少年は知っている
「卒業おめでとう、ナルト」
机の上に並べて置いた額当ての一つを手渡す。
無表情に、鋭い眼光で此方を見ていたナルトは、小さく頭を下げると上手く出来ている分身を消して教室を出て行く。
扉を通る際に、こっち――いや、隣に座るミズキへ一瞬視線を向けた気がするが、気のせいだろうか。
――ナルトが火影様の家から禁術の巻物を盗み出したと呼び出されたのは、その日の晩の事だった。
「急いでナルトを探すのじゃ」
火影様の言葉に、集められた忍達がばらばらに散っていく。
自分も同じく里の中を探しながら、ナルトを頭の中に思い浮かべる。
理不尽な程に里の人間に嫌われているのを知っていた。
笑う事も無く、いつも無表情で深海のような目を周りに向ける少年。
周囲を睨み付けるようなその瞳に、やっぱり九尾の子供だと断罪を求める大人はごまんと居る。
若いころの俺も、それに同意していた。
里を襲い、両親を殺した九尾を許せなかった。
だから、ナルトを殺して九尾諸共死なせることが、敵討ちになると思って居た時期もあったんだ。
(…でも、今なら理解る)
あの子は九尾なんかではない。
ただ孤独を抱えた、一人の少年なのだ。
「ナルトーーー!!!」
堪らず、森の中で名前を呼びながら探し回る。
不意に草を掻き分ける音が聞こえて、そちらへ意識を移す。
暗闇の中で一人立ち尽くす少年は、後ろに巻物を背負っていた。
「っ、ナルト!」
「…イルカせんせー」
平然とした顔で立ち尽くしているナルトに近付き、しゃがみ込む。
ナルトは悪びれた様子も無く、イルカの行動を目で追っていた。
やってはならない事をしている自覚が無いのか、それとも何か理由があるのか。
見定めるように、なんと声を掛けるべきか戸惑っていれば、後ろから襲い来る殺気。
「っ!?」
咄嗟にナルトを突き飛ばす。
迫りくる大量のクナイ。
最低限に避けるが、追い詰められるように小屋の壁へ縫い付けられてしまった。
浅く刺さった腹のクナイに、ほんの少し血が零れる。
「ぐっ…」
ナルトは、表情も変えずにじっとこっちを見ていた。
「よく此処がわかったな」
頭上から降ってきた声に、顔を上げる。
木の枝に足を掛け、ミズキが此方を見下ろしていた。
「……な、るほどな」
ナルトを誑かし、火影様の家から巻物を盗ませたのはコイツか。
大方、巻物を盗めば里の人間に認められるとでも虚言を吐いたのだろう。
「ナルト!!巻物は死んでも渡すな!!」
「ナルト、巻物を渡せ」
「騙されるな、ミズキはお前を利用したんだ!!」
刺さったクナイを抜きながら、なんとか声を張り上げる。
ナルトがどんな表情をしているのかは伺い知れなかったが、ミズキは馬鹿にしたような笑みを浮かべるとナルトを嘲笑った。
「ナルト、お前に本当の事を教えてやる」
「っやめろ!!!」
「12年前、バケ狐を封印した事件は知っているな。あの事件以来、里では徹底したある掟が作られた。そう、ナルト…お前にだけは知らされることのない掟だ」
「ミズキ!!」
縫い留めるクナイから逃れようと身を捩る。
しかし、ミズキの口は止まらない。
「――それはな…お前の正体がバケ狐だと口にしない掟だ」
静かに、風が巻き上がる。
言ってしまった。
聞いてしまった。
ナルトには…ナルトにだけは知られていけない事を、ミズキは平然と口にした。
目の前が真っ赤に染まる。
「お前は、イルカの両親を殺し、里を壊滅させた九尾の妖狐なんだよ―――!!!」
「やめろぉぉぉ!!!」
ビリビリと服が破れるのも構わず、クナイに縫い留められていた腕を振り上げる。
そのまま、反動の勢いで倒れこんだ俺の耳に聞こえてきたのは、酷く冷たい声。
夜の風を凍らすような、酷く闇の籠った声色だった。
「知ってる」
――――。
「…あ?」
その声は誰のものだったのか。
知ってる、とは。
一体誰が言ったのか。
言葉にならない声を上げたのは、ミズキだったのか自分だったのか。
脳みそを直接殴られたみたいな衝撃に襲われ、地面に這いつくばったまま息を止める。
「なんだって?」
ミズキの、間の抜けた声だった。
「知ってる、…つったんだよ。このクズ」
「なっ、」
いつも通りと言えばそうだったのかも知れない。
でも、それ程までに冷徹な声は聞いた事があっただろうか…。
急激に回転を始めた頭に、弾かれるように頭を上げる。
そして目の前の光景に、口を閉じることも忘れて見入った。
100…いや、1000…?
あちこちにナルトが立っている。
(…これは、幻術か?)
そう思いたくなる程の光景。
…違う。幻術などでは無く、これはナルトの実力だ。
ドベなどと馬鹿にされ、後ろ指を指されていたナルトの、本当の力。
腰を抜かしたミズキが木の上から落ちてくる。
「な、なん…」
「今の俺は気分が良いからな、半殺しで済ませといてやる」
そんな台詞を皮切りに、ミズキに襲い掛かるナルトの軍勢。
甚振られるだけのミズキを見ながら、背筋が震えあがるのを感じた。
∞
「――じゃあ、ナルトは、今まで全部知ってたのか」
「……」
ナルトは全てを知っているらしい。
自分の中に九尾が封印されている事も。
封印を施したのが誰かという事も。
今回のミズキとの事も、三代目が知った上での行動らしかった。
「…すまん、ナルト」
「は?」
「俺は、一瞬でもお前の事を疑ったし、一時期はお前に理不尽な感情をぶつけていた事もあった。だから、どうしても謝りたかったんだ…」
そんな情けない自分に気付くのに、少し時間が掛かってしまったけれど。
それでも、これからはナルトを見ていようと思っていた。
「―――別に、いいってばよ」
初めて聞くその口調に、目を見張った。
ずっと聞いた事の無かった、ナルトの母、クシナと似た言葉使い。
月の下で、ナルトはほんのり赤くした頬を隠す様にそっぽを向くと、横目に俺を見ながら言う。
「…俺、イルカせんせーの事は、別に嫌いじゃない」
「な…ナルト……」
感極まって、思わず抱きしめる。
一瞬身を強張らせたナルトは、しかし大人しく身を預けてきた。
初めてだった。
ナルトが、こんなにも弱みを見せるのは。
俺には、それがどうしても嬉しかった。
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