その穴を抱えて、私は歩く




 それはあまりにも突然の報せだった。

「萩が死んだ」

 そうやって陣平から聞いた時は、そんな趣味の悪い冗談があってたまるか!なんて嘘だと思っていた。ただ、それはどうやら至って真面目な報告だったようで。

 かなり薄情かもしれないけれど、正直その時のことはよく覚えていないし、涙なんて一滴も流れはしなかった。ただただ、もうあの大好きだった笑顔は見れないんだという喪失感、ぽっかりと胸に空いた穴がやけに大きくて苦しくて。気が付いた頃には、萩自身が存在しない彼のお葬式は終わってしまっていた。

あんな爆発に近距離で巻き込まれたなら突然だろう、遺体は……骨の一片すら残らなかった。対爆スーツを着ずに、なんなら爆発の直前まで近くでタバコを吸っていただなんて。萩らしいと言えばそうだし、そんなことするな!という怒りすらもある。
 落ち込んだ私の気を紛らわそうと、同期や千速ちゃん達が気を遣って話しかけてくれてはいたけれど、彼の姿形のない棺桶は空っぽで寂しくて、まるで実感が湧かなかった。

 十余年の片想いの末、数ヶ月前に実った筈のそれは約半年で幕を閉じてしまった。
 この前のお休みはふたりで同じ時間を過ごしたし、あの事件の前の日だって、メールのやり取りと寝る前に少しだけど電話だってした。
 どうってことない、そんな日が続いていってこれまでみたいに、これからもずっとずっと一緒に居れるものだと思っていたのに現実は残酷だった。

『涼香ちゃん、写真撮ろ。ほら笑って笑って』
『え〜、ふふ。……ん?撮らないの?』
『これな、動画だよ』
『ちょ、なんで動画なの!』

 あはは、なんて楽しそうに笑っているこの動画もつい数日前の事だった。あの時、あの瞬間を生きていた彼に縋り付くように何度も何度も再生した。
 それでも、少しも気分は晴れないのだからやるせない。

────

 お葬式が済んでから数日が経ち、萩が住んでいた寮の部屋の片付けをおばさんたち……萩の家族の好意で手伝わせて貰った。
 おばさんとふたりで萩の部屋を片付けている最中、ふたりで撮って現像しておいた写真やお揃いで買ったもの。萩の使っていた香水やタバコとか。どれも全部全部、大切で捨てられなくて、どれも大事な思い出で。
 もう会えないんだって改めて自覚した時、子供みたいに声を上げながら泣いてしまった。
 そんな私の背中を、おばさんは涙を流しながら落ち着くまで撫でてくれていた。


────────


 萩の殉職から数えれば、あと数日で四年になろうとしている。心は今も晴れないまま、ぽっかり空いたままだった。
 変わったことはと言えば、当たり前だけど萩が居ないこと。あとは彼の吸っていたタバコを私もたまに吸うようになったということ。
 やっぱり、最初の頃は煙がダメで噎せてばかりいたけれど、続けていれば案外吸えるようになる訳で。それでも、まあ。タバコなんて吸うもんじゃない。辞めれるなら、辞めたいものだ。
 他には、無事に夢だった白バイ隊員になれたこととか、直近であれば陣平が爆処から捜査一課に配属されたこと。

 爆処なんて危ないところから転属されたのは、私にとっては嬉しいことでもあるけれど、転属の理由が『萩の仇をとるため』だなんて。正直心配でしかない。
 私の願いはもう、誰にも居なくなって欲しくない。大切な同期たち、幼馴染は特に……だ。

────

 そんな願いは呆気なく打ち砕かれることになってしまう。
 陣平が捜査一課に転属してからピッタリ一週間のこと、奇しくも萩の命日だった。
 例のFAXの件は勿論知っていた、陣平がそれに目をつけて転属希望を出していたのも知っていた。だけど、淡く、ぼんやりと。この件はどうにかなると思っていた部分もある。
 無事に陣平があの時の犯人を捕まえて、萩の仇を打つんだなんて、ぼんやりと考えていたけれど。そんな生温い考えは捨てて、きっと仇討ちなんて止めるべきだったんだ。


