込んでいるのかを考える前に、酷い頭痛に顔を顰める。
「…いてぇ」
「…ああ、お前ハデに頭ぶつけてたもんな」
どういう意味だ。と睨むナルトに、シカマルは肩を竦めて後方を見た。
そこには若干青い顔をしたサスケが、ナルトを見ながらしょぼくれている。
自分が眠っている間に何が起きたのか。
説明しろという視線で眺めていれば、サスケは意を決したように事の次第を話し始めた。
要約するとこうである。
音忍をそのままに場を離れ、ナルトの血塗れの身体を洗うべく小川に辿り着いた二人は、そのままそこで休憩していたらしい。
休憩も終わり、二つの巻物も揃っているので塔に向かおうとしたら、別のチームが現れた。
谷隠れの額当てをしたそいつらの筆頭に居た男が、何故かナルトを狙っていたらしい。
巻物を二つとも揃えてるくせに襲い掛かってきたそいつらに応戦しようとして、サスケはナルトを支えていた腕を離してしまった。
そのまま落下したナルトは小石に頭をぶつけ昏倒。
慌てふためく二人に、容赦なく攻撃が仕掛けられたが、そこにリーが助けに来てくれたそうだ。
偶々通りかかった猪鹿蝶の三人も参戦し、何とか谷隠れの忍を撃退。
そして今に至る。
というわけだそうな。
後頭部を摩りながら、ナルトは鼻で笑う。
「ふん。じゃあこのコブはそこのグズのせいかよ」
「お、おまえっ寝てただけのくせして…っ!」
サスケの文句など聞こえないと言うようにナルトが立ち上がる。
「塔に行くぞ。ちんたらしてたら日が暮れる」
丁度、席を外していたサクラも戻って来たので、ナルトはそう言った。
「行くぞ、って…おまえ熱は大丈夫なのかよ」
「もう下がった」
信じられるかと伸びてくる手を避けて、ナルトが歩き出す。
サクラはリーに一言礼を言って、サスケはその背中を見失わないように後を追うしかなかった。
二日目の夕方にして辿り着いた塔の中にあったのは広場。
誰もおらず、何もない。
辺りを見渡す二人に、ナルトが上空を指さした。
指先には長々と書かれた三代目からの言葉。
「天と地の巻物を同時に開けだと」
「ひ、開いたら何が起きるんだ…?」
恐々とするサスケを鼻で笑って、ナルトは元々持っていた天の書を取り出す。
サクラも、懐に入れておいた地の書を取り出す。
少しだけ血の付いたそれに、腕が取れた時の映像がフラッシュバックするが、忍になるのだからそんな事でへこたれても居られない。
一瞬だけ目を合わせた二人は、そのまま一気に巻物を開く。
そこに書いてあったのは何かの術式。真ん中に"人"という字が書かれてある。
サスケが首を傾げる前に、巻物から煙が立ち込め、そこに人影が現れる。
「――よくやったな、三人共」
それは酷く聞きなれた声だった。
晴れる煙から姿を見せたのは、サスケが敬愛してやまないうちはイタチその人だった。
「兄さん!」
「えっ、サスケくんのお兄さん?」
サクラが居たことも思い出したのか、サスケはハッと固まった後に、ほんの少し頬を赤らめながら言い直す。
「ん、……なんで、イタチが?」
「……ふ、愚かなる弟よ。今更取り繕っても無駄だぞ」
「う、うるさいっ!」
ツンデレ弟属性を発揮するサスケを微笑まし気に見た後に、イタチは時計を見て一つ頷いた。
「大分早かったな。及第点だ。凄いぞ三人共」
サクラは初めて見るイタチの姿に戸惑っていたものの、その美形で優し気に微笑まれてしまうと思わず頬を染めてしまう。
仕方ない。
女の子はイケメンには弱いのだ。
イタチは巻物を回収すると、改めて三人を見た。
「だが、これで終わりではない。中忍への道はまだ続くが、最後まで気を抜くなよ。そして、ナルト」
「……」
