いい子にしてるから




 降谷さんが、数日間家を開けることなんてよくある事だ。

「そういえは、その期間はハロは誰が見てるんですか?」

 なんて興味半分で聞いてみたことがあるのだけど、料理中の降谷さんは「風見かな」と一言だけ答えた。そうかそうか、風見さんが見ているなら安心だとハロの頭をやわやわと撫でればアンッと嬉しそうに吠える。

「…そろそろ、また家を開けなければならなくなってしまってね。その時にハロのことを見ててくれないかい?出来ればでいいんだけど」
「えっ、と。お家連れて帰っ…たら、長たちがいるし…」
「涼香さえ良ければだけど、この家に泊まってくれても僕は構わないよ」

 そう言うとこちらに振り返り、私の目を見ながらにこりと笑った降谷さん。
 そのままちらりとハロを見遣ればくぅんなんて大きな瞳をうるうるとさせながらこちらを見ていた。ハロのこの顔に、私はかなり弱いんだけれど。

「何日くらいです…かね」
「今の所は一週間くらいを予定しているかな。難しいなら風見に頼むし、無理をしなくても大丈夫だぞ」
「や、その。ハロと一緒にいたいなとは、思うから。一週間なら…大丈夫です」
「はは、ありがとう。ハロも喜ぶよ」

 嬉しそうに跳ねるハロを見ながら笑った降谷さん。
 丁度ご飯が出来上がったようで「はい」と目の前に出された美味しそうな料理に、思わず顔が綻んでしまう。
 降谷さんの作る料理は美味しい。だから、たまにこうやってご馳走になるためにお家へとお邪魔している。
 手を合わせてから「いただきます」とお箸を手に取り煮物へと手を伸ばす。

「ん、美味しいです」
「口にあったみたいで良かったよ。ふ、ご飯を食べている時は顔が緩んでいるね」
「…そんなこと、無いですよ」

 自分でもあまり表情筋が柔らかい方とは思っていないけれど、降谷さんに指摘されてしまう程動くことが乏しいとは。
 昔から、家族の前以外ではあまり表情筋の働きは良くなかったけど、それは大人になってからも変わらずで。
 そしてきっと、今顔が緩んでしまうのはご飯が美味しいからだけでは無いのだけど、そういうことにしておこう。

「降谷さんは食べないんですか?」
「ああ、もうすぐ家を出なきゃいけないからな。君の顔だけでも見ておこうと思って」
「……後片付け、全部済まして家の施錠もしておきますのでそろそろ準備した方が良いかと」
「そうするよ。じゃあ、あとは頼む」

 エプロンを外してそのまま椅子にかけ、着替えるために奥へと入っていった降谷さん。
 あ、このお味噌汁今日はお芋入ってる。食べたいって言ってたの、覚えててくれたんだなぁなんて少しだけ口角が上がってしまう。
 ふと視線を感じる方に目を向ければにやにやと笑う降谷さんがこちらを覗いている。

「な、なに見てるんですか!早く行かないと遅れますよ!」
「あはは、分かってるさ。じゃあ行ってくるよ、あ。ハロの餌だけ入れておいてもらえる?」
「はい。分かりました。…行ってらっしゃい」

 食べている最中に少しお行儀が悪いかもしれないけれど、お箸を置いてお見送り。
 「いい子で待ってろよ」なんて頭を撫でられたハロは嬉しそうにまたアンッと吠えている。
 少しだけ、羨ましい…なんて思いながら視線を降谷さんの方に戻せば、伸びてきた腕に引き寄せられてそのままぎゅうと抱き締められる。

