今はまだ、この距離のままで




 目の前いっぱいに萩。顔にふわりとかかる彼の前髪がこそばゆい。
 唇に触れた柔らかいものに思わず目を見張って瞬きのタイミングを見失う。そのままぼうっとしていれば萩はゆっくりと遠のいていった。

「……はは、目ぇ閉じなかったの」
「……びっくり、して」

 照れたようにそう笑う萩に顔が熱くなった気がする。何度繰り返しても慣れない行為にやっぱりまだ照れてしまう。
 私の腰へと跨るように座った萩が動いて、古いベッドはギィと軋む。また顔が近付き、緊張で喉がひくりと動く。ギュッと目を閉じるけれど、次は何もなくて。私の顔の横に顔を埋めた萩は、躊躇うように口を開く。

「俺は、そういうことしたいけど。涼香ちゃんの嫌がることは……したくねぇから」
「そ、そういう……ことって。その……」

 付き合って何ヶ月が経っただろう。こんな歳にもなるけれど、未だプラトニックなお付き合いだ。
 もちろん、手は繋ぐしハグたってする。お泊まりをすれば同じ布団で抱き合って眠るし、……キスはした。けれど、その先には進んでいない。
 萩は私に遠慮してか、キス以上の事はしてこなかったし、私自身はそこまでそういう欲がないみたいで。萩に髪に触れられ頬を撫でられ、ただ抱き合うだけで充分だった。

「その、……わたし。そういう、欲があまりなくて……」
「知ってる」
「……それに、あの。……そういうこと、した事ない、から……」
「……え?」

 この世に生まれ落ちてから二十数年の時が過ぎた。初めてお付き合いした相手は萩だ。つまりほんの少し前まで、いわゆる彼氏いない歴=人生だった訳だ。
 行きずりの相手と……なんてことは誓ってない。だって、ずっと萩のことが好きだったから。今思えば、私ってば妙に一途過ぎて重たいかもしれない。

「……外注しても、いいんだよ。そういうことするの。私、気にしな……」
「なぁに言ってんだよこの馬鹿!」
「うぇっ」

 頬をぶにぃっと掴まれて今とんでもなく不細工な顔をしているだろう。だけど、萩はそんな私とは正反対に少しだけ苦しそうな顔をしている。

「俺は涼香ちゃんとしかしたくねぇし、涼香ちゃん以外とするくらいなら一生出来なくたっていい」

 その言葉に、ひときわ心臓は大きく跳ねた。そんな風に躊躇いもなく言ってのける彼。昔も、仲良くなったあの時だってそうだった。
 躊躇いもなく、自分のしたいように、思うままに言葉で伝えてくれる彼が眩しくて。また一段と深く、彼に惚れ直してしまった。

「……でも、私と一生そういう事できないかも」
「涼香ちゃんと居れりゃそれでいいよ」
「……さっき、したいって」
「そりゃ好きな女の子と一緒にいたら、俺だって男だししたくなるだろ」
「ふふ、ごめんね。ありがとう。……好きよ」
「俺も」

 萩の逞しく大きな背中に腕を回し、思わずぎゅうと抱きしめれば応えるように体重をかけられて。彼の大きな体は重たいはずなのに、なぜかその重さの分だけ幸せを感じる。
 普通の恋人がどうしているか、なんて私には皆目見当もつかないけれど。それでも、萩とずっと仲良くいられますように。そう心の隅で強く願うのだった。



back ┊︎ next

top