あの日の音が、また聞こえた。



 
 初めて見た時、一瞬何の悪夢かと思った。
 入学式当日、張り出されたクラス表をぼんやりと眺めていれば、見覚えのある忌々しい名前。なんで都立に?まさか、見間違いじゃない?なんて眉を顰めつつクラス表をもう一巡したけれど、どうも見間違いじゃないみたいだ。
 要圭と清峰葉流火。要圭はまだしも、清峰の方はそうそういる名前じゃないから確定だろう。なんで、あの二人が都立なんかに。
 それに幼馴染とはクラスが離れてしまっている。そこに関しては少しだけ、残念だ。

 そして、悪い事というのは案外続くものだ。クラスへと向かえば既に新しいクラスメイト達はちらほらと席に座っていて、近くの者同士で話している訳だけれど。
 中学時代は男女が別れていたから、何となく高校でもそうなると思っていた。
 けど、そんなことは無く男女ごちゃ混ぜ。ということは……なんて恐る恐る自分の席へと向かえば、見覚えのある金髪とデカいやつ。最悪最悪最悪。
 要、清峰、そして久下。見事にかきくと並んでしまっている。しかも前が清峰、黒板の半分くらいが見えない。
 終わった、なんて思わず肩を落とすのだった。


────────


 なんて軽い悪夢から数日が経った。
 まあ、向こうは私の事なんて知らないし、一方的にこちら側がうっすらと嫌悪してるだけでただのクラスメイトでしかないから、なんてことは無い。
 ところで要圭ってあんなんだったっけ?なんて中学時代、応援に行った試合で遠くからしか見た事がないだけで、普段はあんな感じだったのだろうか。


 学校生活はそこそこ上手くいっている。近くの席に仲の良い友達もできた。中学時代の知り合いなんて、他クラスに幼馴染がひとりいるくらいだから。
 本当は、その彼との関わりを断ちたくなくて彼が心配で、追いかけてこんな都立まで来てしまった訳だけど。正直、中学の時彼が野球を辞めてしまってから、若干避けられてしまっているようで関係はあんまり良好ではない。
 ……藤堂くんは今でも、私のことを幼馴染だと思っているだろうか。

 と、まあ新しい人間関係を築くのに時間かかるなあ、なんて思っていたけど杞憂だった。今日だって一緒に寄り道する予定だ。
 用事を済ませ生徒玄関で待っているはずの友達の元へ向かおうと足を早めれば、何度も聞いた“バカン”という重たく気持ち良い音が聞こえ、ふと打席に立つ彼を思い出す。
 ……あれ、そういえばこの学校って野球部なかったよね。

「お待たせ!」
「大丈夫だよ〜!」
「……ねえ。あのさ。この学校って……野球部あったっけ?」
「うーん……あ、部活勧誘のとき、同好会がいた……かも?」

 思わず、目を大きく見開く。まさか、まさか。

「ご、ごめん。ちょっと、わたし。っ、ごめん!」
「えっ、ちょっ、涼香ちゃん!?」

 行かなきゃ、もしかしたら、もしかするかも。違うかもしれない、だけど確かめなきゃ気が済まない。
 なんて音の聞こえた校庭へと走る。胸が苦しい、久しぶりにこんなに焦って走っている。
 息を切らし、フェンス際。大きく深呼吸してからゆっくりと顔を上げれば、また気持ちの良い打撃音。楽しそうに笑っている顔に、応援席から見ていたあの日の背中が過って思わず涙腺が緩んで、ずびりと鼻を鳴らす。
 あおくん、また野球始めたんだね。たのしそうで、よかった。

「どこ行ったのかと思ったよ……って、大丈夫?何かあった?」
「ううん、その。大丈夫。これ、嬉し涙だから」

 えへへ、と笑って見せれば友人は安心したように微笑み口を開く。

「うちって、本当に野球部あったんだねぇ」
「ね。良かった、本当に。ふふ、嬉しいなあ」
「野球好きなの?」
「…うん、見るの、本当に好きだったの。だから、嬉しくって」

 また、彼の応援が出来るかもなんて。なんて幸せなことだろう。──同じ高校に来て、本当に良かった。ぎゅうと握ったフェンスが音を立てて揺れる。
 「それじゃあ、また見に行こうね」なんて優しく笑う彼女に「もちろん」なんて笑顔で返すのだった。


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