"父さん"
目の前の少年を見下ろす。
見れば見るほどそっくりだ。
少年の父親であり、自分の師であり、四代目火影の波風ミナトに。
しかし一つ違う点があるとするなら、その仄暗い瞳だろうか。
ミナト先生は澄み渡る青空のような目をしていた。
しかしナルトは深海を思わせるような目だ。
里の者がナルトをそう変えてしまったその事実に、カカシは胸の中で何度目かの謝罪を口にした。
「――…さて、ナルト。お前には二、三聞きたい事がある。まず、さっきのは飛雷神の術だな」
「…ああ」
案外あっさりと頷いた。
「いつマーキングした?全然姿が見えなかったが」
「さっきアンタを捕まえた要領と同じく、土の中から足に。アンタはぼんやりと上を見てたから気付かなかったみたいだけどな」
(オレが気付かなかった、というよりお前の気配の消し方が尋常じゃないだけと思うが)
心の中で思っておくだけで、突っ込むのはまた今度にしておく。
それよりも、本当に聞きたいのはこの次だった。
「率直に聞く。飛雷神の術は誰に教えて貰ったんだ?」
三代目ではない筈だ。
そもそもその術は、術を開発した二代目火影の千手扉間と、ナルトの父親である四代目火影しか使えない。
では誰が教えたというのか。
ミナト先生の護衛小隊の人間など、可能性のありそうな者を次々思い浮かべるが、オレが正解を導き出す前にナルトは答えを口にした。
「"父さん"に教えて貰った」
「……………、なに?」
とうさん。
父さん…?
意味が分からなかった。
ナルトの父は波風ミナト、その人だけだ。
でも、ミナト先生はナルトが生まれてすぐに…もう…。
混乱する頭を押さえて、冷静になろうとナルトの肩に手を置き、その顔を覗き込む。
「どういうことだ、ナルト。お前に両親は居ない筈だろう」
ズルい言い方だと思った。
オレは知っている。
ナルトの両親がどのようにして居なくなったのかを。
けれど確かめるために、嘘を口にする。
しかし、ナルトはそれを見透かしたような表情で、またも簡単に言葉を発した。
「四代目火影じゃない。俺の"父さん"は、その人じゃない」
「なに…なにを言っている……?」
ナルトは自分の父親を四代目火影と知っている。
そして恐らく死んでいる事も知っている。
知ったうえで、別の誰かを父さんと呼んでいる。
冷汗が流れ、緊張しているか、興奮だかで手が震える。
腹の奥がぐるぐると熱を持って、吐き気が襲ってきた。
どうしてだ。
どこで間違えた?
もっと幼い頃に父親と母親の名を教えていれば、そんな間違いは起こらなかっただろうか。
(これじゃあ、ミナト先生に合わせる顔が、無い)
身を挺してナルトを守ったミナト先生は、本当の本当にナルトの父親だった。
だから……許せなかった。
別の誰かを父と呼ぶナルトの姿が。
エゴの塊のようなものを子供相手に押し付けるべきではないと理解っているのに、感情の抑えが利かない。
ナルトにはナルトの人生があって、生まれながらに親を知らないのであれば別の誰かをその代役に立てる流れは何も可笑しい部分など無い筈なのだ。
ナルトのジャージを皺くちゃになるほど握りしめていた、その震える手を動かそうとした瞬間、上から小さな手が重ねられる。
「ありがとう、先生」
「………」
茫然と、目を見る。
先程までの深海のような色は消え失せて、そこにはあの人にそっくりな青空が広がっていた。
見たことのないほど、穏やかな微笑み。
幻想を見たような気分で、ぼんやりとそれを眺める。
そこに、ナルトの心髄を見た気がして、息を呑む。
「カカシ先生が、俺や四代目火影の事をとても大事に思ってくれている事は痛いほど伝わったってばよ…勘違いしないでくれ。四代目火影を…波風ミナトを……父ちゃんを、父親じゃないって言ってるわけじゃない」
「……」
「でも、俺を…俺がうちはで育てられるまでに育ててくれた人間が居るんだ」
「…それ、は」
「悪いけど、誰かを言う事は出来ない。でも、カカシ先生が考えているような事実は無いから、先生が気負う必要も無い」
手から力が抜ける。
そのまま、頬に手を滑らせると、やはりナルトは見たことも無い微笑みを浮かべて此方を見ていた。
しかし、たった一つの瞬きで、そんな空気は霧散する。
まるで幻術から解けたかのようにハッと意識を戻せば、ナルトはいつも通りの無表情だった。
カカシの手を払いのけると、背中を向けて歩き出す。
「サクラとサスケが待ってる。…先に戻るぞ」
「え……あ、…あぁ」
あっという間に草木に紛れる背中。
ハッキリしない頭で、先程の言葉を思い出す。
深まった謎はあったが、胸のつっかえが少し取れたような気がした。
戻って来たナルトに、サクラと少しずつ分けた弁当を渡すと、ナルトは無表情の中に昔のような穏やかな色を見せた。
「…何も聞かないのか」
挙句の果てにそんな事を聞いてくるものだから、俺とサクラは顔を見合わせて笑う。
「いい。俺達はお前を待つことに決めた」
「………ばかだろ」
悪態を吐きながらも、耳がほんのり赤い。
その可愛い姿に、先程から兄心がぐさぐさとハートの矢に貫かれていく。
変な声が出そうになるのを、何とか手で抑える。
和やかな休憩時間。
もそもそと弁当を食べるナルトを見ていれば、後ろからひょっこりとカカシが現れた。
にんまりと笑っているが、やっぱり口布で怪しげに見える。
「君たち全員ごーかく」
「で、でも…私、何もしてないですよ」
あまり納得いっていないような顔でサクラが呟く。
しかしカカシは俺とサクラの頭を撫でると、ナルトの方を見ながら言った。
「あのナルトの問いかけこそ、この演習の真骨頂だ」
「え…」
「お前達はこれから、スリーマンセルで動くからこその様々な困難に見舞われるだろう。あの演習のように、一人が囮や人質になる可能性など常に付き纏う。…確かに、時には何かを切り捨てる覚悟も必要だ」
いいか、よく聞け。
これがサバイバル演習の真の教訓だ。
そう言って、真剣な表情のカカシは言葉を続ける。
「忍で掟を破る奴はクズ呼ばわりされる。―――…だけどな、仲間を大切にしない奴はそれ以上のクズだ!」
ふわりと風が吹いた気がして、目を瞬かせる。
あれだけ だらしないと感じていたカカシが、酷く格好いい存在に見えた。
カカシは次の瞬間には表情を崩し、俺達の肩を抱く。
「お前たちは、それを学んだ。…さぁーて、一楽にでも行くか!今日は俺の奢りだ」
班を結成してから一日目、不安は残るが俺達は心を一つにできた。
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