Hello, goodbye.

「オレみたいな男はやめとけ」
 初めて会ったときと同じように白豹は涼やかに告げた。
 ヒト一人分空けた隣、錆だらけのガードレールに浅く腰掛ける綺麗な男性に目をやる。異名の通り、ネコ科特有の飄々としたしなやかさは時間帯もあいまって一層蠱惑的に映る。
「お前は頭いいからオレらみたいなのとつるむリスクはわかってるだろ」
「そうだね」
 仲間を慮る義理はあっても自分に牙を剥いた敵への情けはなく、警察に目をつけられるほど馬鹿な一方で罠へ誘導するくらいには狡猾。
 害を被ったら即報復の思考回路。
 言語は言葉ではなく、己の拳のみ。
 徹底的にいっそ上っ面だけの平等よりも平等だと思うくらいに容赦なく屠る執念。
 弱肉強食の理不尽がルールの世界は触れた瞬間、無傷なままでいることを許してくれない。
 すべてを捨てて傍にいる覚悟を決めれば彼は受け入れてくれるだろう。でも横にいる女がすべてを捨てて自分を選んでくれるほど馬鹿にはなれないことを、誰よりも理解していた。
 後先考えず選べたらどれだけよかったか。選べないのは選ばないのと同じこと。あなたを傷つけているくせに、あなたにやんわり突き放されて一丁前に傷ついている。
 嫌いじゃない。
 語尾につく抑揚。
 興味ない素振りをしたかと思えば、ふらっと訪れて一抹の寂しさを晒してくる気まぐれ。
 窮地から助けてくれた圧倒的な強さ。
 遠ざけるために手酷く傷つける手段だって選択できたのに、こうやってわざわざ言葉で諭して普通へと戻そうとしてくれる優しさ。
 全部愛おしくて、大事にしたくて。しかし恋と呼ぶには一端の抵抗と思慮を持ち合わせていた。
「……わかった。若狭さんみたいな男はやめとく」
「そうしとけ」
 紡がれた返答に満足そうに彼がやさしく微笑む。普段の煙に巻くように曖昧で、でもちょっとのホントウが水面に浮かび上がった柔らかな表情を見せてくれる瞬間が好きだ。
 わずかな胸の痛みが背中せなの向こうの潮騒に紛れる。
 どっちつかずの距離感だからこのひとの傍にいられるのだと思い知ったのは遠い昔。ぬるくて、いつでも切ることができる関係を甘えたな二人はずるずると繋げていた。それが今日終止符を打たれ、出会う前の日常が始まる。ただそれだけのこと。
 いつかあなたを選べる日までのサヨナラだ。

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Boy Meets Lady