君の歩みに寄り添えなくても




 この場所へ一番乗りだったのは俺だった。
 気付けばここにいて、上の方からじいっとみんなのことを見ているような。そんな感じだった。
 涙一滴も流すことはなく、ぼんやりと何も入っていない棺桶を見つめている涼香ちゃん。一体誰の……なんて、自分の葬式だとか笑い話もならねぇな。
 恋人の死に、取り乱すことも涙を流すことも無い彼女を責める気にはどうもなれなかった。勝手に、先に死んでしまったのは俺だ。
 いつか涼香ちゃんの言った「死ぬなら一緒がいい」なんて言葉。今では懐かしさすらあるけれど。

 そんな彼女が、俺が死んでから初めて泣いたのはお袋と寮の片付けをしている時。子供みたいにわんわんと声を上げて泣く彼女を、慰めることも抱きしめることも、もうできない。
 そうだ、そう気付いてしまった時には、悔しくて自分の『死』というものを理解して、涼香ちゃんに釣られるように俺も泣いた。
 死んでも、涙って流れんだな。なんだか感心した。


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 次に来たのは毎日見た顔。だけど、三年ぶりか。陣平ちゃんだった。

「仇とれなくて、悪かった」

 顔を見合せた瞬間、陣平ちゃんはそう言った。死に際、俺の言った「仇はとってくれ」なんて言葉をほんとに守ろうとしてくれたらしい。だけど、そんなことより。なにも、俺たちの大事なもうひとりの幼馴染をほっぽり出すことはなかっただろう?
 実は寂しがり屋のあの子は、涙も枯れ果ててしまったのか。また何も入っていない棺桶の前でひとり静かに佇んでいる。

 墓前で、萩の吸ってたタバコ吸い始めちゃったなんて報告をしてくれた。慣れないタバコを吸って、ケホケホと噎せていたのを俺は知っている。夢だった白バイ隊員になったと報告してくれた。誰の真似か、危険なドラテクを披露していたのもちゃんと見ている。
 もう、誰にもいなくなって欲しくない。そう零していたのも知っている。だけど、涼香ちゃんの思いは打ち砕かれてしまったのだ。
 だけど、もうどうすることだって出来ない。これからは、ここから俺たちの大事な幼馴染を見守ってくとしよう。そう決めたのだった。


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 次に見たのは諸伏ちゃん。意外といえば意外だけど、公安の捜査官という立場上有り得なくは無い事だったのかもしれない。
 陣平ちゃんの葬儀以降、同期全員集まることはなくなってしまった。潜入捜査官として、みんなの前から姿を消した降谷ちゃんと諸伏ちゃん。仕事が多忙で時間も取れず、連絡もぱったり途絶えた京極ちゃん。

 みんな段々と居なくなってしまう中、涼香ちゃんの心を支えていたのは伊達班とその彼女であるナタリーさんだった。何とか立ち直っていたはずの涼香ちゃん。
 俺が死んでしまったあの頃より、陣平ちゃんが居なくなったあの時より幾分か笑顔も増えたのに。神様というものがいるのならば、こんな結末を作ってしまった神は残酷でしかない。
 伊達班の事故死、続いてナタリーさんの自殺。

 伊達班の謝罪も届かぬまま。重なる精神的ダメージに、身体へと溜まっていたダメージ。双方の理由から休職することになったらしい。違反者を取り締っていた途中の接触事故。ここまでの事故は彼女自身初めてのことだろう、こんな大怪我は二十年近く一緒に居た中で初めて見たかもしれない。
 正義感が強く真面目な彼女は、自身の失態に悔やんで悔やんで。よく「お母さんに楽させてあげたい」って言ってた、その母の泣き腫らした顔を見て、ぽっきり。ここで涼香ちゃんの心は折れてしまったようだった。
 リハビリ以外では外には出ないし人にも会わない。ぼんやり天井を見つめ、涙を浮かべたかと思えば俺の遺したものや同期たちとの思い出を掻き集めてべそべそと泣いてばかり。

「あいつ、泣きすぎだろ」
「……ほんと、なあ。ごめんな、涼香ちゃん」
「……そろそろ喝入れてやるか」

 これだけ、これだけ最愛の涼香ちゃんが辛いなら、苦しいなら。もうここに連れてきてしまっても良いのではないか?その方が涼香ちゃんも幸せだろうし、泣き暮らす彼女より心からの笑顔の彼女が見れるかもしれない。その方が、幸せなのかもしれない。

「……連れてきちゃ、ダメかな」
「……萩」

 じんわり、醜くてどす黒いものが心を占める。だけど、そんなことをしてあの子は喜ぶのか?いや、俺の知っている涼香ちゃんはそんな事で喜ばない。

「いや、ごめん。嘘。……けど、会っちゃうと。揺らぎそうだし、陣平ちゃん。言伝頼まれてくんね?」
「……んだよ」
「涼香ちゃんが老衰で死ぬまで会わないって。それだけ」
「わーったよ」

 せっかく、会えるチャンスがあったのに。会ってやらない酷い彼氏でごめんな。
 涼香ちゃんは、俺たちの分まで幸せに生きてほしい。俺たちの分も、楽しいこと嬉しいこととか色々経験して、シワシワのおばあちゃんになった時に会いに来て欲しい。きっと涼香ちゃんはおばあちゃんになっても可愛いだろうな。
 そして、その時に他に好きな奴がいたっていいし、涼香ちゃんの愛した男がどんな奴だったか教えて欲しい。「萩より幸せにしてくれた!」そう言って笑ってくれるなら、悔しいけど俺はそれで満足だ。

 陣平ちゃんがあの子の夢であってから、みるみる内に涼香ちゃんは変わっていった。リハビリも今までよりしっかり、ご飯もきちんと食べて健康的だ。顔色も良くなって、笑顔も増えた。
 涼香ちゃんは前を向いて、今を生きようとしている。

「さて、と。陣平ちゃーん!次は姉ちゃんの方見てみようぜ!」
「……千速なんか興味ねぇし」
「そう言って気になってるクセによ。それとも佐藤刑事の方が気になんのか?どうなんだよ」
「るせーなぁ!」

 毎日、君を見守るのもこれで最後だろう。成仏は……涼香ちゃんがここに来るまでするつもりはねぇけど、これからを、君は君らしくどうか幸せに生きてくれ。
 暑さ残るこの季節に、想いを風に乗せて。



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