こぼれ話帖 1
この三十分ほど、じっと微動だにせず寝ている涼香ちゃんを見つめる。これ、ほんとに生きてんの?
「ちょっと眠たいから寝るね」なんて座ったまま仮眠を取り出したのだが、なんで座って寝て微動だにしてないんだ。
さすがに心配になって口元に手をかざしてはみたけど、生きてた。
「何してんだよ」
「静かに。涼香ちゃん寝てるから」
「珍しいなあ、涼香ちゃんが昼寝してんの」
安らかに眠っている涼香ちゃんを見て、ニコニコと笑った萩原。いつくっつくんだこのふたり。早くくっつけ。
そうだ、幼馴染のふたりなら涼香ちゃんは昔からこうだって知ってるんだろうか。
「涼香ちゃん、微動だにしないんだけど。これ、昔から?」
「あ〜……」
「昔からだな。癖みてぇなもんだよ」
そう言って気まずい顔をした萩原と、苦虫を噛み潰したような顔の松田。
癖、ねぇ……。なんて考えてみるけど、理由も分かんないし考えを放棄する。
「近くでこんだけ喋ってても起きなくなったから、マシになった方か」
「だなぁ。それか、それだけ京極ちゃんの事信頼してんのかねぇ?妬けるなぁ。なっ、陣平ちゃん」
「別に妬けるもクソもねぇだろ」
「……昼寝くらい、静かにさせてよ……」
急にぱちりと目を開けて、はあと小さく溜息を零した涼香ちゃん。本当に、ただ目を瞑っていただけくらいの感じでちょっとびっくりしてしまった。
「……ほんとに寝てた?」
「ふふ、寝てたよ」
「嘘だぁ……」
ぐぐぐ、と気持ち良さそうに大きな伸びをしながらあくびをしている。
「そうだ」
「ん?」
「私。真梨ちゃんのこと、ちゃんと信頼してるよ」
んふふ、なんて人懐こい顔で笑う涼香ちゃん。一体、いつから起きていたんだ。そんなことより、
「涼香ちゃん。濃厚なちゅーしたろか」
「なんでそうなるの!」
愛情表現なのに、怒られてしまった。とほほ。
▼△
「そういえば、真梨ちゃんってなんで警察官を目指そうと思ったの?」
「唐突だね」
「なんだか気になっちゃって」
「じゃあ、涼香ちゃんは?」
さっき、陣平たちから聞いたみんなの警察官を志した理由。やっぱりみんなそれぞれで、なんだか真梨ちゃんの理由も気になって聞いてみたのだけど。
私が、私が警察官を志した理由。ゆっくりと瞼を閉じてあの時のことを思い出す。あの時は、色々とバタバタしていて大変だったな。
「……小学生の頃。警察の人にお世話になってね、その時のお姉さんが優しくてかっこよくて。そんな風になりたいなって思ったから……まあ、警察官に憧れて。かなぁ」
「ふぅん。涼香ちゃん……何やったの?」
「私はやってないよ!?その、色々あって」
「そうなんだ」
「で、真梨ちゃんは?」
一体、真梨ちゃんが警察を目指した理由とはなんなのだろうか。
流石に真梨ちゃんが陣平みたいに警視総監をぶん殴りたいから!で志したはずは無いだろうし……、萩みたいに倒産しないから……公務員だから?でも、真梨ちゃんのイメージだと警察官よりは、役所とかそっちの方行きそう……。
もしかして、私と同じように憧れた人がいたから?なんてひとりぼんやり考えていれば、思い出すように真梨ちゃんはゆっくりと口を開く。
「昔さ、お世話になった駐在さんがいたんだよね。涼香ちゃんの言葉を借りたら、憧れたからだね」
「へぇ!どんな人だったの?」
「……よく、ふらっと迷子になってた私の事探してくれた気のいいおじさんだよ。あー……、今思えばあれって初恋だったのかもね」
「え!?」
「えっ!?」
真梨ちゃんの口から発せられた「初恋」なんて言葉よりも、先に驚いた声を上げた諸伏くんの声にびっくりして、私も釣られて声を上げる。
近くにいたの、全然気付かなかった。目を丸くした諸伏くんに「いたんだ」なんて軽く手を挙げた真梨ちゃん。
「え、えっと」
「ちょっと待って。ヤニ吸ってくる」
「えっ、ああ……行ってらっしゃい……?」
ぱんぱんとポケットのあたりを叩いてタバコを探しながら、喫煙所へと向かって行った真梨ちゃん。そんな後ろ姿を見送る私と、未だ呆然としている諸伏くん。
「諸伏くん……」
「……えっ、と。どうしたの?」
「……ドンマイ!」
「それどういう意味…!?」
多分、短い付き合いではあるけれど真梨ちゃんは手強いと思う。頑張れ、諸伏くん……。そんな気持ちを込めて、ギュッと拳を握ってファイトポーズでエールを送るのだった。
△▼
「じゃあ萩原、頼んだぞ!」
「えぇ!?嘘っすよね?俺、彼女いるんですけど、」
「関係あるか!お前の負けだからな!」
唐突に先輩が「暇だ」なんて言い始めたトランプゲーム。萩原が負けたら合コンのセッティングをしろ!だとか何とか。……まあ、見事に負けた。全員で俺を負かしに来たら流石に負ける。
百歩譲ってセッティングだけかと思っていたら、俺も強制参加らしく重い溜息を零す。
涼香ちゃん、なんて言うかな……。
「──てなわけで、合コン……行ってきてもいい?」
「いいんじゃない?」
「えっ、ほんと?」
「先輩との約束でしょう?破らない方がいいだろうし、私がダメだなんて言えないよ。そもそも、萩の自由だし」
すんなりとOKを出され、かなり拍子抜けだった。
こういうのって、嫌がるもんじゃねぇのか……?とか思ってみるが、言い出しっぺがこんなこと考えても仕方がない。
ただ、ただほんの少し。言い方にトゲがあると言われれば……あるような。付き合い始めて、漸く涼香ちゃんの言葉に隠された気持ちを見抜けるようになってきた……気がする。
「いつ?」
「来週の金曜の夕方かな」
「あ、その日休みだ。私も出掛けてこようかな」
ふんふ〜んなんてご機嫌で鼻歌を歌っている涼香ちゃん。あれもしかして気の所為、俺の考えすぎだったか?
ほっとしながらグラスを手に取りお茶を飲み下す。俺の勘違いだったら良かったんだ。……ほんとに。
「あ、もしもし?おじさん?涼香です!お久しぶりです〜。あのね、来週の金曜日なんだけど……久しぶりに稽古つけてもらってもいい?……うん。ふふ。分かりました!はい、はーい」
……おじさん?稽古……?嫌な予感がする。背筋に嫌な汗が流れるのを感じつつ、疑問を口に出す。
「ど、どこ行くの……?」
「陣平のお父さんのとこだけど。久しぶりに、稽古つけてもらおうと思って」
完全に目は据わっていた。拳は既に固く握られており、腕には……筋が……。
「す、すみません!合コン断ります!ごめんなさい!来週の金曜日!俺の仕事終わったら一緒にご飯行こう!?な!?」
「ええ?別に、いいのに。運動したいし」
「待って、ごめん!俺が悪かったから!拳パンってするのやめて!?」
涼香ちゃんの拳は痛い。なんせ、陣平ちゃんの親父仕込みだ。小学生の頃から大人になるまで、護身術代わりとして教わっていたのをしっかり見ている。
怖い顔で笑っている涼香ちゃんを、冷や汗を垂らしながら宥め続けるのだった。
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