「ふ、るや…さ、」
「涼香も、いい子にしてるんだぞ」
「〜っ、わんこと、同じ扱いはやめてください」
「はは、悪い悪い。それじゃあ」

 ちゅうと頭のてっぺんに軽くキスを落とされそのまま降谷さんは部屋から出て行ってしまった。
へたりとそのまま座り込みはぁ、なんて息を吐きながら頭を抱える。
 くるくると楽しそうに私の周りでじゃれるハロの背中を力なく撫でれば、すりすりと手に擦り寄ってくる。
 へろへろな身体に鞭を打って歩き出そうとした頃には、降谷さんの愛車が走り出した音が聞こえた。

────

 ハロとの生活が始まって三日目。
 両親には一週間ほど旅行で家を開けてしまう友人のペットの面倒を見ている、なんてほぼほぼ真実な嘘を伝えて降谷さんのお家で寝泊まりさせてもらっている訳だけれど。
 かと言っても、出勤してから帰るまで。
 まだまだ公安でペーペーの私は早めに出勤、掃除や雑務をこなしてから朝礼、その後は先輩について回って仕事を覚えて。
 先輩達ほどでは無いけれど動き回って帰ってきた頃にはへろへろ。ハロに餌をやってお風呂入ってご飯を食べて、気付けば布団の上でウトウトしている毎日だ。

「ゔ〜ん…はろぉ、今日も疲れたよ…」

 流石に下っ端がペットの世話をするためだけに抜けるのは出来ない、が故に結局無理そうな時は風見さんを頼ってしまっている。
 まあ、降谷さん自身もそれを見越して風見さんにも伝えていたらしいけど。

「なんだか、降谷さんちにいるのに三日も顔とか見てないと…ちょっと寂しいね。ハロは?」

 くぅんと鼻を鳴らしたハロを抱き寄せながら頬をすりすりと合わせる。
 ふふ、可愛いなぁ。なんてもふもふのハロを撫でながら思い付きでスマホを手繰り寄せる。

「ハロ、降谷さんに写真送ってあげるね。あっ、ダメダメ。動かないでよ〜、もう…ハロったら」

 ころころと転がってお腹を見せてくれるハロが愛おしくて、思わずわしゃわしゃとお腹を撫でる。
 ああ、そういえば長と惣と助は元気にしているだろうか。
 ちらりとスマホを見遣れば既読はついており確認してくれたんだとか。後は、無事なんだなって分かるからちょっとだけ嬉しい。

『君は?』
「えっ、これ…えっ、」

 普段は確認がてら既読だけを付けて、帰ってきてからどうだったとか伝えてくれるが多いのに。突然の返信に少しだけ動揺。
 君は、ってハロの写真だけじゃなくて私の写真も送れってこと?なんて、頭を悩ませながら寝返りをうつ。自撮りなんてした事ないし、ちょっと恥ずかしい。
 何度か試行錯誤しつつ、ハロと一緒に写っているもので納得のいくものは撮れた……けど。

「ねぇハロ、これで合ってるのかな、ほんとに。わっ、ハロ!もう、あぶな、あ……」

 じゃれて私に飛び乗ったハロに驚いてスマホを顔の横に落とす。
 間一髪で当たらなかったけれど、拾い上げてみてみれば件の画像はしっかりと送られていて、すぐに既読がつく。
 正直、送るつもりは無かったから心臓が珍しくバクバクと音を立てている。じぃっとスマホとにらめっこしていれば、突然音を立て始めるスマホにびっくりして取り落としそうになる。
 仕事中な降谷さんからの着信、異例中の異例過ぎる。

「はっ、はい。お疲れ様です」
『写真ありがとう。君のお陰でもう少し頑張れそうだ』
「よか…ったです…?」
『それじゃあ…そろそろ、』
「あ、まっ…」

 忙しそうなのに、引き止めてしまいそうになって思わず言葉を引っこめる。
 『ん?』なんて優しい声がして、もごもごと口を動かしながら言葉を紡ぐ。

「その、少し、寂しい…ので、早く帰ってきて貰えると……うれしいです。あっ、ハロ。ハロがです」
『…伝えていた期間からいうと後四日か、そうだな…あと二日、ハロと良い子で待っていて』
「…はい、待ってますから、怪我とかしないでくださいね。それじゃあ……おやすみなさい」

