それでも君と一緒にいたい




 前髪をちょいちょいと弄って整える。
 警察学校生だから、女の子みたいな可愛らしい格好なんてできないけれど、持っているものの中でいちばん良さげなのを選んだし、普段はあまりしないメイクも頑張った。
 一応、ふたりでお出かけという事もあり周りのことも気になるからと、別々の時間に寮を出て待ち合わせをしている。
 寮を出る時、丁度すれ違った真梨ちゃんから「また帰ってきたら聞かせてね」なんて含みのある言い方をされて、少しだけ寮に帰るのが怖いのはここだけの話だ。

 この辺だっけ……なんてキョロキョロと見渡せば既に着いていたらしく、萩らしき人影。
 早く声を掛けようと少し早足になるけれど、その光景を見てついピタリと足を止めてしまう。
 女の人に話し掛けられているのか、笑顔で会話をしている萩。……でも、今日萩の時間を貰ったのは私だから。なんて、ほんの少しだけ勇気を振り絞って。

「研二、おまたせ!早く行こっか」
「っえ、涼香ちゃ…」

 「は?」なんて凄む女性方を背に萩の腕をとって水族館の方へ向け歩き出す。ああ、怖かった……。
 少し強引過ぎたかもしれない、それに、少しだけムッとしてつい下の名前で呼んで牽制したみたいになっちゃった…。
 最近、──萩に好きと伝えてから、一段と我儘になってしまったような気がする。昔なら、我慢できていたのにな、なんて。

「りょ、りょーかちゃん!」
「あっ、…ごめん」
「大丈夫だけど、その……腕が…」
「わ〜!ごめんごめん!」

 ぼうっとしているうちに思わず萩の腕を締めていたみたいだ。慌てて萩の腕を解放する。

「なんか、怒ってる?」
「……だって、今日萩の時間貰ってるのは私だもん。今日くらいは、私だけを見てて。……とか、」
「…情熱的だねぇ」
「もう、揶揄わないでよ」

 照れ隠しのためにぺしりと萩の腕を軽く叩く。
 「ごめんごめん」なんて笑いながら謝る萩に、ああなんだか普段通りに接することができてるな、とか一安心。
 そう油断していたのも束の間。不意に手に触れた少し硬いなにか。繋がれたそれは、確認なんてしなくてもわかってしまう。

「て、手、なん……」
「デートなんだろ?そんならさ、手ェぐらい繋がなきゃ」
「ゔ〜…こころの準備が……」

 突然繋がれた手に心臓がバクバクとうるさい。
 心臓の音は聞こえてないだろうかとか、手汗は大丈夫だろうか、とか。
 というか妙に手慣れてるし、色んな女の子にやったのかな…なんて少しだけモヤモヤしたものが溜まっていく。どうせ余裕なんだ、とかちらりと萩の方を見れば、全然なんてことないみたいなすました顔をしているのにほんの少しだけ耳が赤い。

「……ふ、ふふ」
「どしたの?突然笑ったりなんかして」
「や、その。ふふ。萩、耳赤いよ」
「んな事ねぇよ、涼香ちゃんの気の所為だ」
「でも赤いよ?」
「こんにゃろ、……幼馴染とはいえ女の子とデートすんのに、緊張するに決まってんだろ」

 ぴん、と繋いでいない方の手で軽くおでこを弾かれて思わず額を擦る。なんだ、萩もなんだかんだ緊張してくれてたんだ…なんてちょっと嬉しくなってしまった。
 ……本気でデートだって思ってくれていたなんて、私だけじゃなかったんだ。


 そうこうしている内に目的の水族館に到着。
 他愛もない話を続けながら券売機に並んでいれば、わりとすぐに順番が回ってきて大慌てで財布を取り出す。
 前に居た萩は先にチケットを買い終わったようで、自分の分を買おうと一歩前に進めば不意に手を引かれそのまま入場ゲートへ一直線。

「ちょっ…!私まだ買ってな、」
「ほい、涼香ちゃんどっちがいい?」
「えっ、ええ!?」

 差し出されたチケットは二枚あって、それぞれ違う絵柄だ。どっちがいい?というのはきっとそれの絵柄の事で。
 いや、そんなことより…だ。

「な、なんで私のも買って…って、お金返すよ!」
「いやいや。別にいいよ、デートなんだろ?俺に花、持たせてくんない?」
「ぐ……ありがとう、ございます……」
「ふっ、不服そうだな」

