さよなら三角、四角も邪魔だ

 スマホのロックを外そうとして、親指が止まる。画面いっぱいにはアイスを口の端に付けながら笑っている朝日奈が映っていた。
「……ふは」
 手の甲で抑える前に空気が外へと漏れ出る。人の顔を見て吹き出すなんてどんな間柄であろうとも失礼だとわかってはいるものの、これは何度見ても笑ってしまう。端の方に細かい傷が入ったちいさな額縁のなかでも彼女の笑顔は輝きを失っていなかった。
「なんだなんだ? 竜崎を笑かすなんてどんな代物だ、って……」
 背後から音もなくやって来た気配に慌てて隠すが時すでに遅し。男どもがニヤケ面で退路を絶っていた。
「っ、お前ら!」
「へ〜?」
「ふ〜ん?」
「そっかそっか〜……」
「わかったような顔をするな!!」
「いや、これをわかる以外のどんな顔にすればいいんだよ」
 なーとクラスの女子のごとく顔を見合わせて頷く光景に、数分前の自分を責める。ここは誰でも通る場所だ。そんなところを歩くなと宣うのは理不尽であると怒りで回る頭でも理解していた。この状況は完全なる自分の油断によるものだった。
「いつかなるとか冗談で言ったけど、まさかまさかだな」
 その当時はなるかと返した記憶があるせいで反論できないのが悔しい。勿論自発的に写真を設定したわけでは断じてない。先日フォルダを漁っていたところを弓原に強引に替えられたのだ。元に戻そうと試みたが翌朝に早めに行かなければならない用事があったことに加えて、今の今まで携帯に触れるタイミングがなかったのでそのままにしていたのが仇になった。
「で? このデートはオフのときか?」
「……ゲネプロの帰りだ」
「真面目か」
「普通だろう」
「デートは否定しないんだな」
「っ!」
 何も知らないくせに訳知り顔を再び作る同期に散れと怒鳴る。キャーと気色悪い声を出すがこの場から離れる気はさらさらなさそうで、それがまた腹立たしさを煽ってくる。
「大体お前らこそ」
「楽しそうだね」
「!」
 勢いよく振り返る。待ち人の朝日奈だ。落ち合う約束をしていたのだから来ていても何らおかしくはない。だがタイミングがタイミングだった。
「聞いてよ朝日奈さん。コイツ、ロック画面を君の──」
「おい!!」
「?」
 オモチャを手に入れた人間がカモを見つけたあとにすることはひとつしかなく、朝日奈に見せられるすんでのところで自分のスマホを取り戻した。自分の所有物であるのにひったくるような形になったことは極めて不愉快だが今はそれどころではない。何事かと気になっている朝日奈の手首を引っ張って、足早にそこから退散した。
「ところでどんな写真にしたの?」
「言わん。絶対言わないからな」
「そこを何とか……」
「駄目だ」
 道中先程のことばかり尋ねてくる朝日奈との応酬。口を割らないこっちに不貞腐れて、朝日奈が行儀悪くつま先で小石を蹴り上げる。
「仲良いよね」
「まあそれなりに付き合いだけは長いからな」
 気は置かなくて済むし、何だかんだ言って腕は確かだ。あの悪ノリだけは許容できないが。
「隙あり!」
「なっ!」
 片手に持っていたスマホを奪取される。急いで取り返そうと腕を伸ばした瞬間、朝日奈の動きが固まったみたいに微動だにしなくなった。目線は画面に固定されている。つまりは見られたということで──
「……」
「……」
「なんでこの写真なの!?」
 しばらくの沈黙は嘘だったのかと途端に朝日奈は騒ぎ出す。
「今すぐ消して! 消さないと怒るよ!」
「なんで消さなきゃならないんだ!」
「だって可愛くないから!」
「これが一番可愛いに決まっているだろう!!」
「へ」
「あ」
 二人して顔を朱に彩らせる。違ったのは徐々にか、一気にかということだけ。
「……あの」
「事実だからな」
 いまだきちんと目を合わせて言えそうにないが、
「どんな朝日奈でも、可愛いと、思っている」
 尻すぼみになりかけた語尾を叩く。
「そっかぁ」
 朝日奈が顔をほころばせる。春の花が太陽に揺すり起こされるように、ゆっくりと。
 綺麗だとか可愛いだとかそういうありきたりな表現では足りなくて、ああ朝日奈だなと純粋に胸がやさしい感情で満ちていく。
 写真に収めておけばよかったと先に歩き出した朝日奈の背中を見つめながら思う。スマホはすでに返してもらっていたのだからそうすることはできた。
 けれど、何となく。
 ファインダーで切り取るのは野暮な気がした。


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