運命

「なあ、俺がお前を囮にしようとしてるって言ったら、お前どうする?」

父さんは偶に不思議な質問をしてくる。
箱の中の猫がどうとか。
愛と憎しみについてとか。

その時の質問は、そういう曖昧なものじゃなくて、何かの核心に触れるような質問だった。

父さんに大きな目的があることは知ってた。
それが何かはわからないけど、やらなければいけない何かなのだとは理解していた。
だから俺はこう言う。


「―――とうさんの為なら、おれは本望だよ。とうさんの味方はおれだけだもの。おれは裏切らない。とうさんだけの味方だ。世界を敵に回しても、おれはとうさんだけを愛してる」


――父さんは、酷く絶望したような顔で涙を流しながら笑った。









嫌な夢を見ようとも、朝日は昇って次の日はやってくる。

物凄い歓声に包まれながらドームの中を見回していたナルトは、サスケの姿が見当たらない事をほんの少し気にしていた。
来ないなどとは微塵も考えていないが、遅刻して大丈夫な試験なのかは微妙なところだ。

(…ま、三代目がうまくやるだろ)

今しがた座席に到着したらしい風影を見上げる。
笠の下から覗く不躾な目。
一瞬だけ視線が合い、気持ちの悪い笑みを向けられた気がする。
全身に鳥肌が走って、思わず両腕を摩った。

「どうかしたのかよ、ナルト」
「…別に」

怪訝そうな目を向けてきたシカマルには取り敢えずそう返答して、ナルトは横目に隣に居る奴を見遣る。

日向ネジ。

ナルトが一回戦目で戦う相手であり、倒すべき相手。
向こうも此方の視線に気づいたらしく、その白色の瞳で睨み付けてくる。

静かな殺気がぶつかり合う中、三代目の言葉が会場に響き渡った。

「えー皆様、このたびは木ノ葉隠れ中忍選抜試験にお集まり頂き誠に有難うございます!!これより予選を通過した八名の『本戦』試合を始めたいと思います。どうぞ最後までご覧下さい!」

開会の言葉を聞き終えると同時に、シカマルが審判を務める不知火ゲンマにだけ見えるよう、控えめに手を挙げ、面倒くさそうに後頭部を掻いた。
まるで誰も尋ねないから、仕方なく自分が問い掛けるような仕草だ。

「何だ」
「うちはサスケがまだ来てねえみたいっすけど、どうするんスか?」
「自分の試合までに到着しない場合、不戦敗とする」

言われたのはそれだけだった。
ならばサスケを心配する者たちは、大人しく彼が間に合う事を祈るしかなかった。
これだけ観客が集まっているのだから待たせる時間など在りはしないだろう。
無情にも試合は始まり、ナルトとネジ以外の者たちは控室へと案内されていく。

――去り行く中で向けられた我愛羅の熱視線を受け流し、ナルトは目の前のネジに集中した。

両者、一定の間隔を開けて向き合う。


「…では第一回戦、始め!!」


ゲンマの言葉と共に、ナルトが先制で体術を仕掛けた。
突然目の前に現れたナルトから繰り出された拳と足を、ネジは咄嗟に受け止める。
それらはその細い腕や足に見合わず、重たく響く力が籠っていた。

ビリビリと痺れる身体。
連撃を受けるのはまずいと、ネジは後ろへ距離を取る。
先程の攻撃以降、ナルトはその場に立ったままネジを見ていた。

「…流石は白眼。今の攻撃を見切るか」
「なるほど。偉そうな口を叩くだけはある。お前もやはり天才側の人間だ。決められた運命の中で優位な位置にお前は立っているはず。…だというのに、貴様は俺の考えを否定する。何故だ」
「……」

心底理解できないと言う問いかけだった。

ネジは言う。
人間は生まれながらに運命が決まっており、天才が落ちこぼれになれないように落ちこぼれも天才になれないのだと。そう決まっているんだと。
両者が分け隔てなく与えられた運命は"死"のみであると。

ナルトは沸き立つ怒りを鎮めながらも静かに語りかける。

「…違うな。テメェは理由が欲しいんだよ。過去に何があったか知らねぇし、興味も無い。けど何か納得いかない事を"運命だった。だからしょうがなかった"って無理矢理納得してぇだけなんだ」
「な、に…?」
「何で納得するまで聞かない?何で納得するまで抗わない?…確かに、お前の周りの人間にも問題はあったかもしんねぇし、その額…」
「…!!」