 杯戸町の観覧車が爆発する少し前だったのだろう、陣平から『悪い』なんて一通だけメールが来ていた。
 警ら中ということもあり見れずに、警らから帰ってきた後、そのメールを見て、同僚からの報告で陣平が爆発に巻き込まれて殉職した事を知った。

 目の前は真っ暗になった。そのくせして頭は真っ白で何も考えられない。

『悪い』

 これはきっと、死ぬ事が分かってたから。私が常日頃、もう誰にも死んで欲しくないと零していたのを覚えていたからこその謝罪だったのかもしれない。
 陣平の教育係で、最後まで連絡を取っていたらしい佐藤さんから、陣平は大勢の人を守るために亡くなったということを聞いた。

 そしてまたこれも、薄情かもしれないけれど陣平のお葬式も薄ぼんやりとしか覚えてない。
 萩の時より酷かっただろうに。またもや中身のない棺桶をぼんやりと眺める。涙もとうに枯れ尽きていてカラカラで、大切な幼馴染ふたりを亡くして自分の半分以上が失われたように感じた。

 これは大変だろうと陣平の遺品整理のため、陣平のお母さんを手伝い彼の部屋を片付けた。
 いざ部屋に行ってみれば、萩の時ほど物なんて無くて。なんならこうなることを予感していたのかとすら疑うくらいで、片付けなんてすんなりと終わってしまった。

────

「蚊取り線香かよ」
「…まあ、そんなとこかも」

 タバコに火をつけたまま、ぼーっとすることがよくあった私にそうやって呆れたように話しかけてきたのは陣平だ。
 喫煙所でふたり揃えば、どうしてもタバコの香りで萩を思い出して、いつもの三人でいるように思えて苦しいような、落ち着くような。

 ただ、それももう出来なくなってしまった。
 ちょうど少し前から、萩が吸っていたタバコの廃盤が決まってしまい、例のメンソールのタバコはもう吸えなくなってしまう。だから、陣平の部屋にあったタバコは貰った。
 これからは、これが廃盤になるまでこのタバコを蚊取り線香にしてやるつもりだ。


────────


 そうえば、あの同期が集まったのは多分萩のお墓参り……陣平が亡くなる一日前とかが最後だったかもしれない。
 それ以降、まりちゃんと降谷くんと諸伏くんには会っていないし連絡も取れていない。もちろん、陣平のお葬式でも見ていない。確か、公安がどうとか。それなら仕方がないのかもしれないけれど。

 だから、あの同期組は私と伊達さんだけになっちゃった訳で。
 みんなみんな居なくなってしまった、陣平が亡くなってから伊達さんは私を元気付けるように食事に誘ってくれて、ナタリーさん含め三人で何度も食事をした。
 なんでも、ナタリーさんのご家族にもうすぐ挨拶に行くんだ、結婚までもう後少しだな。なんて話を聞いて、久しぶりに心の底から嬉しく思った。

「みんな居なくなっちまったし、友人代表は久下に頼もうか」
「あはは、私なんかでいいの?」

 そんな軽口が叩けるくらいには、気持ちは落ち着いていた。
 多分、伊達さんとナタリーさんのお陰だったかもしれない。ふたりの邪魔になってないかとか、申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、ここまで立ち直れたのはふたりのお陰だったし、私だけでもこのふたりの事を絶対に、最後まで見届けようなんて決めていた。

 なんて思っていたのも束の間、というようにそんな希望も打ち砕かれてしまった。
 徹夜の張り込み明け、居眠り運転の車が歩道に突っ込んできて……。そして、現実を受け止めきれなかったナタリーさんも、そのまま伊達さんの後に続き亡くなってしまったのだから。

「次は結婚式だな、一応降谷たちにも招待状は出してみよう。久しぶりにみんな集まれるかもしれねぇし」

 なんて笑顔で話していた矢先。結婚式じゃなくて、またお葬式だなんてあんまりだ。
 もちろん、私は伊達さんとナタリーさんのお葬式に出席はしたけれど。他のみんなの姿はどこにも無かった。


────────


 この度、休職することにした。
 精神的な面、身体的な面でどうやらふたつともこの数年で恐ろしくガタが来ていたらしい。決定打は伊達さん達のお葬式が終わったあとだった。