 『良い夢を』小さくふっと笑った降谷さんの声を最後にほんの数分程度の、短い通話は終わってしまう。
 そんな少ない時間でも、降谷さんと話せたことが嬉しくて口元がゆるゆるになってしまった。こんな顔、降谷さんには絶対に見せられない。
 時計を見ればもうそろそろ寝なければいけない時間。ハロはもう私の横でぐっすりと眠ってしまっている。

「おやすみ、ハロ」

 そう小さく呟いてからゆっくりと目を閉じる。
 そのまま、ぼんやりとくらい闇の中に沈みこんで行った。

────

 気が付けばあっという間。降谷さんが家を開けてから五日目、あの電話からもう二日…。
 つまり、もしかしたら降谷さんが帰ってくるかもしれない。朝からソワソワと気持ちが浮き足立ってしまっている。
 珍しく定時退社で真っ直ぐ降谷さんの家を目指す。いつもより早足になってしまうのは、気持ちが急いているからなのか。

 降谷さんのお家につき、鍵を回そうと手を伸ばせば中から気配。降谷さん?いや、もしかしたら風見さん…。最悪の想定としては、泥棒とか。
 ゆっくりと音を立てないように扉を開ければそれに気付いたのか「誰だ?」なんて声が聞こえる。
 何度も聞いた声だから、すぐにわかった。

「ふる、やさん…だ」
「涼香か…びっくりした。おかえり」
「降谷さんこそ、おかえりなさい」

 ちょうどお風呂から上がったところなのか首にタオルをかけた降谷さん。
 靴をパタパタと脱いで真っ直ぐに降谷さんの元へと向かう。ハロも嬉しそうに降谷さんの足元を回っているけれど、少しの間だけでいいからそこを譲って欲しいな。
 カバンを適当に置いて降谷さんの胸に頭を預ければ、降谷さんは驚いたように小さく声を上げて一瞬だけ固まってしまう。

「珍しいな、こうやって僕に甘えてくれるの。それだけ寂しかったってことかい?」
「……はい、寂しかったです。とっても」
「…困ったな、そうやって素直に返された時の事を考えていなかったよ。いい子で待っていてくれたみたいで良かった」

 素直に「寂しい」と口に出した私にさらに驚きつつも嬉しそうに顔を綻ばせ私の背に手を回す降谷さん。数十秒ほど抱き合った後、離れる。
 何となく、恥ずかしくなって眉を下げれば降谷さんは満足そうに小さく笑う。

「この後、少しだけ署に戻って書類を片さなきゃいけないから、もう少しだけ待っていてくれるかい?すぐ終わらせて戻るから、その後は一緒にゆっくりしよう」
「え、と…。今日も泊まって良いんですか?」
「御両親には一週間泊まると伝えてあるんだろう?泊まっていけばいいさ。それとも、泊まりたくなかった?」

 いつもきりりと上がっている眉がしゅんと下がり、首を傾げながら寂しそうな顔をする。
 多分、私はこの降谷さん…と言うより、多分安室さんの顔にも弱いのだ。

「…ズルくないですか?」
「何が?」
「なんにもないです…。ちゃんと待ってますから」
「ああ、明日は休みだろ?僕も久しぶりに休みだからさ」

 もう一度私を引き寄せ、頭の上に自分の顎を乗せながらはぁ、と深い溜息をついた降谷さん。相当疲れているようで固まったまま動かなくなってしまった。

「降谷さん?」
「うーん…ちょっとな。戻りたくないし、風見に全部丸投げしようかな」
「だっ、ダメですよ!風見さん死んじゃう…」
「あはは、冗談だ。さて、充電したしそろそろ行ってくるとするか」

 ぱっと離れて着替えるためか一度奥へと戻って行く。適当に置いてしまっていたカバンを拾い上げハロとその後に続いた。





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