最初の一打
始まりは強烈やった。
バチンと体育館中に威勢よく響く音と衝撃に何が起きたか分からんまま、思わず目を丸くした。遅れてジンと痛くなる頬、ぽかんとしていれば目の前に立った女生徒……多分先輩だろう人が口を開く。
「お前、今女の子に手ぇ上げたやろ。何したか分かってんのか?あと、こっちかて好きでお前らの応援行ってんとちゃうねん。あんま調子乗んなや」
手ぇ上げた言うても、軽く突いたくらいやん。それにお前の方が俺に手ぇ上げとるやろ、なんて。軽く突いたくらいで尻もちをついてしまった女を見る。
「軽く押したくらい、とか思ってないやろな。男と女の力の差も分からへんの、お前女と付き合うたことないやろ」
「ンなっ、」
「口答えする暇あるんやったらはよ謝れや。その口は飾りか?」
「……すまん」
ぼそり、そう言えば目の前の先輩は拳を握り直し、振りかぶっ……。
「く、久下!!落ち着け!」
「アランくん、止めんといて。このクソボケは多分殴って教えたらな覚えへん。おい、私に謝ってどうすんねん。あと「すまん」じゃないだろ。謝ったことないんか?お前」
アランくんに止められた先輩は「久下」と言うらしい。散々な言われようでちょっと心折れそうや……。
「……ごめんなさい」
「こ、こっちこそ侑くんの邪魔してごめんね」
そう言って突き飛ばしてしまった同級生に向き直り、頭を下げればそう返ってきて。これで仲直り完了したか…?なんてチラリと久下先輩とやらを見遣る。
「宮くんやっけ。さっきはカッとなってぶってごめんなさい。それにあの子も君の練習の邪魔してしまってたんよね。それも含めて、ごめんなさい」
さっきの態度とは裏腹に、そう言いながら深々と頭を下げる先輩に混乱してまた思わず目を丸くする。
人をぶって、(正論があったとはいえ)散々口悪く罵ったと思えば、謙虚な態度で謝ってきたり。温度差で風邪引くわ!
「ま、まあ丸く収まった……って事でええんか?」
「ほっぺ、赤なってる。ちょっと来な」
「えっ、うわ」
グイグイと引っ張られ女子トイレ前。待っとれと言わんばかりに放置され少し待っていれば、濡れている小綺麗なハンカチを畳みながら現れる。
「まだ使っとらんから安心して。冷やしときな」
「お、おう」
「その男前な顔、私が腫らしたとか言われて責められたら敵わんからな。ぶったんは悪かったけど、宮くんも女の子突いたり手ぇ上げたりしたらあかんで」
「……分かりました」
「よし」なんてへらりと笑う久下先輩。なんだか少し暑い気がする。濡れたハンカチを頬に押し当てながら気を紛らわせていれば「涼香先輩……!」なんてパタパタと走ってくるさっきの女子。
「ああ、ごめん。そろそろ戻らな。じゃあ」
「ちょっ、待って。ハンカチ!」
「ええよ。捨てるかなんかしといて」
そう言ってひらりと手を振り去って行った彼女の背中を見つめる。
くげ、りょうか。久下涼香……。多分、一個上のちょっと怖い先輩。
後からアランくんに聞いたら二年連続同じクラスらしく、吹奏楽部の人らしい。やから「好きで応援行ってんとちゃうねん」か。
同級生と揉めた原因は、あいつが練習中に絡んできたこと。バレーの邪魔されてウザかったし、吹奏楽部だと言う彼女に向かって「うるさいし、あんなもん要らんわ」とか言って、邪魔だからと押してしまって。なんて事があったからあの言葉だったんやろうな。
「普段は優等生でしっかりしとるしええ子やで」
「あんな怖いし口悪いのに?」
「怒らせるようなことした侑が悪いやろ」
ケラケラと笑うアランくんを横目にドカりと座り込む。まあ、確かに黙ってたら美人やししっかりはしてそうやけど……。
生乾きみたいになってしまったハンカチをじいっと眺める。捨てて良いって言われたけど、まあ、返してやらなな。
────────
「……久下先輩いますか」
ザワザワとしている二年の教室を開けてそう一言。居るっぽいけど気付いていないのか、久下先輩は出てこない。
近くに居た先輩が呼んでくれてようやく気付いて。
「どしたん?」
「これ」
「え、別に良かったのに」
「こんなん捨てにくいし、オカンに返して来いって言われたし……」
怒られたんはほんま。洗濯機の前でハンカチ持ってオカンにバレんようにするにはどうするか、とか悩んでたらすぐにバレて事情聴取後、ゲンコツを食らった。痛かった。
「ありがとう」
「え」
「え、って何?ああ、ほら。もうチャイム鳴るで、はよ教室戻りや」
「うん……また」
「はいはい、またね」
ぼんやり、なんか、まだ喋りたかったけど背中を押されて教室を後にする。
お礼を言われたあとにこーっと人懐っこく笑った顔が忘れられず、ガシガシと頭を搔く。なんか、ほんま調子狂うわ……。
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