06

アラックはつい最近まで真選組に潜入していたため、組んでの仕事は久しぶりだった。

潜入を終えたアラックは組織に近藤勲局長の暗殺成功を報告した。しかし本庁が確認したところ、近藤局長は存命であり傷一つ負っていないとのこと。つまり、アラックは組織に虚偽の報告をしたということになる。その真意を確かめたかった。

今回は取引相手との交渉を僕が担当し、成立しなかった場合の“後始末”をアラックが担当することになっている。そして取引の相手は過激な活動を続ける攘夷派の組織だ。アラックは僕の後ろに控えているが、自分たちと同じように帯刀していることに気付いた相手は表情を緩めた。僕が合図をしたら即座に抜かれる凶器だというのに。

「そんな条件飲めるわけがない! おのれェ、我ら武士を愚弄するか!」
「では、非常に残念ですが――“決裂”です」

僕がそれを口にするのとほぼ同時に、目の前の首が飛んだ。そこから始まったのは一方的な蹂躙。多勢に無勢であるはずなのに、アラックはその全てを圧倒的な力で叩きのめした。

「念の為に拳銃を忍ばせていましたが……僕の出る幕はありませんでしたね」
「それが俺の仕事だからな。バーボンは自衛だけしてりゃいいんだ」

現場を後にし、これからのことを考える。交渉に来たのが全員であるわけがない。攘夷浪士の厄介な点は、敵討ちと称して特攻を仕掛けてくる点だ。そのため、潰すのであればその日のうちに全て片付けなければならない。

「彼らの拠点は……江戸のかぶき町ですね。このまま向かいましょう」
「……ああ」

一瞬。ほんの一瞬だが、アラックは躊躇いを見せた。かぶき町に何かあるのだろうか。……アラックの心を組織から離反させた、何かが。

攘夷派組織の拠点では宴会が行われているようだった。耳をそばだてると、テロ計画の完成を祝してのものだとわかる。もっとも、その計画は取引の成立を大前提としているため既に失敗しているのだが。

管轄外とはいえ江戸もまた僕の愛する日本であり、守るべき市民が大勢暮らしているのだ。組織の仕事の副産物ではあるが、テロを未然に阻止できたというのは喜ばしい事である。

僕は外で待機し、戦闘要員のアラックが中で始末をつける。江戸での仕事は後処理を考えなくて良いので楽だ。特にアラックが同行する場合は刀を使うため、偽装処理をしなくとも“攘夷浪士の間での仲間割れ”か“辻斬り”で処理される。江戸の治安の悪さはどうにかしてほしいが、組織にいる間は少なからずそれに助けられているので複雑な気分だ。

突然、階下がガヤガヤと騒がしくなる。何事かと息を潜めて覗いてみれば真選組の制服が見えた。どうやら“御用改め”らしい。これは不味いことになった。

アラックに伝えるが先か、真選組の足止めが先か。後者だ。幸いにも真選組とは“私立探偵の安室透”としての面識がある。少しでも世間話で場をつなぎ、アラックにはその隙に逃げてもらうしかない。

「おや、真選組の皆さん。こんばんは、こんな時間にご苦労様です。何か事件でもありましたか?」
「あァ? あんた、確か探偵の……」
「はい、安室透です」

指揮の邪魔になるよう、統率を取っていると思われる副長――土方十四郎に声をかけた。彼とは何度か事件現場で顔を合わせている。切り込み隊長と言われる沖田総悟の姿が見えないのが気にかかるが、彼さえ足止めできれば十分だろう。

「一般人はさっさと帰りな。ここには攘夷浪士共がいるんだ。人質にでもなられちゃ困る――」
「十六夜!」

土方十四郎の言葉を遮るように飛んできた声。十六夜とは確か、アラックが使う偽名だったはずだ。一歩遅かったか。

駆け出す土方十四郎の後を追う。辿り着いた先には折り重なった遺体と血に塗れたアラック、刀を抜いた状態で立ち尽くす沖田総悟。

「十六夜……」
「よう、久しぶりだな“兄上”」

何でもないように笑って刀の血を払ったアラックは、真選組の傍にいる俺に気づくと軽く頷いた。ここからは別行動するということだろう。しかし――“兄上”だと?

「どこ、行ってたんだ。探したんだぞ」
「探した? 俺を?」
「あァ。話は後でゆっくり聞くから……帰ろう、屯所に」
「帰る? 帰るだって? 脳内お花畑かよ」

近藤勲は俺が殺したんだぜ。

「何、を……」
「呆れた。馬鹿な連中だとは思っていたが、ここまでとは思わなかったぜ。変な情けなんかかけずに、全員の首を取ってやりゃァ良かったな。……いや、今からでも遅くないか?」

今までに類を見ないほど表情豊かに、アラックは笑う。心底おかしそうに、愉快そうに。笑う、哂う、嗤う。

「しかし、残念だが今日はこの後も予定があるんだ。次は、そうだな……お前の首を持ち帰ってやるよ、沖田総悟」
「やれるもんなら、やってみやがれィ。返り討ちにしてやらァ……今、すぐに」
「おっと。今日は帰るっつってんだろ、早漏が」

沖田総悟の振るった刀をひらりと避けながら、アラックは窓に足をかけ「……ああ、そうだ。これだけは言っておかなくちゃな」と動けずにいた土方十四郎に視線を向けた。

「土方十六夜は死んだぜ。とうの昔に――俺が殺した」

そう言うが早いか、窓から飛び降りる。沖田総悟がすぐさま窓に駆け寄ったが、舌打ちが聞こえたということは見失ったのだろう。流石は成功例、といったところか。

それにしても、土方十六夜とは単なる偽名じゃなかったのか。呆然としている土方十四郎や他の真選組隊士たちの表情を見て、改めてアラックについて――否、土方十六夜について調べてみる必要があると確信する。本人にも確かめる必要がありそうだ。

しかし、それからしばらく。アラックはまた組織の拠点に顔を出さなくなった。