サバイバル演習

七班の担当上忍は、どうも遅刻癖があるらしかった。



…ったく、何してんだあの変態上忍。
変態、とは別に性的趣向を指すわけでは無い。
ただどう見てもあの格好は変態だ。
いや、こんな事をやらかす忍などヘンタイで十分だ。
俺達には遅刻をするなよ、などと釘を刺したくせに自分は三十分以上の遅刻。
あんなのが上忍になっていいのだろうか。
それで兄さん…イタチと同じ立場だと言うのだから、信じたくも無くなる。

苛立たしさを隠しきれず貧乏揺すりをしていれば、遠めに見えてきた人影。
心中で毒を吐きながら思わず睨み付ける。

「やー、諸君おはよう!」
「おっそーい!!!」

サクラの言葉に同意するように頷けば、カカシは困ったとでも言うように頭を掻いた。
これだけ遅れていながら全く悪びれた様子が無いことに腹が立つ。
言われたとおり朝飯を食ってこなかっただけに、余計に。
イタチは「お前ならきっと大丈夫だ」などと言って送り出してくれたが、上忍がこんなでは演習を無事に終える前にストレスで胃が溶けるのでは無いだろうか。

俺とサクラは既に鳴り始めた腹に身を屈めるが、ナルトは何てことない顔で立っている。

まさかコイツ…と思ったように、カカシもほんの少し疑いの目を向けた。

「ナルト、ちゃんと飯抜いてきた?」
「…一日一食なんて、珍しくもなんともないからな」

胸がチクリと痛んだ。
家で一人でする食事ほど味気ないものはないだろう。
ナルトはいつも一人なのかと考えると、抉られるように胸が痛む。

「…ちっ。辛気臭ぇ顔で見るんじゃねえよ」

舌打ちをされ、思わず顔を逸らす。
友人を取り戻すなんて言った矢先でこれだ。


(――俺は、弱い)


「……ま、始めますか。時間は12時まで」

タイマーをセットし、カカシが懐から何かを取り出す。

――ちりん。

高い音を響かせるそれは、二つの鈴だ。
カカシはそれをぶら下げながら、説明を始める。

「ここにスズが2つある…これをオレから昼までに奪い取ることが課題だ。もし昼までにオレからスズを奪えなかった奴は昼メシ抜き。あの丸太に縛り付けた上に、目の前でオレが弁当を食うから」
「ひ、酷い…」

それは……とんでもない拷問では無いだろうか…。

「スズは一人1つでいい。2つしかないから…必然的に一人丸太行きになる。…で!スズを取れない奴は任務失敗ってことで失格だ!つまり、この中で最低でも一人は学校へ戻ってもらう事になるわけだ…」

手裏剣やクナイを使ってもいいと笑うカカシ。
俺たち3人は黙り込んだまま目の前の標的を睨み付ける。
覚悟が伝わったのか、カカシは真面目な顔に戻ると、器用に目だけで笑って見せた。

「よし、いい覚悟だ。……最後に、何か質問はあるか」
「「「……」」」

「無いようだな。…では、」


―――スタート!!









カカシの話ならスズは2つしかなく、故に合格できるのは二人のみ。
しかし、何故か俺達がバラバラに行動を始めようとする前に目の前に現れたのはナルトだった。

「ナルト…」
「サスケ、サクラ、協力するぞ」
「き、協力って…でも、この演習は二人しか合格できないんじゃ…」
「…わかった。今から一つ質問をする。これを聞いてどう感じたか、…その回答によってはそれぞれでスズを狙えばいい」

お前は何かを知っているのか。

喉に張り付いた言葉を発するのは、中々に難しいことだった。
ナルトは鋭い眼光で俺達二人の顔を見回すと、珍しく笑みを浮かべた。

ほんの少し口角を上げただけだというのに、酷く感動を覚える。

「し、質問って、なんだ?」

まともに話すのが久々で、嬉しくて、声が震えた。
ナルトは気付いて居るのか、気付いて居ても無視してくれているのか、真っすぐに俺の目を見て口を開いた。


「サスケ、もしこのスズを取れなかった奴が不合格どころじゃなく、カカシに殺される条件だったら、お前はどうする」
「………は?」


質問の意味がよくわからない。
口を開けたまま固まる俺に、ナルトはサクラへも視線を向けて、同じ問いかけをする。

「想像しろ。スズを取れなかった奴は死ぬ。問答無用で殺される。そんな状況だ」

ナルトの声に促されるままに、脳みそが想像する。

スズを取れずに、無惨にも殺されるナルトやサクラの姿を。
かっと、目の前が赤くなるような気がした。

「そんなのダメだ!!!」

思わず叫ぶ。
ナルトは、激情する俺なんかとは真逆に、酷く静かな面持ちでこちらを伺っていた。

「ダメ?死ぬのは怖いだろ?さっさとスズを取って一人ずらかればいい」
「…お前、本気でそんなこと言ってんのか」
「本気だが?それともお前は、たかが友人の為にスズを渡せるって言うのか」

