九喇嘛
ぴちょん。
雫が落ちては跳ねる。
薄暗い用水路の先で、ぐちゃぐちゃに捻じ曲げられ、折られ、切っ先を剥き出しにし壊れてしまった門が悲し気に役目を無くし、残骸として存在している。
その門を作った者は既にこの場には居らず、また陰と陽にわけられた二つの獣は一つに戻ってその場に静かに蹲っている。
そっと寄り添った影が、オレンジの毛並みを撫でながらぽつりと呟く。
「…何故なにも言わない?知ってるんだろ。何が起きてるのか」
「……全てを知りたいなら、お前の大好きな"父さん"を探せ。そうすれば全てわかる」
「どうしてお前は教えてくれないんだ…!―――九喇嘛!!」
主人の激情に応えるように、足元に広がる水面が激しく波打った。
無表情しか浮かべない彼の目が碧から紅へと変化し、その表情は苦痛に歪められていく。
彼の悲痛な声に「許せ」と言うように、九本のうち一本の尻尾が身体に絡まってくる。
逆立つ感情を宥めるように頭や背中を撫でられ、幾らか気分が落ち着いて、そっと息を吐いた。赤い目がこちらをチロリと見て、すっと細められていく。
憐れみと嫋やかな感情を孕んだ、綺麗な赤い色の瞳。
「貴様もわかっているだろう。儂が全てを答えられるわけでは無いと。何故なら儂は一部にしかすぎんのだからな」
知っている。
本体は別にあると、俺は知っていた。
此処に居るクラマはほんの一部の欠片で、本体と同等の力はあってもその性質は極めて影に近い。だから知識も本体に比べて殆ど無いし、意識も常に朦朧としているのだ。
「九喇嘛…九喇嘛九喇嘛クラマくらま、」
親を呼ぶ子供のような声が、辺りに響き渡る。
宥めるように尻尾で撫でる事しか出来ない妖狐は、人知れず息を吐く。
そのまま、冷え切った彼の心を温めるように、全身で彼を包むしかなかった。
∞
「…お前が伝説の三忍の一人、自来也か」
「…ほん?話には聞いておったが、本当に封印が無理矢理壊されとるようじゃのう」
九喇嘛に自来也という奴に会えと言われたので、言われた通り温泉に行けば、自来也が女湯を覗いているところだった。
なるほど、これは確かにエロ仙人だ。
ナルトの中に居る九尾の妖狐――九喇嘛の封印がぐちゃぐちゃに壊されているのを知っているのは三代目だけだった。
それに気付くという事は、実力は確かだろう。
猜疑の目を向けて、今にも取り押さえんと姿に現さず訴えてくる自来也に、落ち着けと手を突き出す。しばし見合う事数秒。自来也は静かに身を引く。疑いの目は晴れないが、話を聞く気にはなったようだ。
腕を組んで、眇めた目を此方に向けてくる。
「真剣な顔をすればミナトそのものだのお」
髪形も相まってか、三代目にはよく似ていると言われていた。
しかしどうしてか、里の人間にはわからないのだから不思議なものである。
自来也の言葉に特に反応は示さず、ナルトは説明を始めた。
「九尾――名を九喇嘛という。コイツとは小さい頃に腹を割って話した仲だ。好きに力も貸してくれるから、邪魔封印を自分の意志でぶっ壊した。…封印を解く際に波風ミナトとも会って、話はつけてる。要は俺と九喇嘛の間に封印なんて要らないって事だな」
「…色々とツッコみどころはあるが…お主はそれをどうやって証明する?」
九喇嘛のチャクラのみを練り上げ、螺旋丸を作り上げる。
自来也は先ほどまでの訝しげな表情を崩し、純粋に驚いた顔でそれを見た。
「螺旋丸を取得しとるのか!」
「……ああ。それで?これで納得してくれんだろ?」
「ううむ…」
九尾のチャクラを己の力として引き出すことがどれ程のものかを自来也は理解しているはずだった。
悩まし気に唸り声をあげたが、やがて観念したように両手を挙げた。
「…あいわかった。お主の事を"うずまきナルト"として信じよう」
―――実を言えば、6割ほどがでっちあげの話ではあった。
四代目火影などに出会った事も無いし、俺の封印を壊したのは"父さん"だ。
父さんは封印を無理矢理壊した影響で、俺にその時の記憶が無いと説明してくれた。だから本当は俺には上記で語ったような記憶は一切なく、全部父さんに聞いただけの話。
九喇嘛が完全体では無いのも、波風ミナトが大半を道連れに消滅したからだと聞いた。
尾獣は死ぬものなのかと聞けば曖昧な返事をされたが。
何はともあれ、当初の自来也と会うという目的は達成したわけで。
そのまま立ち去ろうとする俺を、自来也は何故か引き留めた。
「ま、まてまて。お前、わしに何か用があったんじゃないのか!?特にその首元にある大蛇丸の奴が付けた呪印の話とか…」
「…用というか、"父ちゃん"の先生だった人に会ってみたかっただけだ。っていうか、あの化け物は大蛇丸っていうのか。呪印に関してはカカシに封印術を施してもらってるから問題ない」
一気にすべてに返事を返す。
大蛇丸とは自来也と同じく三忍の一人だったと記憶するが、そんな奴が草隠れの忍に化けて何をしに来ていたのだろう。
俺の返事に自来也はぽかん、と間抜けな面を更に間抜けにしていたが、やがて照れたようにぽりぽりと頭を掻いてそっぽを向くと、ぼそぼそと何事かを呟いた。
何処に照れる要素があったんだか全く理解できねえ。
じじいのそのような姿は別の意味で胸に来るものがあったのだが、無視するのも流石に可哀想かと耳に入れるだけはしてやる。
「お前がどうしてもというなら、弟子にしてやらんことも…」
「いらねぇ」
「なぁっ!?」
心底要らなかった。
俺の師匠は今も昔も"父さん"だけで、それ以外を欲しいと思ったことは無い。
硬直したままの自来也に「悪いな」と軽く謝ってから、今度こそ俺はその場を後にした。
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