その恋に恋をした
「降谷くんの髪の毛、キラキラしてて綺麗だね」
「……え?」
「…えっ、待って。ちょっと距離の詰め方間違えちゃった」
突飛な事を言い出したかと思えば、神妙な顔をして悩んでいるのは同じ教場の久下涼香。
同じクラスの数少ない女生徒で、同じ班の松田と萩の幼馴染らしい。特に、松田とは物心がつく頃から常に一緒だったと聞いた。
彼らと仲良くなってから「同じクラスに幼馴染がいる」と紹介されたのが彼女で、今まであまり接点はなかったのだけど。
教官から雑用を頼まれ、同じく雑用を頼まれたのがこの久下さん。黙々とこなしていたはずなんだが、ふと声を漏らしたのは久下さんの方だった。
「なんか、ごめんね。すごい変な距離の詰め方しちゃった。でもね、降谷くんの髪の毛が夕陽に照らされてね、キラキラしてて」
ああ、確かに。外を見ればいつの間にか顔を沈めているオレンジ色の夕陽が目に刺さって、痛いくらいだ。
眩しそうに目を細めながら久下さんは続ける。
「凄く綺麗で、目を奪われた……的な?」
「ふっ、あはは。もしかして、今僕は口説かれているのかな?」
「やっ!違くてね!?うーん、その、なんというか」
慌てたように目を丸くして久下さんはモゴモゴとお茶を濁す様に目を背ける。
なんだろう、なんて首を傾げれば観念したようにぽつりぽつりと話出す。
「その、入学したての頃。降谷くんの髪の毛って、綺麗な金色で目立ってたでしょう?」
「ああ……まあ、ハーフだからね」
「色んな人に揶揄われて、……それこそ、陣平とか。それでも、堂々としてて。こう、芯の強い?所みて、かっこいいなって……思ってた」
「……ありがとう。やっぱり、口説いてるだろ」
「そ、そんなつもりはなくってぇ……!」
ころころと表情が変わる彼女を揶揄うのは、少しだけ楽しいかもしれない。
その後も色々と話を聞けば、久下さんも地毛が茶髪で学生時代は色々とあったらしい。
警察学校に入学したすぐ、僕と同じように教官に目を付けられていたらしく。もういっそ黒く染めてしまおうかと悩んでいた折に、同じような境遇の僕が居て。
「そりゃ、茶髪だから。金髪の降谷くん程のことは、なかったかもしれないけど。それでも曲げること無く堂々としてる降谷くんの事、人として憧れるなって!そんな事とか考えてたら口に出しちゃってた」
そう言ってくすくすと笑いながら雑務を続ける久下さんの方を見れば、綺麗に纏められた長い髪の毛が暖かい光に当たってきらりと輝いている。
「…うん、確かに。久下さんの髪の毛も、陽の光に当たって綺麗だ」
「……なんか、確かにこれは口説かれてるみたいかも」
「ふふ、分かってくれたかい?」
お互い顔を見合せてくすくすと笑いながら雑務を続ける。
弾む会話の中、久下さんの横顔が眩しくて仕方がなく思えた。
────────
何となく自覚したのは、彼女を目で追いかけ始めてから。
今何処にいるんだろうか、なんて辺りを見渡したり。今頃何してるんだろうか、なんてぼんやりと考えたり。
極めつけは「降谷くん」なんて僕を呼ぶ声が恋しくなった辺りからか。我ながら少し女々しい気もしたけれど、これを『恋』と呼ばなければなんと呼ぶのだろうか。
いつも目で追いかけてしまっている久下さんだけど、そんな久下さんも誰かを目で追いかけているようで。そして、そいつの近くに居る時の彼女の顔はいつもより数段眩しく見えるのだ。
「…なあ、久下さん」
「うん?どうかした?」
ふたりでの雑務も、もう慣れたものだ。一番最初のあの時に、想像以上に捗った結果その後もこうして二人で任されることが多くなってしまった。
僕としては、意中の相手と二人になれるのであればそれは願ったり叶ったりだし、案外しっかり者の久下さんは文句を言うこともなく毎回きちんとこなしている。
呼びかければ顔を上げつつ首をそのまま傾げた久下さんに少し目をやり、そのまま手元の作業に意識を戻す。
そして、ずっと思っていた事を何となく口に出してみる。
「君、萩のことが好きなんだろ」
「んなっ!?」
がたっ、なんて大きくなった音がその質問の答えを物語っているようなもので。
やっぱりか、なんて。何となくわかってはいたけれど、少しだけ苦しくなってしまったじゃないか。
「よく萩のこと、目で追ってるだろう?近くに居る時は表情がいつもと明らかに違って見えるよ」
「うそ、嘘だぁ…。……その。今まで、誰にもバレたこと無いんだよね。降谷くん、よく見てるね。……探偵だったりする?」
「あはは。いいね、探偵。警察官じゃなくなったら、探偵を目指すのもありかもしれないな」
まあ、探偵だから…とかでは無い。
久下さんは僕の観察力がどうだこうだと言いたいのだろうけど、理由は単純明快で。僕が久下さんのことをいつも見ているからだ。
こう言うと少しストーカーじみて聞こえるだろうけど、綺麗に言えばただ好きな人を目で追いかけていたら気付いてしまった真実でしかない。
「な、内緒ね?」なんて口止めするかのように慌てている姿は、他の男の事でなければ可愛いと素直に思えたんだろうけど。
「どうしようかな」
「…うっ、何が目当て?……ジュースとか、奢ろうか?」
「ふ、冗談だよ。まあ、でも。また今度ご飯でも奢って貰おうかな」
「くそう、降谷くんって…案外意地悪だよね」
「そんなことないさ」
ライバルは相手の幼馴染。正直勝てる気はしないけど。
萩自身、久下さんからの好意には気付いていないみたいだし、なんなら僕にアシストしているようにも見えるし、そうなると僕にもチャンスが回ってくるかもしれない。
好きな相手の恋路なら、身を引いて応援するのが正しい行動かもしれないけれど。一ミリでも、僕に可能性があるのならカッコ悪くても足掻くのが僕のやり方だ。
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