ぜんぶ、好きになった。
どうやら俺はいつの間にか、涼香ちゃんに夢中になっていたようだ。
決定打はこの間行った水族館での出来事だった。緊迫した状況下での所謂吊り橋効果…ってやつも否めねぇけど、少なくとも涼香ちゃんは俺のことになると自分の命を賭けれる程、どうやら俺にベタ惚れらしい。
もう十数年来の付き合いになる。
あの時の俺には、何で涼香ちゃんと陣平ちゃんが周りのヤツらに避けられていたかよく理解していなかったように思う。まあ、理解していても近付いただろうけど。
何をするにもいつもふたりでいて、周りから避けられコソコソと陰口を叩かれていた彼女らに興味を持った俺は、そんな事も関係無しにグイグイ話しかけたのだった。
最初のうちは怪訝そうな顔でぷいとそっぽを向いてどっかに行ってしまう陣平ちゃんと、困ったような顔をして陣平ちゃんの後ろを追う涼香ちゃんの姿ばかり見ていたように思う。
相手の懐に入り込むのが上手いなんて自負している俺は、あの手この手で関わりを持とうとして、その結果あのふたりの世界に割り込むことが出来たのだった。
仲良くなってから、ふたりの家の詳しい事情を知った。俺にそんな事は関係なかった。陣平ちゃんと涼香ちゃんは大切な親友で幼馴染なんだから、そんな事で関わりを切りたくなる訳なんてない。
気付けば何年もずっと一緒にいた。小学校から始まり中高大、そして警察学校に至るまで同じなもんだから笑ってしまう。
それなのに、彼女からの好意には一切気付けなかった。
いや、涼香ちゃんはそんな感情をひた隠しにしていた上に、彼女にとってそれは得意分野なのだ。俺に気付かせる訳がないだろう。……まあ、陣平ちゃんは気付いてたんだろうな、とか。今更な話だけど。
そんな彼女から告白(かと言われれば微妙だったけど)されたのは二ヶ月前、初めてのデートに行ったのはたしか先月で。先の答えに考え至ったのはデートの後すぐ。
正直、この十数年は幼馴染でしかなかった。
小さな頃は俺らと何ら大差なんてなかった筈なのに、気が付けば身長なんて俺より頭一個分くらい小さいし、力の差なんて歴然。
かと言って、女の子扱いしたかといえば、そうでもなかった気がする。気を遣う場面もあったにはあったけど、大体は陣平ちゃんと似た様な感じだった気もする。
そんな俺のどこを好きになったんだ、なんて聞いた事があったが涼香ちゃんは頬を赤らめて、今まで見た事ないような照れた顔で「いちばんは、私を特別扱いしなかったところ」と呟いたもんだからこっちまで照れてしまった。
多分、その特別扱いは小学生の頃周りからされていた可哀想な子扱いの事で、俺はただ知らなかっただけだから、意識してしていた訳じゃない。
俺のことを好いてくれているなんて嬉しい事じゃないか。
涼香ちゃんの「絶対に好きになってもらう」宣言から、それはもう彼女の事をずっと意識していた。中学生かよ、なんて思わずツッコミたくなるくらい意識していた。
思い出してみれば、無意識なのかかなり近い距離感に甘い匂い、耳触りの良い聞き慣れた声、不意に触れた手、笑った顔、こんな歳にもなって全てにドキリとしていた。
極めつけは「死ぬなら一緒がいい」そんな一言。それを聞いたあの時、多分何かの間違いでこれが爆発してふたりでお陀仏しても、それでもひとりで死んでしまうより良いと思ってしまったのだから。
その時点で俺の負けは確定していた…いや、多分もっと前から負けていた。
さて、問題はここからだ。
先の思考に思い至って一ヶ月、何をするでもなく涼香ちゃんのことが好きだな…とか考え続けるだけで一ミリも進展なんかない。
卒業も近いので出掛けにも誘えなければ、涼香ちゃんサイドからも何も無い。なんなら告白前と変わらないせいでこっちがヤキモキする羽目になっている。
なんせ、意外にライバルは多いようで、今の最大のライバルは降谷ちゃんだろう。……俺よか降谷ちゃんの方がスペック高ぇし、もしかして乗り換えられた?