「まだ次の試験までに時間がある。カカシさんが呼んでいるから、お前は一旦そっちへ行け」
俺が連れて行くと言ったイタチに、他の二人は心配げな視線を向けた。
恐らくアザの事だろうとは見当がついたが、何をするかまではわからないのだ。
イタチは純粋に友を心配している二人に微笑むと、ナルトを引き連れてその場を後にする。
二人は、大人しく待機所へ向かうしか無かった。
∞
ついに試験が終わりを迎え、合格者たちが勢ぞろいする。
そこに音隠れの忍の姿は見えなかったので、恐らく失格となったのだろう。
(…あの傷なら、仕方ないんだろうが)
あの光景は、今でも思い出すと怖気が走る。
ちぎれた腕。
切られたんじゃなく、強力な力で引っ張られ、皮膚や筋肉の繊維、神経、骨、それら全てが破られ、砕かれ、引き千切られた有様。
多分、治療したところで綺麗になる事は無いだろう。
あれきり、あの3人がどうなったのかは知らない。
ただそこにあるのは、俺達は勝って、あいつらは負けたという事実。
火影の代わりに説明を始めた月光ハヤテの言葉を聞きながら、言い訳を頭に並べる。
そんな強がりを口にしたところで、あの光景を怖がっているだけだと言うのは自分が一番よくわかっていた。
俺は、あまりにも忍の汚い世界を知らなすぎる。
忍術が使えて仲間内で楽しむだけなど忍ではない。
忍とは、本来もっと血なまぐさいモノなのだと。
再不斬と白との闘いで何かを学んだと思っていたが、自分は存外成長していないらしい。
どうやら再び人数が残り過ぎたらしく、今度は第三試験前の予選が行われるようだ。
しかも、この後すぐ。
説明が終わると同時に、薬師カブトが辞退した。
理由はわからない。
審判に言われ退出していくカブトを見送り、俺もサクラもナルトを見る。
「な、…ナルト」
また、あんな風になってしまわないだろうか。
自我を無くし、獣のようになったナルトを見るのは辛い。
そんなエゴで、退場を薦めようとする。
だけど、ナルトはそれを許さない。
「辞退しろなんて言いやがったら、俺はお前らと縁を切る」
「「っ!」」
たったその一言。
俺達にとっては、何よりもきつい一言。
黙り込む俺達を一瞥して、ナルトはやっぱり無表情のまま前を見据えていた。
「えーでは、これより予選を始めますね。これからの予選は一対一の個人戦、つまり実戦形式の対戦とさせていただきます。ちょうど20名となったので、合計十回戦行い…えー、その勝者が"第三の試験"に進出できますね」
顔色の悪い審判はそう説明する。
完全なるトーナメント形式の試合。
本格的に絞りに来たのだと実感する。
審判の後ろから参加者を見ている担当上忍たちの目は、言葉無くとも「勝てよ」と言っていた。
「では、さっそくですが第一回戦の2名を発表しますね」
頭上のルーレットがガラガラと回る。
そこに表示されたのは、
"うずまきナルト VS ヒャクメ"
という文字。
(早速ナルトかよ…)
ナルトの前に出た相手を見て、目を見開く。
そいつは最後に襲ってきた谷隠れの忍だった。
どこを見ているんだかわからない表情の、中背中肉の男。
前に出た二人は睨み合うわけでも無く、全く読めない無表情で互いを見合っている。
「対戦者2名を除く皆さん方は上の方へ移動してください」
審判の言葉に、全員が上のスペースへと移動する。
カカシが、すれ違いざまにナルトへぽつりと呟いた。
「封印術は施したから心配ないとは思うが、音忍の時みたいな事になったらダメだからな」
「……わかってる」
一体どこで見ていたのか。
あの時の光景を知っているらしいカカシは、そんな釘をさして上へ向かう。
ナルト自身不本意な暴走だったらしく、どこか不機嫌そうではある。