 イルカの描かれたチケットをパッと受け取って、そのまま照れを隠すように萩の手を取り引っ張る。

「……早く行こ!」
「おう、でもあんま急ぐと転んじまうぜ?」
「そんな子供じゃないから平気だよ」
「とか言いながら、昔転んだのは誰だっけな〜」
「あ、あれは陣平が先々行くからで…ってなんでそんなこと覚えてるの!?」

 確かあれは小学生の頃、私と萩と陣平と、あとは千速ちゃんとお母さんたちみんなで少し遠い水族館だかに遊びに連れていってもらった時だ。
 大好きな幼馴染達とお出かけ出来たことが本当に嬉しくて仕方なくて。はしゃぎすぎた結果、綺麗に転んで膝を擦りむいた。ただ、それだけの幼い頃の瑣末な記憶だ。

「もちろん、覚えてるぜ。俺と涼香ちゃんと陣平ちゃん、三人の大事な思い出だろ?」
「……でも、私が転んだのは忘れててよ」
「だってよ、それ笑った陣平ちゃんが姉ちゃんにめちゃくちゃ怒られて、その後すげぇしょげてたのが忘れらんねぇんだもん」
「…ふん、そうだっけ」
「あ〜、そうだ、あれ。涼香ちゃん、確かピンクのクラゲのぬいぐるみ買ってなかったっけ」

 ……どうして私が忘れていたような事ですら覚えているのか。
 そうだ、確か展示を見ていた時。ふわふわと漂い浮かぶ幻想的な姿をしていたクラゲに、幼い私はえらく心を奪われてしまい帰り際のお土産を買う時、お母さんに強請ってクラゲのぬいぐるみを買って貰ったのだ。
 当時好きだったピンク色でふわふわとしたクラゲが嬉しくて、その日はその子をぎゅうっと抱き締めて帰ったような気がする。買ってもらったのはあの時だったのか、なんて懐かしい思い出と共に蘇るのは忘れたい記憶なのだけど。

「うん、うん。あの時だよ買ってもらったの。今は…実家の部屋に飾ってあるよ」
「まあガッコには連れて来れねぇもんな」
「ふふ、うん。米花水族館もクラゲの展示あるよね?楽しみ」
「んじゃまあ、ゆるゆるいくか」
「そだね、ゆるゆるまわろ」

 時折「あの魚美味しそうだね」なんて情緒も色気も何も無い会話を織り交ぜながら、ゆっくりと展示を見ていく。
 子供の頃は見たいものだけを見て、早くイルカのショーとかを観よう!みたいな感じだったけど。大人になってからの水族館はまだいっそう違った楽しみ方で。

「お、この辺からクラゲじゃない?」
「えっえっ、わぁ!すごーい!きらきらだ!」
「あはは、興奮し過ぎて語彙が小学生みたいになってんぞ」
「えー、だって凄いよ?上から下までぴかぴかでキラキラ。すっごい神秘的で綺麗……」

 ぽうっとキラキラした空間についつい見とれてしまう。
 あの時行った水族館とはまた違って、広い空間にたくさん設置された綺麗な水槽の中で漂うクラゲ。音やカラフルな色の相乗効果で、まるで宝石みたいだ。

「ね、綺麗だよ。みて」
「……オウ、綺麗だな」
「写真撮る!真梨ちゃんにもみせたい」
「いいね、俺も何枚か撮っとくとするかね」

 様々な種類のクラゲに目移りしてひとりフラフラと彷徨う。ハッと気付いた時には一通り、ひとりで見終わってしまっていた。

「わ、ごめん。夢中だった……」
「俺の事は気にすんなって、フラフラ見てる涼香ちゃんを見てるのも楽しかったぜ」
「もう…!一応で、デートなんだから止めてよ」
「キラキラ目ェ輝かせて楽しそうにしてっからさ
止めるのも気が引けちまってよ」

 興奮冷めやらぬまま「あの水槽のあのクラゲが、」なんて必死に喋る私の顔を見ながら、優しい顔で「うん」なんて相槌を打ってくれる萩。
 ふ、と目に入ったイルカの絵が書かれた看板。気付けばもうイルカショーの会場の近くまで来ていたらしい。