そんな嫌な考えが頭をよぎる度、大きく頭を振って項垂れる。涼香ちゃんは多分そんな事しない…だろう。
もしかして、涼香ちゃんより俺の方が好きになってる?まさか……なんて、全然有り得てしまう。
はあ……今日も何度目か分からない溜息が口の隙間から漏れ出す。
「萩、さっきからうるせぇ」
「あぁ…陣平ちゃん……はあ…」
「あ゙〜もう!なんなんださっきからオメェはよ!」
「話聞いてくれんの?」
「聞かねぇ」
だと思ったよ!ちょっと期待したのに冷たくあしらわれた俺の気持ちはどうなるんだってんだ。
飽きることなく漏れ続ける溜息に痺れを切らしたのか、近くにドカリと座り足を組んだ陣平ちゃんは「で」なんて話せと促すように続ける。
「陣平ちゃん〜…!」
「ンだよ!早くしねぇと聞かねぇぞ」
「いやさ、涼香ちゃんなんだけ、」
「私がどうかした?」
「うわァ!?」
「えっ、なになに。ごめん、私なにかした?」
背後から気配もなく現れたのは今回の悩みの種である涼香ちゃん。
長い茶色の髪はひとつに束ねられており、彼女が首を傾げればその動きと同じ方向に髪の毛はサラサラと流れる。
「ぃ、や?その〜…、何にも、ねぇよ…?」
「えぇ…?ないなら、いいけど……あ、陣平あのさ──」
思わず声が裏返ってしまったし、かなり無茶な誤魔化し方をした。
涼香ちゃんは怪訝そうな顔をしながらも、陣平ちゃんに用事があったようで既にふたりで話し始めたようだ。
ぼーっと話しているふたりを眺めてみる。そういえば、昔から三人一緒とはいえ途中で仲良くなった俺には入り込めない空気みたいなのがたまにあって、それは未だに少しだけ寂しく感じてしまう。
いや、そんなことよりも…だ。
「ん、そんだけ」
「オウ、あんがと」
「お邪魔してごめんね、じゃあ」
小さく手を振りはにかみながらどこかへ去っていった涼香ちゃん。それを見送ったあと、面倒くさそうにこちらへ向き直り陣平ちゃんはまた口を開く。
「で、アイツがなんだ?」
「き、」
「……き?」
「緊張した……」
「……はあ?」
なにが、と言わんばかりに眉根を寄せこちらを睨み付けている。
そりゃ好きだって認識した相手があんな近くにいて、しかも直前には本人に本人の話聞かれそうになってたとか普通にやべぇだろ。
「なんで涼香相手に緊張する必要あンだよ」
「いやだってさ──…」
……ある意味恥を忍んで、幼馴染に恋愛話を赤裸々に隅から隅まで話したのに「知らねぇよ」とかいう一言で片付けられてしまうなんて、誰が想像しただろうか。
「もっと親身になってくれたっていいじゃねぇか!」
「お前らほんとめんどくせぇから聞きたくねぇんだよ!俺を巻き込むんじゃねぇ!」
陣平ちゃんってばつれねぇでやんの。どうしたらいいんだよ〜……なんてずるずると椅子から滑り落ちれば、しばらく黙ったあと「まあ」と陣平ちゃんはぼそりと呟く。
「早くしねぇと、ゼロに取られちまうぞ」
……その一言で、心臓が嫌に跳ねた。
「……分かってんよ」
「そーかよ」
呆れるように溜息をついた陣平ちゃんの横で、俺はなんとなく天井を見上げる。
今更臆病になっている場合じゃねぇか。
涼香ちゃんが勇気をだして伝えてくれたなら、次は俺の番だ。
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