絶対に泣かすと決めたから
侑の一言にカチンと来すぎて、もう元の喧嘩の内容なんて忘れてしまった。それぐらいに今回の喧嘩も瑣末で、いつもの事だったから。
だけど、だけどそれはアカンやろ。
「涼香のアホ!誰が、誰が養うてやっとる思っとん!出てけや、もう顔も見たないわ」
…確かに、侑に生活費の大部分は出してもらっている、し私が「養ってもらいたい」と言ってから始まった関係とも言える。
とは言えど、別に生活の全てを賄ってもらっている訳でもないし元々『侑に』養ってもらいたい、と言った訳では無い。
寧ろ「養うし俺と一緒に住んでくれ!」と言われ、そんな風に真摯に伝えられてきたこれまでの言葉に負けて承諾したのだ。
だからこそ、その事を喧嘩に持ち出されそんな風に言われた事にカチンと来てしまった。
「……ほな、もう。実家に帰らせてもらいます。今までどうもありがとうございました。何、また後でアンタに今まで払ってもらった金額返すし、口座番号とか送っといて」
そこまで言えば一瞬怯んだような顔を見せた侑は、もう後には引けないと言ったように眉を寄せ「分かった」なんて一言だけ、ぽつりと零す。
私も悪いかもしれない。私が引けば丸く済んだのだろうか。なんてぼんやりと考えながら一度必要なものだけを纏める。
「また要るもんだけアンタおらん時に取りに来るわ。残ったモンは捨ててええから」
「……おう」
意気消沈。そんな一言が今の侑には似合うだろう。
と、まあ。ここまで言ってみたけれど。今回は、そうだな……二日、と言ったところだろう。
────────
そそくさと家を出て、直ぐに実家の最寄り駅。
さて、あの侑の事だ。きっとほとぼりが冷めたら実家の方まで来るかな…、腹立つから実家には帰らないでおこう。絶対に二日で家になんか帰ってやらん。
となると…まりちゃんか、治か。北農園でお世話になっているまりちゃんに頼るのもまた変な話だけど、きっと北くんも多少なら助けてくれるか。治だと、すぐバレるかもだし。
……出るかな、なんてまりちゃんに電話をかける。数コール鳴らせば『もしもし〜』なんて少し間延びした声。
「あ、もしもし。今大丈夫?」
『うん、大丈夫だよ。どしたの』
「や、あのね。お恥ずかしいんだけど──」
事の顛末を話せば二つ返事で『北農園は涼香ちゃんを歓迎します』なんて言って、気付けば農作業着をきたまりちゃんがお迎えに来てくれている。
その姿はまるで白馬に乗った王子様……まあ、白馬って言っても軽トラだけども。
「ごめんね、ご迷惑おかけします…」
「まあ、今回も侑が悪いね…じゃあ、入れるね──」
「あはは、喧嘩買うた私も悪いんやけどね…」
北農園にいれば、北くんに頭の上がらない侑が押しかけてくることもきっとないだろうし、来てもヤイヤイ言いにこないだろう。
「気が済むまでおったらええよ。真梨も喜ぶし」そう言ってくれた北くんのお言葉に甘えてお世話になる間は、北農園お手伝いマンとして頑張らせて頂こう。
────────
「……」
「……なあ、そろそろ店閉めたいんやけど」
「やって、りょうか。帰ってこおへん」
「知らんわ。お前が悪いのに」
「俺ん事嫌いなったんかな、もう、三日も顔みてへん!俺、死ぬかもしらん…」
「おう、死ねや」
なんや、このバカタレな片割れは。
喧嘩売ったら綺麗に買われて、大好きでベタ惚れな彼女に出ていかれて帰ってこんくて、こんな凹んでるん流石にアホすぎるやろ。
しかも「出てけ」言うたんコイツやし。考え無しすぎんか?
