ヒーローは遅れてなんちゃら

「まいった…ギブアップ」
「な……何だと!?」

(ちょっとシカマルーーー!!どういう事よしゃんなろー!!)

悩んだ末とは言え、自分からギブアップしてしまったシカマルに、サクラは拳を振り上げた。

ナルトとネジの凄まじい力のぶつかり合いが終わったあと、ネジは何処かぼんやりとした様子で医療班に運ばれていった。
次の試合は例の砂を操る我愛羅とサスケだったが、如何せんサスケの到着が遅れていた為、三代目の配慮によって試合順が取り換えられた。
次に行われたのがシカマルと砂隠れのテマリ。

中々に良い闘いが繰り広げられており、シカマルがナルトとネジの試合で出来た幾つかの亀裂を使って影縛りを成功させたのだが、その後の手が無いのとチャクラが切れかけていたのでギブアップしてしまったのだ。
いのが隣でワーワーと文句を言っているので自分は控えるが、諦めが良すぎる感は否めない。

「あいつはあいつだよ」

中忍になれるチャンスだったのにとボヤくいのに、チョウジはどこか誇らしげな顔でそう呟いた。









壁際に立つ暗部の一人に近寄る。
向こうは此方に気付いたようで、ぽそぽそと喋り始めた。

「試合見てたぞ、ナルト。よくやったな」

うちはイタチ。

今この会場にはざっと数えて暗部8人と2小隊が見張りを行っている。
何人かはうちはの警備部隊から駆り出されているらしく、サスケの試合を心待ちにしている者が多いようだ。

「よ、ナルト」

隣に立っていた暗部も此方に気付いたらしく、イタチと同じように小声で話しかけてくる。うちはシスイと会うのは久々で、かつてどのように接していたかは大分色あせた記憶だった。
軽く手を挙げ、怪しくない程度に隣に並び立つ。

「アンタんとこの坊ちゃんは随分と遅いな。このままだと観客が空き缶でも投げ込みそうな勢いだぜ」

現に、何人かが「うちははまだか」とブーイングをあげている。

「…ううむ、カカシさんに任せたのはまずかっただろうか。あの人の遅刻癖をサスケが学んでしまうのは、よろしくない事だ」
「…イタチってサスケの事になるとホント過保護だよな。自分の師匠くらいアイツに選ばせてやれって」

このような会話を繰り広げているが、あくまで小声である。
やがてそれなりに声が上がり始めた頃、会場のど真ん中に木ノ葉が舞う。
それは次第に激しくなり、落ち着く頃には先ほどまで居なかった筈の二つの存在が姿を現した。

「いやーー、遅れてすみません…」

一人は師匠を務めていたらしい、七班の担当上忍であるはたけカカシ。

「名は?」

呆れたような、けれど楽しそうな視線を向け、ゲンマが尋ねる。
一瞬の間を置いて、団扇の家紋を背負った少年は、胸を張って答える。

「――うちはサスケだ!」

この中忍試験中でも目玉の試合が、今始まろうとしていた。




その動きは予選時と比べ、格段と速くなっている。
それはまるでロック・リーを彷彿とさせる動きで、着実に我愛羅を追い詰めていく。
改めて写輪眼とは恐ろしいものだと、事情を知る者は感じた。

我愛羅はこのままでは負けると思ったのか、自身を砂の球体で包み込み、完全なる防御態勢に入ってしまった。

このままでは埒が明かない。

そう肌で感じたのか、一旦距離を置いたサスケが壁に足を付ける。
その状態のまま片腕を突き出して、構えをとった。
やがてチ…チチ…と音を立て始め、目に見えるほどのチャクラが片腕を覆っていく。

それはカカシが雷切と言う名で使っている技。


「―――千鳥…!」


鳥の囀りのような音を上げ、雷となったそれを片腕に纏い、サスケは走り出す。

写輪眼に移すのは我愛羅のみ――!

壁をも抉り取る強さの雷を纏った片腕を勢いよく砂壁へと突き出せば、硬い筈の殻を見事に突き破る。
その砂がどれほど強固なものであるかを知っている者達は、驚かずにはいられない。

「…つかまえたぜ」

砂の壁を超えた腕は我愛羅にまで届いたらしく、中から悲痛な叫び声が響き渡った。
聞いているだけで痛みを覚えるような絶叫。
ふと、サスケが顔を歪めた。

「……っ!」

中で何が起きているのかはわからない。
しかし迸る電撃からサスケの攻撃が入っているのは確かで。

不意に感じた痛みを振り解くように砂の中から腕を抜き取るサスケ。

――そしてそれを追うようにして現れた、ナニカ。

穴の中から見えるおぞましい眼と、周りを震え上がらせるほどの存在感。
気配に気付いた者たちが辺りを見回すが、その正体が分からない。

サスケは穴の中のソレに直に対面してしまい、背筋の震えを抑えきれずにいた。

我愛羅ではない。


あれは、

(あれはなんだ!?)