 お葬式後は当たり前だけど、いつも通り業務をこなしていた。そして、高速道路にて違反車を追っている最中の事だった。どうも逃げ切りたいらしい車と、あろう事か接触。そして転倒しそのまま肋骨骨折に膝の靭帯断裂。

 後に他の隊員のお陰で違反者を捕まえることは出来たけれど、みすみす取り逃がしてしまったのだ。
 いつも通り気を付けていれば避けられていたかもしれない事故だった。いや、気をつけていない訳じゃなかったけれど、大きく言えば私自身生に執着が無かったのかもしれない。

 どうも自分の怪我に鈍感になっていたらしい、前々からにはなるけれど、着替え中身体に痣や軽度な怪我などができているかのを見た同僚が上に報告。それを踏まえた上でこれを機に一旦休め、なんて言われて約半年程の休暇を頂いた。
 膝の靭帯断裂だなんて、交通機動隊隊員としての職務……主に警らがこなせないし、怪我の状態的に安静にしている方がいいだろう。そして、精神面的にいつ壊れてもおかしくないとこまで来ていたらしく。……つまるところ今の私は戦力外でしかないのだ。それでも、捨てられずに一旦休めなんて声をかけて頂けたのは、不幸中の幸いだったかもしれない。

────

 事故後、一番最初に目に入ったのは泣き腫らしたのか目をパンパンにして疲労しきった顔でぼんやりと座っている母の顔だった。迷惑ばかり掛けてしまって、申し訳ない気持ちで。

 ……どうも気分の沈み込みが激しい。退院後は家から出るのはリハビリの時のみになってしまい、会う人間は基本母と病院の人。
 一日中幼馴染や同期との思い出を掻き集めて、部屋の天井を見つめながらしくしくと泣き暮らす……なんてことは恥ずかしいが多々ある事だった。

 不思議な夢?のような、何か見たのはそんな時だった。
 ほんとうに、ここは天国なんじゃないか。なんて聞きたくなるような真っ白な空間、そこにそぐわない、あのいつもの喪服を着た陣平に「お前泣きすぎだろ、萩が困ってんぞ」なんてどやされる夢だった。
 それなら萩が慰めに来てよ、なんて変な事を考えていれば見透かしたように陣平は「萩はお前が老衰で死ぬまで会わねぇって」と言いながら笑っていた。
 夢だったら多少は思った通りになってもいいじゃん……なんて管を巻いていれば、そんなとこで目が覚めて。

 どうやら、昔からよく私を置いて先に行ってしまう幼馴染達は、今回も私を置いていくつもりらしい。
 陣平に呆れられた上に、萩には「老衰で死ぬまで合わない」なんて言われてしまったのだ。少し手厳しやないか、私の愛した彼たちは。
 まあ、私が死んでしまえば誰がみんなのお墓参りするんだって話になっちゃうもんね。

 ……その夢を見てから自分でもかなり変わったように思う。ちゃんと三食ご飯を食べて、しっかり運動して、寝る時間も健康的。この調子でいけば予定通り仕事に復帰できる筈だ。

 きっと私がふたりの仇をとることは出来ないだろう。未だ逃亡中の犯人が捕まるまで、指を咥えて待っているだけというのは悔しいけど、私にはきっとどうすることも出来ないから。

「じゃあ、次は十一月七日かな。それまでには仕事復帰してると思うし、ちゃんと見ててね。さて、次は陣平行って伊達さんだなぁ」

 ぐぐぐ、と大きく伸びをして萩原家のお墓に向き直る。
 時間を確認するためにスマホを見ればもうお昼時だ。ふたりのお墓はご飯食べてからになるかな?
 ロック画面は卒業の時に撮った同期七人の写真。真梨ちゃんと降谷くんと諸伏くんは、今でも元気にしてるだろうか。何をしているかなんて私には分からないけど、生きてくれてさえいればいいな。

 スマホをポケットの中に突っ込んで、お墓に背を向けて歩き出せば心地良い風が真横を吹き抜けていった。
 もうすぐ、夏が終わろうとしている。









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