死ぬのは怖い。
そんなの当たり前だ。
よっぽどの異常者じゃない限り死ぬのは怖い筈だ。


それでも。


「理屈じゃねぇ。…怖かろうが、それでも俺は、きっとお前たちにスズを渡す」
「……そうよ。理屈じゃないわ。きっと、身体が勝手に動くのよ」
「人を助けるなんて、そんなもんだろ。それで死にそうになっても、それはその時になんとかする!」

なぁ、ナルト。
俺はきっと、お前が死にそうになったら、どれだけお前に嫌がられようとお前を助ける。
考えなしだと言われても、俺は絶対に助ける。

自分の言葉を曲げない事ことこそが、俺の信条だ。
それに。

――俺は、お前の兄だから。


「………だ、そうだが。カカシ」
「はあーーーー…」

唐突に、ナルトが後方の木に向かって話しかける。
目を丸くする俺達の前に、降って湧いたのは先程まで最初の場所に居たカカシだった。

一体いつから其処に居たのか。

「あのねえ、これはスズ取り合戦なの。今すぐ合格をあげたいのは山々だけど、実力も見せてくれないとなぁ〜〜…」

何故か嬉しそうな顔を隠しもせず、カカシはニッコニコと笑っている。
俺もサクラも、そのあまりの気味悪さに身体を仰け反らせ、引いた。

ナルトは何時の間にかいつもの無表情に戻っていた。
かと思うと、ホルダーから取り出したクナイを取り出し、構える。

(まさか、真っ向から戦う気か…!?)

相手はどんなに だらしなくても上忍だ。
そんな相手に、下忍にもなれていない自分たちが叶うはずもない。
カカシも、怪訝そうな顔で、ぽつりと呟いた。

「なんのつもり?」
「……」
「まさか、真っ向からくる?それとも俺が遅刻してる間に何か作戦でも立ててた?」

そんな事、あるわけがない。
サクラの方へ視線をやれば、慌てたように首を振っている。
取り敢えず、自分も手裏剣を構える。

ナルトの動きを見て、自分がどう動くか決めるしかない…!


そうして身構えていた俺は、次の瞬間に信じられないものを見た。


「な、…」

影も音も無く、一瞬でカカシの背後に回るナルト。
そして突然地面に穴が開き、伸びてくる腕たちがカカシの身体に纏わりつく。

状況がわからず混乱する俺とサクラの目に、焦るカカシと、その腰に付いているスズを奪うナルトの姿だけが映っていた。

「…やる」

スズをこっちに投げて寄越すナルト。
同時に、カカシを羽交い絞めにしていた"ナルト"が煙を上げて消えてしまう。

一体、これはなんだ。

「ち、ちょっと…なによこれ…!?」

サクラの混乱はよく理解できる。
カカシに至っては目を見開いたまま固まり、先程までの飄々とした雰囲気は影も形も無い。
手の中のスズを握りしめて、ドベだと呼ばれていた筈のナルトを睨み付ける。

「お前はなんなんだ、ナルト…!」


「……俺はうずまきナルト。それ以下でもそれ以上でも、無い」


「そんな事が聞きたいんじゃない…!なんで今までずっとドベの振りなんかしてたんだ…!」
「あーちょい待ち。取り敢えず時間だから、サスケとサクラはお弁当食べてきなさい。んで、ナルト。お前は俺とこっち」
「……」

面倒くさそうにカカシに手を取られて連れていかれるナルト。

残された俺は、痛いほどに手を握りしめ、その背中を見送るしかない。

「……くそっ」
「さ、サスケくん…」
「…なんだよ」

今は話なんてする気にもなれなくて、思わず睨み付けるようにサクラを見てしまった。
悲しそうに顔を歪めるのを目に入れて、少しは頭が冷静になる。

サクラは、何度か深呼吸を繰り返すと、笑いながら言った。

「サスケくんはさ、ナルトのこと、好きだよね」
「は、はぁ……?」

突然の問いかけに、顔が熱くなって思わず間の抜けた声を漏らした。
急に何を言い出すんだ、コイツは。

好きか嫌いかと聞かれたら、好きに決まっている。

でなきゃ、こんなに話しかけるのに苦労していない。

「…ナルトは、さ。なんか、私たちに言えないような大きな秘密を持ってるんだと思う。友達や家族だからって何でもかんでも話せるわけないし、サスケくんにも言えない事の1つや2つ、あるでしょ」
「………、」
「だっ……だからさ、私たちは、ナルトの事を信じましょう?私は、今日の演習で二人の事がもっともっと気になった。二人みたいに昔から一緒に居るわけでも何でもない、ただのくノ一だけど…」
「…悪い」

「え?」

サクラの、言う通りだった。
また自分は、人を疑って傷つけてしまうところだったのか。

イタチと話した筈だったのに。
ナルトのことを友として好きならば、何があっても味方で居ると。

思い切り自分の両頬を叩けば、辺り一帯に乾いた音が響き渡る。
肩を跳ねさせたサクラに、俺は頭を下げた。

「悪かった。お前の言う通りだ。アイツにも、…いや、アイツだからこそ、言えない事の1つや2つ、あるんだよな」
「…サスケ、くん…」


「信じて待つよ。俺も」


真っすぐと顔を上げ、自分にそれを気付かせてくれた少女を見遣る。

頬を赤くしたサクラは、太陽のような笑みを浮かべていた。


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