「………一尾、」
「なんだと?」

ナルトのたった一つの呟き。

それは存外辺りに響き渡ってしまったようで、何人かの暗部が反応を示す。
一尾。
それの表すところが、ナルトの中に封印されている九尾と同じ尾獣であるならばただ事では無い。
イタチやシスイも例外ではなく、何か知っているのかとナルトに問い質そうとした…その時だった。


   真っ白な、羽が舞っている。


その羽を見た者たちが、次々と意識を失っていく。
その羽の意味するところに気付いた者はすぐさま目をつぶり、幻術返しを行う事で意識を正常に保つ。

一瞬だけ羽に気を取られたイタチとシスイが視線を戻した時には、ナルトの存在は消えていた。









「何が起きてんだ…」

突然の幻術を解き、訳も分からず辺りを見回す。
会場のそこかしこから、暗部や木ノ葉の額当てを付けた忍が飛び出てくる。
何故木ノ葉の忍であるはずの奴らから敵意を感じるのか。
意味が分かったところで理解には及ばない。

一瞬で姿を消してしまったのでどこへ向かったかは不明だが、確かなのは今この場でおかしな事が起きているという事だ。

我愛羅の前に、今まで観戦していた筈の砂の忍やテマリとカンクロウが躍り出る。
そして此方も、審判が庇うように俺の前に立った。

何やら四人で喚いていたかと思えば、塀から外へと出て行く三人の受験者たち。
唖然としながらそれを見送っていれば、別の影がそれらを追っていくのが見えた。

見慣れた金髪が躍る。
オレンジのジャージがはためく。


「っ、ナルト!!!」


一瞬だけ、縦に瞳孔の開いた瞳と視線が絡む。
けれど彼は立ち止まることなく、そのまま三人を追って行ってしまった。

「な、何がどうなってんだ!?」
「悪いが、中忍試験はここで終わりだ。とりあえずお前はあいつらを追え」
「!」
「お前は既に中忍レベルだ。木ノ葉の忍なら役に立て」
「…ああ」

審判の言葉に頷き、好機だとその場を後にする。
会場よりも、俺はナルトが気掛かりだった。

(あいつ、ぜってぇなんか知ってただろ…!)

そう思わずにはいられない程の俊敏な動き。
置いてかれて堪るかと、出来る限りのスピードで駆けた。





目の前に現れた影に、テマリとカンクロウは思わず舌打ちを零した。

うずまきナルト。

自分たちと同じ距離を走って来たくせに、全く息切れをしている様子も無く行く手を阻んでいる。
出会った頃から、その何を考えているのかわからないのに何もかもを見透かしているような瞳に少なからず恐怖を感じていたことを、二人は今となって認めざるおえない。
敵いっこない、逃げろ、と本能が警鐘を鳴らすのだ。

…それでも。

意識を朦朧とさせ、心底苦しそうに荒い息を吐き続けている我愛羅を見て、カンクロウは考える間もなく背中の傀儡を解放した。

「テマリ、我愛羅を連れて先に行け!」
「……ああ」

どういうわけか、そのまま我愛羅を背負って奥へと走っていくテマリを、ナルトは静かに見送るだけだった。

(そんなに急いで追いかけなくても、すぐに捕まえられるって事じゃん…?)

つくづく、強くて嫌な男だ。
勿論、そんな相手に勝算などあるわけがない。

どうしたって、カンクロウはナルトを通す訳にはいかなかった。

――刺し違えてでも止めてやる。

そんな強い意志の見える顔つきを見せるカンクロウを、ナルトは睨み付けた。
どういった意図の表情かは計り知れないが、泣く子も黙るような鋭い眼光。
それだけでもドキリと心臓が跳ねて、カンクロウの背中に冷汗が流れる。

直後に、緊迫した空気を壊すかのような勢いで名前を呼ぶ声。

「ナルトーーー!!」

漸くオレンジのジャージに追いついたサスケは、そこに対峙する二人を目にとめて、険しい顔をカンクロウに向けた。
ナルトは一つ溜息を吐くと、攻撃態勢に入るサスケを片手で制する。

