夕暮れレモンティー
そわそわとした気持ちは落ち着かせて、扉の前で深呼吸。ああ、ついに来てしまったこの日が。
数年ぶりに降谷くんと再会したあの時。「また来てください」なんて言われたから、それを真に受けてノコノコ来てしまったのだけど。
時間は十六時過ぎ、休日なのに庁舎に少しだけ顔を出して用事をしていたら、もうこんな時間になってしまった。立派な休日出勤だ。
今日の晩はどうしよう。少し早い晩ご飯がてらに、ここのサンドイッチなんてどうだろうか……なんてぼんやり考えていたら、真っ直ぐここに向かっていた。
意を決してそっと扉を開けてみれば、時間も時間だし中はガランとしており、人はいなさそうだ。
「いらっしゃいま……ああ、来てくれたんですね」
「あ、えっと……ふふ。来ちゃいました。大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん」
人当たりの良い笑顔の安室さん。案内されたのは窓から近いカウンター席でそこへ腰掛ける。今日はあの女性の店員さんは居ないみたいで、安室さんとふたりっきり。
メニューを眺めてはみるけど、食べるものはハムサンドって決めている。飲み物どうしようかな……なんて決めかねていれば、口を開いたのは向かいの安室さん。
「やはりコーヒーをオススメしたいのですが、このレモンティーも同じくらいオススメですよ」
「……じゃあ、ハムサンドとレモンティーにします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
パチリと片目を閉じて笑う。コーヒーは飲めなくて、紅茶が好きなの覚えててくれたのかな……とか、都合よく考えすぎな気もしてしまうけれど。
特に何も喋る事は思いつかず……というか、どこまで突っ込んでいいのか分からないし、きっと喋らないのが得策だろう。
手際良く調理を進めている安室さんを横目にポチポチとスマホをいじる。
今日、ここに来るまでに同僚や後輩たちにポアロの噂を聞いた。どうやらここでアルバイトをしている『安室透』という店員さんが女子高生に人気らしい。
そんな彼は私立探偵をしているらしく、あの眠りの小五郎の弟子だとか弟子じゃないとか……。
もし、彼が本当に降谷くんだとしたら。昔のことを思い出してちょっとだけ口元が緩んでしまう。
だって、「警察官じゃなくなったら探偵を目指そうかな」なんて話をしていたし。懐かしいな。
……でもそうなると、警察官じゃなくなったのかな……なんて少しだけ胸がざわりとするけど。まさか、あの降谷くんがね。
「お待たせしました。ハムサンドとレモンティーです。……お砂糖はそこにありますよ」
「ふふ。ありがとうございます」
前に置かれた美味しそうなハムサンド。レモンティーにお砂糖をふたつほど入れ、くるくると回す。ひとつでもいいのだけど、溶けていく様子が好きでふたつ入れてしまうのは癖だ。
じゃあ早速、なんて小さく「いただきます」と手を合わせハムサンドを食べる。
……んん、美味しい!ふわふわのパンに合うこのソース。なんだろう、コクがあってとても好みの味付けだ。
夢中で食べていれば、なんだか視線を感じてふと顔を上げる。視線が交わった時、安室さんはふっと目を細める。
「……何かついてますか?」
「いえ、すみません。……髪の毛、夕日に照らされてキラキラしていて……綺麗ですね」
「……ふ、ふふ。口説いてます?」
「ふふ。さあ?でも、凄く綺麗で目を奪われていました」
「あはは、お上手ですね」
あの日から確信は持っていたけれど。これで、絶対的なものになってしまった。むしろ、こんな偶然の一致があるならそれは天文学的な確率だろう。
一通りクスクスと笑いあったあと、ぽつり。安室さん──いや、降谷くんはひとり小さく呟く。
「……君が元気そうで、良かった」
「……そっちこそ」
なんだか、泣きそうになってしまった。最近なんだか涙もろくっていけない、歳をとってしまったからだろうか。
変わらない声に、笑顔に。みんなに置いていかれたと思っていたけど、そこに懐かしいあの頃があって。
なんだか、それ以上何も言い出せなくて……降谷くんもそうなのか無言の時間が続く。だけど、なんだかそんな時間も幸せで。
「帰りました〜、あれ?もしかしてこの前の……」
「ふふ、そうです。ハムサンドとっても美味しいです、通っちゃおうかな」
「そんな!嬉しい〜!歓迎しますよ!ねっ!安室さん!」
「……ええ。是非、またいらしてください。お待ちしてますから」
そう言って『安室さん』の顔で笑う降谷くん。それも少し寂しいけれど、今の彼にはそれが必要なんだろう。
少し温くなった紅茶を飲み下す。ああ、幸せだ。
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