「イルカのショー、次は一時からだって」
「あと一時間ちょいくらい?観たいね〜。昔観たの未だに思い出してドキドキしてる」
「あ〜、懐かしいな。涼香ちゃん、すげぇキラキラした目で見てたもんな」
「ふふ、あの時は本気で飼育員さん目指そうとしてた」

 懐かしい思い出に目を細めながら歩を進めれば、ふと目に付いたのは床に置かれた少し大きめなカバン。その周りには誰もいないし、誰かの忘れなのかもしれない。

「あれ、忘れ物かな?」
「かもな。近くのスタッフにでも預けいく?」
「うん。そうだね」

 そのカバンを拾いあげればずっしりと重く、一体何が入ってるんだろうか。
 それに、変な違和感。なんか……妙な機械音…?

「なんか、うーん…。開けてみていい?」
「どったの?」
「音、しない?それに、こう…嫌な予感?する…というか……」
「まあ持ち主分かるもん入ってるかもしれねぇし、ちょっと開けてみるか」

 一旦床にカバンを置いてふたりしてそれを覗き込みながらジッパーを開ける。
 不自然に置かれたカバン、変に重いソレ。嫌な予感というものは当たって欲しくない時に当たるものだ。

「わっ、これって…ば、」
「しっ!あんま大きい声出すな。流石に今周りがパニックになるのはまずい」
「ご、ごめん」
「……これ、あと一時間しかないぞ…!?」
「そんな一時間…って、……あっ。もしかして、イルカショー…?」

 「可能性は高いな……」なんて顎に手をやりブツブツと考え事を始めてしまった萩。
 一時間ってことは、時限爆弾なんだろう。普通なら警察呼んで爆発処理班が出動して……というのが当たり前なんだろうけど、如何せん到着からのことを考えると時間が微妙すぎる。

「とりあえず、近くのスタッフさん連れて来て説明して、この辺り人来ないようにしてもらって、」
「ああ、あとハサミ持ってねぇ?なかったら借りてきて」
「は…!?嘘でしょ、……やるの?」
「まあ、出来なくはねぇと思うし」

 解体できる算段が着いたのかどうなのか。まあ、少なくとも出来ないわけじゃない。学生時代は陣平と萩のふたりでそれっぽいことをよくしていた。私は、不器用すぎるが故に見ていただけだったけれど。
 今日はオフとはいえ、一応私達も警察官の端くれみたいなもの。一般人の人命優先。迷う暇なんてない。

「〜っ、わかった。渡したくなかったけど、これで切れる?でも、一応スタッフさんに説明してから解体ね。あとダメそうなら早めに諦めて避難、良い?」
「さっすが涼香ちゃん、ちゃんとハサミ持ってんなんて良い女!おう、任せな。じゃあ、これ見張っとくからとりあえず呼んできてもらえる?」

 偶然持っていたソーイングセットのハサミ、無いよりはきっとマシだろう。
 探すために少しだけ歩き回れば水槽近くにあるスタッフオンリーと書かれた扉。軽く叩いて見ればすぐに人は出てきて、軽く状況説明。訝しむスタッフさんを連れて萩の元へ戻れば信じてくれたのか、そこから上への伝達と通報、一般客の避難誘導までは早かった。

「じゃあ、手筈通り。残り五分とかで無理そうならちゃんと諦めて逃げっから……そんな不安そうな顔しなさんな」
「だって、……っ、死んだら、許さないからね」
「おう!任せろ」

 にっと笑った萩に背を向けてスタッフさんに続く。
 残り時間あと十五分ぐらい、避難誘導を手伝って、無事にイルカの水槽があるフロアに人が居ない状況には出来たらしい。
 ……あの爆弾、どのくらいの爆発の規模なんだろうか。まだ戻ってくる気配のない萩の事が心配になってきた。