「てめぇは我愛羅を追え」
「でも、お前…」
「人の心配してる暇あんのかよ。……アイツはお前の獲物だろうが。行け」

一人置いてはいけないと、いつまでも兄面をするサスケに、ナルトは嫌悪感を隠しもせずに唾を吐き捨てるように言った。

サスケは納得していないような顔だったが、それでもこれ以上ナルトの怒りを買うつもりも無かったため、大人しくその場を後にした。


残された二人は、改めて視線を絡める。

徐に口を開いたのはナルトだった。

「一つ聞かせろよ」
「…」
「なんでお前らみたいな存在が周りに居ながら、我愛羅はああなるんだ」
「…お前、なんか知ってるじゃん?」

「ああ、知ってるさ。何故なら俺も人柱力だからな」

「…なに!?」

そんな馬鹿な、とカンクロウは狼狽える。

あまりに違う。
我愛羅とナルト。

人柱力など滅多にお目に掛かれるものではない。
我愛羅以外の人柱力を見るのが初めてなカンクロウは、その落ち着きように驚くしかなかった。

「まあ、今となってはそんな話はどうでもいい事か…。我愛羅にあのグズを殺されると俺が困るもんでな…早急に片付けさせてもらうぞ」
「くっ…なら先に行かせなきゃよかったじゃん!?」

苦い顔で最もな意見を言うカンクロウに、ナルトは口端を吊り上げた。
それは、笑顔になり切れない酷く歪な笑みだった。


「――孤独な奴が集まっても、隙間を埋める事は出来ないだろ」


俺も独りなのだと、

ナルトは遠回しにそう言ったのだ。





もはや人間の様相では無い。

何か別の生物の腕と尻尾。
まるで半身を侵食されているようなその有様は、成ろうとしているのか、抑えようとしているのか判別が出来ない。
少なくとも、我愛羅という人間が理性を無くしそうになっている事は確かで…。
悶えながらも周囲を睨み付ける我愛羅のその目に、サスケは眉根を寄せた。

幾度となく見た事がある、その目の在り様。


酷く、孤独な目。


いつの日かを思い出す。
始めて兄に連れてこられた子供の目を見た時、俺は恐怖と同時に悲しくなった。
何があってどうしたら、こんなに負の感情を詰め込んだような目が出来るんだろうと。

常に何かを憎んでいる。
常に何かに疲れている。
常に何かを恨んでいる。
常に何かを諦めている。

…常に、孤独に苛まれている。

見ていられなくて、いつもであれば兄に駆けよる筈の身体はその子供に走り寄っていた。

うずまきナルトと、そう名乗った子供。
あの日から、俺はあいつの兄でありたいと――俺にとってのイタチのような存在でありたいと…そう思っているのだ。


「…っぅ、ぐ…こほっ、」

食らった攻撃で、ほんの少し血が零れる。
でもこんな傷、死ぬ程度じゃないから平気だ。

痛くとも、俺はアイツを二度と裏切れない。

「…兄で居たって、いいじゃねぇかよ」
「……な、何を…言っている…」

今だ僅かに理性は残っているのか、我愛羅は苦しみを抑えながらも会話をする。
話を聞くような優しさを見せるなら、別の事にも気づけよと思ったけれど。

でも、それを言えるほど、俺はコイツを知らない。


「――んで、…ッなんでテメェらは自分を独りだと思うんだ…!!」


翡翠の目は、殆ど化け物に呑み込まれていた。
飛んでくる砂を避けるだけで足がもつれる。
千鳥を打てるほどのチャクラも、もう残っていないかもしれない。
それでも倒れるわけにはいかず、木の幹に手を付きながら何とか立ち上がったままでいた。

「う、うおおおああああああぁぁ!!!!」

何かが逆鱗に触れたのかもしれない。
ほぼ化け物のそいつが、爆発を起こしたように煙に囲まれる。
爆風に細めた目を我愛羅の居た方に向けて、其処に現れたあまりの存在感に息を呑む。

「な、なんだ…アレ…」

口寄せ動物などでは無い。

チャクラの塊のような存在が、はるか上空からこちらを見下ろしているのだ。


「おい、中身が出てきてんじゃねーか」
「っ!?」

突然後ろから聞こえてきた声に体が跳ねる。
そちらに目を向ければ、何処も怪我をした様子の無いナルトが立っていた。
恐らく傷を負わずにカンクロウを負かしたんだろう。

それに比べて自分はボロボロで、何となく情けない…。

「無事だったのか」
「ボロボロのお前に心配されることねーよ」
「お前なァ…俺、いつか泣くからな!!」
「―――なんだ、それ」

ほんの少しの笑み。

懐かしい笑顔に、少しだけ心臓が高鳴る。
昔はよく見せてくれた表情なのに、今となっては懐かしい思い出でしかない。
しかしそんな表情も一瞬の話で、ナルトはすぐに元の無表情に戻ると一つ頷いた。

「よし。あの狸は俺が何とかするから、お前は眠りに入ろうとしてる我愛羅を叩き起こせ」
「た、倒すってどうやって…!?」

あんなデケェのをどうやって倒すと言うのか。
慌てふためくしかない俺に、ナルトは「こうやるんだよ」と目を瞑った。



    ぞわり。



あの狸などとは比べ物にならない程おぞましいチャクラ。
初めて感じるそれに、思わず後退る。


―――ナルトの目は、見た事ないくらい赤く爛々と光っていた。


TOP