「いつもみたいにその辺ほっつき歩いて、帰ってくる思ってたのに」
「知らんわ、もう後五分で出てけ。はよ店閉めさせろ」
「なんでそんな冷たいん!?なあ、サム…涼香、どこおるか知らん?」
「……はあ、涼香ちゃんが実家おらんくて、あと頼るんやったらひとりしかおらんやろ」
面倒臭い。実際、涼香ちゃんがどこにおるかは知っとる。やって、喧嘩したらしい次の日に北さんと真梨さんと三人でここ食いに来てたし。
ツムがそろそろ面倒やし、ヒントぐらい与えても罰は当たらんはずやろ。営業妨害されとるし。
「………まさか」
「おん」
「エッ、嘘やろ」
「おん、もう五分経ったぞ。出てけ」
「嫌や!!絶対怒られるやん!」
「怒られるような事したツムが悪いやろ」
そう言って半べそのツムを外へとつまみ出し閉店作業を始める。
外では「サムぅ…着いてきてくれぇ……」なんて弱々しい声が聞こえる気がするけど、気の所為やろ。一回、北さんにも真梨さんにも怒られたらええねん。
────────
あれから四日が経った。昨日は侑から『話したいし帰ってきてくれ』なんて連絡があったけど華麗にスルー。
北農園の朝は早いのだ!…なんて言っても、私はあの二人より遅いけれど。のんびりと畑の方へと向かえば、こちらへ向かってくる北くん。
「あれ、北くん。どしたん?」
「侑がこっち来るらしいねん。久下はどうする?来たないなら、俺だけで話するけど」
「……うーん。まだ、顔みたないかな」
「そうか、ほな頃合いみて呼ぶか呼ばんか決めるわ」
「ほな」とだけ言って家の方へ戻っていく北くん。ついに痺れを切らして来たか。よくここにいるって分かったな…なんて、ぼんやり考えるけど多分治だろう。
北くんにはご迷惑お掛けするが、一旦お任せするとしよう。
「まりちゃーん。何かお手伝いすることない?」
「おはよ。えーっと……ごぼう、擦る?」
「ごぼう、擦る」
ごしごし、出荷用のごぼうだろう。土を落としてコンテナの中に詰めていく。
擦るだけなら簡単で、黙々と作業をしていればおもむろに口を開いたまりちゃん。
「あのさ」
「うん」
「涼香ちゃんは侑のどこが好きなワケ?」
「ふふ、藪から棒やね」
どこが好きか。ピタリ、一旦手を止めて考える。嫌じゃないから一緒にいた訳で。
「…アレもアレで、案外可愛いとこあんねん」
「ふぅん。治の方が可愛いでしょ」
「それは、そうかも。ふふ。まりちゃんは?」
「内緒。あーきんぴら食べたい」
「も〜…。治に作ってもらお」
「それはね、普通にあり」
教えて貰えへんかったな、北くんの好きなとこ。まあ、それはまたいつかじっくりと問い詰めさせて貰おうかな。
なんて小一時間くらい、ごぼうを擦っていれば「ちょっとええ?」なんて北くんの声。
声の方へと振り向けばげっそりしょんぼりと疲れきった顔の侑を脇に連れて、北くんがこちらに向かってやってくる。
「すまんな。どうしても侑が会いたいって。ちゃんと言い聞かせといたから、まあ良かったらちょっとぐらい話聞いてやってくれんか」
「ううん。大丈夫。……で、何?」
「すまんかった。俺、また要らん事言うて涼香の事怒らせてしもた。俺が悪かったから、帰ってきてくれん…?」
まっすぐ、こちらを見たかと思えばそれだけ言って頭を下げた侑。まあ、答えは出ている。
「侑…」なんて声を掛ければ期待したように顔を上げ、そんな彼を見て笑顔で一言。
「嫌やけど」
「…うっ……涼香ちゃんおらな、俺寂しいねん」
「嫌」
「頼む…!帰ってきてくれ!」
「やだ」
もう、ほんと。心に決めていたのだ。絶対コイツ泣かすまで帰ったれへんって。「頼む」「嫌だ」の攻防を数回繰り返し、やれやれといった顔の北くんと半笑いのまりちゃん。
ついにべそ、と眉を下げて侑は半泣きになりながら口を開く。
「どうしたら、帰ってきてくれるん。おれ、涼香ちゃんおらな生きていけんへん……!」
「……ふ、ふは。ええよ、ほな帰ろう。ごめんね北くん、まりちゃん。ご迷惑お掛けしました。ほら、侑も」
「え、え?すみませんでした…?」
今まで攻防はなんだったのやら、突然許されたことに拍子抜けしたように目をまぁるくしてふたりに頭を下げる侑。
あーあ、ええもん見れた。最後にまた「ごめんね」とだけ告げて、放心状態の侑を引っ張って北農園を後にする。
侑共々、ふたりには迷惑かけまくってしもうたし、後日またお礼に伺ったのは言うまでもないだろう。
────────
「なんだったの、アレ」
「久下の一人勝ちやな。ああいう愛の形もあるんやろ、知らんけど」
「ヘェ……」
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