何故知っているのかと、そう言いたげな顔で、ネジは額当てを押さえた。
…いや、額当てではなく、その下にある呪印を押さえたのだ。
脳神経に紐づけられたそれは、謂わば孫悟空の緊箍児のようなもので、分家が宗家に逆らわないようにする為のものなのだろう。

「――その額のその印が、お前にその考えを根付かせた要因なのか」

ナルトの無表情が、ほんの少し崩れた。
憐れみではない。まるで同じものを見る瞳。
ネジはその表情に一瞬だけ見入ったが、それらを封じ込めるように一度目を閉じると、額当てを解いた。

ただそこに書かれただけなのに、何よりも呪いを放つその呪印を日の下へ晒す。

ネジは自嘲的な笑みを浮かべて、ナルトを睨め付ける。

「…俺の父親は宗家に殺された」
「…」
「昔、長年木ノ葉と争っていた雲の国の忍頭が同盟条約締結のために木ノ葉に来訪したことがある。だが同盟条約を結ぶ気など雲の国には端から無く、あったのは白眼の秘密を暴くという目論見。ある夜にヒナタ様が攫われ、それを追ったヒアシ様がその雲の忍を殺した。雲の国は計画が失敗に終わり、自国の忍が殺されたことをいいことに条約違反として理不尽な条件を木ノ葉へ突き付けた。…戦争を避けたい木ノ葉は雲と裏取引を行い、ヒアシ様の死体を渡すという条件を飲んだ。そして無事に戦争は回避されたんだ。―――だが蓋を開けてみるとどうだ?現にヒアシ様はあそこに存在している。………犠牲になったのは、日向ヒアシの影武者として殺された俺の父親だったというわけだ……!」

そこには、どれだけの恨みが籠っていたのだろうか。
最早真っ赤に燃え盛っていた炎は、いつまでも消えることなく奥底で燻ぶり、しかし明らかにその熱を上げていた筈だ。
静かな声だったと言うのに、激情を隠しきれていないその圧を含んだ声音は静かに会場内に響き渡る。

「力もほぼ同じ双子なのに、先に生まれたか後に生まれたか。そこで運命は既に決まっていたんだよ」
「………んで?お前はそれを納得いくまでそのヒアシ様とやらに問い詰めたのか。抗議したのか」
「っ、聞いて、抗って…それで何になる!結局は宗家と分家。この呪印がある限り、黙らせられればそれで終わりだ…!!」
「その呪印で痛めつけられようが、お前は抗おうとしたのか!」
「貴様に、何が分かる…っ」

素早いスピードで繰り出される体術を往なす。


往なしながら、ナルトは笑った。


「――やっぱりテメェは情けない言い訳ヤローだ」


激情したネジに、「俺と同じだな」という囁きは聞こえなかった。


「〜〜〜〜〜ッッッ貴様にィ、何が、分かるッ!!!!背負うものなど無く、ただあるがままに力を振るい、自由に生きている貴様に、何がッッッ!!」


凄まじい力がぶつかり合う。

ネジの回天と、ナルトのチャクラを纏った殴打。

物凄い衝撃が会場を揺らし、地面に亀裂を入れる。
辺りに溢れかえる煙幕に包まれ、ゲンマは「少しは手加減しろ…!」と舌打ちせずにはいられなかった。

轟音が止むと静寂が訪れ、会場のあちこちで息を呑む音がする。

やがて煙が晴れた時、其処に立っていたのは――、


―――黄金色の髪を揺らした少年だった。

ほんの少し頬が切れた程度で、それもシュワリと煙を立てて綺麗に塞がっていく。
ナルトはぼんやりと、何かを考え込むように割れた地面を眺めていたが、ゲンマが何かを言う前に足を動かし、倒れているネジのもとに歩を進めた。
その顔に攻撃の意志が無いと読み取り、ゲンマも止めようとした手を静かに下ろす。

「………」

仰向けになったままネジはぼんやりと空を見上げていた。

綺麗な青い空。
そのまま何処まででも飛んでいけそうな気分にさせてくれる大空。
その視界を、太陽のような光を放つ少年が遮る。
不思議な落ち着いた碧を湛えた目が、ネジを覗き込んで細められた。


「黙ったまま置いて行かれるのは堪ったもんじゃねぇよな……お前のお陰で決意が固まった事だけには礼を言うぜ。……俺も、"父さん"を追う」


「……、」

言葉の意味は、正直分からなかった。
だけど今ここで問い質そうとは思わなかった。

試合前だと感じなかったことを、今になってネジは思う。


――コイツも、俺と同じなのかと。


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