ステージ上に取り残された二人は、中央で相手を見ていた。
全員が上へ登ったのを確認し終えると、審判が開始の合図を送る。
「それでは…始めてください!」
試合が始まった。
先に攻撃を仕掛けたのはヒャクメだった。
素早くナルトの前に躍り出ると、片手のクナイで切りかかる。
ナルトは慌てたような素振りも見せず自身のクナイでそれを受け止める。
全力を籠めているのか、男のクナイを持つ手は力みで震えている。しかしそれを受け止めているナルトは、手どころか全身すらも動いていない。
ヒャクメは笑った。
「あの方が言うように君は此処に居た。やっぱりあの方は本物なんですね」
「…何意味わかんねえこと言ってんだ」
「ああ、いいんですよ。覚えていないのでしょう。それもあの方に聞いてます。馬鹿ですね、素直に言われたことを聞いていれば今頃は楽になれているのに」
会話にならない。
男は一方的に言いたい事を言っているようで、ナルトの言葉に何かを教えてやるつもりは無いようだった。
チャクラなどお構いなしに術をぶっ放し、距離を取ってはクナイやら手裏剣やらを投げてくるヒャクメに、ナルトはいよいよ訳が分からなくなる。
まるで当てる気など無いような攻撃の仕方だった。
何がしたいんだ。
考えても、その黒々とした目から何か読み取ることは出来そうにも無い。
「あの方はわざとあなたを探しているんですよ。"うずまきナルト"くん」
変なニュアンスだった。
ナルトを呼んでいるようで、呼んでいないような。
このヒャクメとかいう男は何者だろうか。
そんな疑問が頭を埋め尽くす。
気持ち悪い。何もかも知っているようなその視線が。
ヒャクメが動きを止める。
ナルトも、片手に螺旋丸を構えたまま動きを止めた。
「さて、私は実は中忍などになる予定はないのです」
誰かがはぁ?と言った。
ならなんでお前は此処に居るのだと。
ヒャクメは不思議な笑みを浮かべて、クナイを構える。
口角だけを上げ、口のみが笑ったような不思議な笑み。
「私が貴方に接触したのは私の独断です。あのお方はこの事をお許しにはならないでしょう。ならばどうせ殺されるのですから私は私の意志でこの命をあの方に捧げたいと思います。ではうずまきナルトくんまた出会う事があればその時はよろしく」
最後の方は何かに急かされるように息つく間もなく言い切る。
――そのまま、ヒャクメは自分の喉を掻き切った。
「なっ」
審判が驚きに声を上げる。
頸動脈を切ったのか、盛大に血を噴き上げてヒャクメの身体が傾く。
どういう事だと驚きの声が上がる中で、不快感を滲ませたナルトがその身体に近寄った。
顔を覗き込む。
ごぷごぷと血を吐き出しながら痙攣した彼は、次の瞬間には完全に絶命した。
その瞳の奥に絶望を見たような気がして、ナルトは手を握りしめる。
―――どうして。
男が自分の喉を掻き切る寸前、確かにそう言ったのが唇の動きで読み取れた。
慌てて医療班がやってきて、死体を運んでいく。
不完全燃焼。
何も分からず、まるで狸か狐に摘ままれたような気分になりながら、その場に居た全員が沈黙している。
谷隠れの他二人は、ヒャクメがどういう人間だったかを良く知らなかったのか、彼らですらも訳が分からないと言うような表情で呆然としていた。
動かないナルトに心配したカカシが、大丈夫かと降りてきたが、ナルトは血だまりを見つめたまま何も言わない。
その顔は無表情に見えて、不愉快さを隠せていない。
「――――し、勝者、うずまきナルト」
審判の困惑した声だけが、場内に響き渡った。
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