「……すいません、連れがまだ奥にいるので…ちょっと見てきます」

 制止するスタッフさんの声を振り切って走り出す。
 多分、戻ったら怒られるんだろうな。でも、そんなことより萩がひとりで死んじゃうかもしれない方が、嫌だ。

────

 緊迫した状況下で走るといつもより余計に息が切れる気がする。はあはあ、と肩で息をしながら戻ってくればそれに気付いたらしい萩は目をまぁるくして驚いた様子で。

「な、なんで戻ってきたの!?」
「だって、だって!萩戻ってこないから!」
「まだ言ってた時間じゃねぇだろ?俺の事は良いから涼香ちゃんは安全な所に居ろって」

 困った様に頭を抱えている萩を見て、堪えていた涙がボロボロと溢れ出してしまった。
 それを見てさらにギョッとしている萩の傍に寄って座り込む。

「絶対に、嫌だ。死ぬなら一緒がいい」
「……ったく、まあ。多分大丈夫だから、もう少しだけ応援してて」
「うん」

 また爆弾に目を戻して慎重に線を掻き分ける。
 パチリ、なんて線を切る音がやけに大きく聞こえて気が気じゃない。
 じぃっとその様子を見つめていれば、何分経っただろうか。萩は大きく息を吐きながら後ろに座り込む。

「っは〜、ビビった。多分これで大丈夫だろ」
「ほ、ほんと?」
「うん。これさ、昔陣平ちゃんと遊びでやったやつと似たようなやつっぽいし。大丈夫だよ」
「は〜…、こわかった……」

 同じように後ろにぽてりと座り込み大きく息を吐く。大丈夫、と断言した通り秒数はもう止まっていて進むことは無さそうだ。
 少しの間放心状態で座り込んでいれば、対爆スーツを来た爆発処理班と思われる人達が現れて、そのままふたり仲良く事情聴取。
 無事解除出来ている爆弾を見て、褒められると同時に学生がこんな危険なことをして!なんてこってりと絞られてしまった。これ、もしかして鬼塚教官にもバレてすっごく怒られるんじゃ……。


────


「はあ〜疲れた、すっごい怒られた……こわかった…」
「な、爆発するかもってあれより怖かったな」
「帰ったら教官にも怒られちゃうよ〜……。今たで真面目にしてきたのに……って、これ退学とかならない!?」
「まあ、大丈夫だろ!危ねぇ事してたの俺だけだし、なんかあったらちゃんと庇ってやっから」

 ……そういう事じゃないんだけど、はあ。また溜息が漏れてしまった。
 結局、水族館は途中でイルカのショーは見れなかったし、お買い物も出来なければ晩御飯も食べに行く予定だったのに、時間的に真っ直ぐ帰んなきゃだし。コンビニで適当に夜食でも買って帰るか、あとは売店かなぁ…。

「うーん、大失敗……」
「こんなイレギュラー起こるとは思わねぇもんな、普通」
「もー、ほんと踏んだり蹴ったりというか」

 ふたりして顔を見合せて苦笑い。
 初デートでこんなこと起きるなんて、米花町はデートには少し向いてないのかもしれない。

「……そういえばさ」
「ん?なに?」
「涼香ちゃんって、もしかして俺の事すげぇ好きだったりする?」
「んなっ…!?なん、なんで」
「えー、だって。「死ぬなら一緒がいい!」って言ってたじゃん?」

 若干、あの時は気が動転していてふわふわとしか覚えていないけれど。そんなことを口走ったような気はするから、多分言ったんだろう。
 ダメだ、顔が熱くなってきた。

「……ゔ〜…、まあ、好きだから一緒に死んでもいいって思ったんでしょ。……もう、無茶しないでね」
「ふっ、あはは!約束は出来ねぇけど、善処はするさ」
「約束してよ!もう……はい、指切りげんまん」

 繋いでいた手を上に持ち上げて小指同士を絡める。ぶんぶんと軽く振ってから開放すれば、それがまた面白かったのか声を出して笑った萩。

「初デートなのに振り回してゴメンな?また、やり直させてよ。次は俺が誘うから」

 ぱちんと軽くウィンクをしながらまた私の手を引いて歩き出す。
 やり直し、……どうやら次があるらしい。まだいつか決まってはいないけれど、またデート出来る上に次は誘われてしまうらしい。

「う、受けて立つ……」
「ふはは、武士かよ」
「あーもう!萩のばか!」

 グイッと繋いだ手を引っ張りながら萩の横に並んだ。



────


「──ということがありました」
「フン…。いいよ、続けて」
「続かないよ?」
「ケチ。じゃあ教官からは?」
「あー…えっと、結局一時間みっちり萩と怒られて、その後は反省文初めて書いた…。あと一週間掃除……」
「ふふ、ご愁傷様だね。じゃあ、次デートの時もよろしく」
「他人事だと思って!」
「他人事だもーん」



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